モノカルチャーの歴史 

グアテマラの伝統的農業と言えば、トウモロコシとフリホール。
これに野草や果物を加えた物が食生活の中心だったのでしょうが、
それっていかにも豊かな熱帯ならではという感じですよね。


スペインの植民地となって間もなく、カカオの栽培が行われるようになったのが
グアテマラでのモノカルチャー(単一栽培)の始まりとされています。
もちろんカカオは以前から自生していたわけですが
それの商品作物化を目指したわけですよね。


グアテマラのカカオはスペインの他、メキシコやペルーにも送られていましたが
1620年代末には栽培できる土地がなくなり(多分病害虫にやられたって意味)、
カカオ生産国の地位をエクアドルとベネズエラに奪われてしまいます。


現在のグアテマラのカカオ生産量は年間1000トン程度なのだそうで
世界的に見るとほんのわずか。
多分、国内消費がメインなんだろうな・・・。


カカオの次に登場するのがアニル(インディゴ)。
藍色の天然染料のアニルは、17世紀と18世紀にはグアテマラ総督領の名産品となっていました。
もっとも、生産量が多かったのは現在のサン・サルバドルとサン・ビセンテ(以上エル・サルバドル)、
そしてニカラグアの辺りだったのだそうで、
現在のグアテマラ国内の生産量はさほどでもなかったようですが。
それでもエスクイントラ、サンタ・ロサ、チキムラ、サカパ辺りで栽培されていたそうです。
輸出を独占するようになった大生産農家がアニル長者となったのもこの頃の話。


スペインに輸出されたアニルは、そこから更にフランス、オランダ、イギリスへと渡ったのですが、
アニルがアジアやアメリカ諸国でも生産されるようになるとグアテマラからの輸出量は激減。
こうしてアニルの時代は終了したのであります。


第3の作物となったのがコチニール(エンジムシ)。
コチニールは赤色の染料となる、ノパールサボテンに寄生する虫のこと。
グアテマラではアマティトラン、アンティグアが主な産地でしたが、
モタグア川流域、サカパ、チキムラ、ケサダ、フティアパ、アティトラン湖周辺といった
結構あちこちで生産されていたそうです。


グアテマラが独立して間もない1840年頃からコチニールの輸出が始まり、
いい価格で売れたそうですが
やがて化学染料が作られて安価に入手できるようになったため、
1853年頃からコチニールの価格はあっけなく急落。
当時のグアテマラ経済はコチニールに支えられていたので、
深刻な経済危機を迎えたという話です。


そこで登場した救世主がコーヒー。
コーヒーがグアテマラにもたらされたのは1773年のことで、
それ以降国内各地で栽培されるようになっていましたが、
輸出されるようになったのは1854年。


この後、ヨーロッパからの移民がコーヒー栽培を始めるようになり、
品質も上がっていきます。
この時以来、コーヒーは常にグアテマラの輸出作物となり
20世紀の数々の危機を乗り越えて現在へと続くのであります。


20世紀の後半にはモノカルチャーの多様化が始まります。
サトウキビ、綿、ゴマ、バナナ、果物、野菜、カルダモンといった商品作物が
大規模に栽培されるようになったのがこの時代。
その陰にはフアン・ホセ・アレバロ政権(1945~51)の
輸出推進政策なんてのもあったらしいです。


モノカルチャーに共通するのは、国際市場がターゲットだということ。
国際市場で価格が上昇しているものが次の商品として選ばれ、
栽培が行われるので、
国際価格が上がっている間はいいけれど
下がりだすとポイ捨てされて次の作物へ。


そして現在はアブラヤシの時代ということなのかな。


この項、続きます。


<参考>



[ 2012/10/29 06:00 ] ニュース | TB(0) | CM(0)

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