大学生の溺死と鉱山会社 

セマナサンタ直前の3月31日にイサバル湖で
研究調査に訪れいてた大学生3人が溺れて死んだというニュースは
事故として報道されていました。


亡くなったのはグアテマラ・デル・バイエ大学(UVG)の生物学科の
ナオミ・ララ・オレヤナ、フアン・カルロス・ベラスケス、アンヘル・デ・レオンの3人で
夜間、ワニの生態調査のためにカヤックに乗って調査していたところ、
何らかの理由でカヤックが引っ繰り返り溺れた、というのが当局の見解です。


当時の記事も決して大きな物ではありませんでした。


ただし、当初から事故現場の近くにある鉱山会社が関わっているという噂があり、
最近になって「あれは事故ではなかった」との主張も新聞にも掲載されています。


その記事によれば、検察は当日の事実関係を次のように把握しているとか。
3月31日18時:ワニの生態観察のため、学生3人と生物学者のレムエル・バイエがボートに乗って出発。
19時:一行はエル・エストールの水路の行き止まりのところに到着、
ボートから降りて休憩をした。
20時半:湖岸から6mの場所でボートが転覆、学生3人が溺死。


検視の結果、遺体からは0.04%のアルコールが検出されたことから、
事故だろう・・・という見方が強いのですが、
記事中には遺体には殴られた痕(青あざ)があったと書かれており、
それが事実であれば奇妙なことです。


また、学生3人に同行していたというバイエという生物学者の行動が謎。
バイエは大学の関係者ではなく、地元に詳しい人物なので道案内役だったと思われるのですが、
事故が起こってから1時間以上後に他の学生らに知らせに来たことなど
解せない部分があるという。


更に、現場は流れのゆるやかな(ほとんど水の流れのない)場所で、
なぜボートが転覆したのかについては
「学生が驚いて立ち上がったのが原因」とバイエは証言していますが、
岸からそれほど遠くないところで、泳げない距離ではないし・・・。


と謎が謎を呼ぶ状態。


そんな折、亡くなったアンヘルの恋人で、
当時他の学生と共に現場付近にいた女性が書いた文章
が静かな反響を呼んでいます。
亡くなった3人のことと当時の状況を詳細に綴っている彼女の文から抜粋します。



3月30日、大学の必修単位である野外研修のため、
イサバル県エル・エストールにあるCGN(グアテマラ・ニッケル・カンパニー)の施設に行った。
大学は以前からCGNのために環境モニタリングを行っており、そこに行くのは初めてというわけではない。
参加したのは2年生7人と3年生10人の17人で、グループに分かれて活動した。


31日、3人はワニのモニタリングを担当したが、
CGNの生物学者で、その分野のエキスパートだというレムエル・バイエが責任者であった。
モニタリングはCGNの敷地内にある、湖から続いている流れのない沼状の小さな水路で行われることになっていた。
その日、私はアンヘルと午後を過ごし、18:30頃彼とフアン・カルロスが
キャンプ地から出て行くのを見送った。


22時頃、レムエルと他の社員がピックアップに乗ってやってきた。
レムエルは落ち着いた様子で、ボートが転覆し3人が行方不明だが騒がないようにと言った。
彼はいつどこで起こったのかとは言わなかった。
私はつい今しがた起こったことなのだと思った。
キャンプにいた全員が起きて着替えると懐中電灯を持って水路に探しに出た。
レムエルは一緒に来ず、倉庫番と一緒に会社の桟橋に座って見ていた。


水路には3人の姿は見えなかった。
私たちの何人かはレムエルに捜索のためにボートを貸して欲しいと頼みに行った。
彼は自分はここでは決定を下す立場にないと言って断った。
彼は会社がもうボートを一艘捜索に出しているに違いないと言った。
何があったのかと尋ねると、ナオミとフアンカが驚いて立ち上がり、転覆したと言った。
そこにはロシア人1人と彼の通訳がいたが、まったく関心を示さなかった。


捜索グループは岸に空のボートがあるのを見つけた。
誰かがボートを引っくり返すために潜ったが、誰も見つからなかった。
レムエルからもっと詳しいことを聞くために倉庫に向ったが、既に閉まっており、出てこなかった。
会社がピックアップを出して、キャンプ地まで私達を送って行き、
捜索が終わるまでそこから出るなと言った。
私たちは消防や大学や3人の親に連絡をした。


