セリート・デル・カルメン I 

Cerrito del Carmen

セリート・デル・カルメン(Cerrito del Carmen)は
グアテマラシティの歴史を語る時に必ずといっていいほど登場するところです。


セリートはセロから派生している語句で丘の意味。
その名の通り1区にある小高い丘のことで、2区と6区にも接しており、
私も行ってみたいとは思っていたのですが、
「あの付近は危ない」という評判があったんですよね。


近年、グアテマラシティが1区の歴史的地区の復興作業に励んでくれたお陰で
セリート・デル・カルメンもすっきり整備されて健全な雰囲気となり、
だったら一度行ってみたい!と思っていて
祝日だった8月15日、セリート・デル・カルメンまで行ってきたのでした。


Cerrito del Carmen

セリートの散歩道。
グアテマラシティのお庭部隊の仕事でしょうね。
写生している人なんかもいて、周囲のむさくるしい1区とはここだけ雰囲気違う・・・。


さて、ここを「グアテマラシティの歴史を語る上では欠かせられない」と紹介した以上
歴史を物語ることになるんだろうな・・・と思うのですが、
ちょっと長いし、退屈ですよ!!!(と一応前置き)



むかしむかし、アンティグアがグアテマラの首都だったころ。


華やかな首都であったアンティグアとは対象的に
現在のグアテマラシティは木や草が生い茂る単なるド田舎でありました。
寒い時期には北風がびゅーびゅー吹き降ろし、
トウモロコシの栽培くらいしかできないような土地だったのであります。


そんな田舎のセリート付近を領地としたのはコンキスタドールのエクトル・デ・ラ・バレーダ(Héctor de la Barreda)。
バレーダは「俺様にこんな何もない土地を寄越しやがって!」
と内心では腸がグツグツと煮えくり返っていたこととは思いますが、
その一方で豊かな牧草があるのだから、きっと牧畜に向いているに違いない!と考え、
現在のキューバから牛を連れて来たのでありました。


こうしてグアテマラ最初の畜産農家となったバレーダでしたが
彼の想像以上に牧畜は成功し、
やがてこの地は「牛の谷(Valle de las Vacas)」と呼ばれるまでになったのです。



グアテマラシティにラス・バカス川という、やがてはモタグア川に流れ込む川があるのですが、
その名前って、きっとこの時代に由来するんでしょうね。
ひょっとして牛も流れるほど水かさの多い川なんだろうかとずっと思っていた私・・・。


ま、時々死体が流れているみたいですけれどね・・・(現在)。


コホン。


そのラス・バカス川はセリートよりも東側、低くなったところを北に向って流れています。




牧畜に成功したバレーダ一族は、本国より親戚一族が続々と入植し、
彼らの土地はリンコン・デ・ラ・レオネーラ(Rincó de la Leonera)と呼ばれるようになりました。
ただし、この名前の由来については不明、とWikipediaに書かれています。




ここまでが序文かな。
この後、舞台はスペインへと飛ぶのですが、続きはまた。


[ 2012/08/18 12:07 ] 街角 | TB(0) | CM(0)

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