真夜中頃、大学の講師がナオミの遺体が見つかったと知らせに来た。
早朝、レムエルがキャンプ地に戻ってきた。
もう一度詳しい話をして欲しいと頼むと、
今度はボートから立ち上がったのはナオミで、岸から10m程のところだったと言った。
彼は泳いで助かったが、何も見ず、何も聞こえなかったと言った。
その後自分の部屋に閉じこもり、その次の日まで誰も彼の姿を見かけなかった。
大学関係者は正午過ぎにやって来た。


学生を迎えにきた親もいた。
大学、CGNと学生の家族らの会合が持たれ、
会社側はモニタリングが行われることを知らなかった、
事前に知っていたらもっと大きなボートを提供したし、安全対策も取れたと言った。
転覆したボートは自分たちの物ではないと言ったが、
他の生物学者は以前にそのボートを使ったことがあると話してくれた。
大学関係者は「このような事態になったことがないので、緊急対策は持ち合わせていない」と言った。


翌日午後2~3時頃、アンヘルとフアン・カルロスの遺体が並んで見つかった。
岸から6m程のところであったが、救命胴衣は着けていなかった。
アンヘルの救急箱は後に陸上で、木の陰に隠してあるのが見つかった。
その中にはエル・エストールの住所の見知らぬ人物の書類や小切手や領収書があった。
彼のナイフとリュックは陸の別の場所で見つかった。
フアン・カルロスの所持品は発見されなかった。


また、一部で報道されたように3人が酔っ払っていたとかクスリをやっていたとかいうのは嘘である。
出かける前、皆元気だった。
午後ずっと一緒に過ごしたアンヘルは、一滴のアルコールも取っていないと証言できる。


さて、解明されていないのは次の点である。
  • 検察が言っているように事件が8時に起こったのなら、どうして私たちにはずっと後になってから知らせたのか。
  • レムエルと警備員は3人とも救命胴衣を着けていたと証言している。フアン・カルロスは8時ちょっと前に父親にそれを話している。3人の遺体が救命胴衣を着けていなかったのはなぜなのか。救命胴衣はどこにあるのか。
  • 救命胴衣をつけた3人が岸から6mのところで溺れたのはどうしてか。
  • 大学が捜査に協力してくれないのはどうしてか。
  • (大学が)葬儀費用を負担したと言っているのはどうしてか。それは事実ではないし、家族にQ20,000支払ったと言っているのもまた事実ではない。この金額は親が負担している保険で支払われたものである。また親には、大学の責任を追及しないと記した書類にサインしなければ保険料を渡さないと言ったのはなぜか。
  • 救命胴衣をつけていなかったと言っている人物が唯一生き残ったのはなぜか。
  • スカウト活動でサバイバル術に長けていた人物が波のない水路で溺れたのはなぜか。
  • アンヘルのリュックにあった物は誰のものなのか。
  • 海軍によれば、ボートは2人乗りだったと言う。生物エキスパートが夜間にこのボートに4人で乗り込んで出かけたのはなぜか。



友人やご家族が根気強く活動を続けていなければ、
このできごとは事故としてとっくの昔に片付いてしまっただろうと思うのですが、
検察は6月末、過失致死でレムエル・バイエを起訴しています。
この辺りの話はこちらが詳しい


ちなみにCGNはエル・エストールやパンソス付近に250平方キロ程の土地の権利を有し、
ニッケルやその他の鉱物の採掘調査及び土砂の採取を行っている企業です。
CGNそのものは現在カナダの企業のもので、
CGNがエル・エストールで行っている採掘調査の権利は
ロシアのSolway Investment Group Limited社が買い取っているのだとか。
鉱業と言えば、グアテマラでは最近あちらこちらで物議を醸していることもあり
余計きな臭さが増しているのかもしれないですけれどもね・・・。


というわけで、この話から今度は鉱業の話へと流れ込んでみる予定です。


[ 2012/07/25 08:50 ] ニュース | TB(0) | CM(0)

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