社会的側面-ポロチク地方のこと 

農地紛争と言うとぱっと頭に浮かぶのは
農民が農場の一画を占拠して住み着き、
それに対してオーナーが撤去を求めて手続きを行い、
警官隊がやってきて強制排除、で時に死者や負傷者が出るという話。
国内あちこちで起こっていますが、
アルタ・ベラパス県は紛争がもっとも多いところなのだそうです。


農場の占拠と一口に言いますが、3つに大別することができるのだとか。
1つ目は、荘園的農場で働くモソ・コロノが起こすもの。
オーナーが給料(現物だったりお金だったり)を支払わないとか、
約束していた額ではないとか、解雇されたとか、
そんな時に自分の権利を求めて行うもの。


2つ目は土地の権利書に類似する昔の書類を持っている農民が
自分の権利を主張するもの。


3つ目は、土地を持たない農民らが、
自分の土地を手に入れるために、農場主に圧力をかけるもの。


この3つが混ざり合ったタイプのものもありますが、
大体こんな感じなのだそうです。


こういう農場占拠は内戦も終盤に差し掛かった
1992年以降から多くなっています。
1992年はちょうどコーヒーの国際価格が急落した年でもあり、
この時期に農場経営を放棄した人も少なくありません。


CONIC(全国先住民及び農民コーディネーター)が誕生したのも1992年。
この団体は特に先住民支援を目的に創設されたもので、
当時から現在に至るまで、先住民や農民の土地要求に大きく係わっています。


1996年の最終和平合意の調印に至る過程で
政府とURNGの間でたくさんの合意文書が作成されていますが、
その一つ「社会経済の様相及び農地の状況に関する合意」では
政府が土地基金(Fontierra)を創設し、零細農家から中規模農家に対し
国有地、国に権利のある元国有地、
国が購入する土地、外国政府などの支援により国が購入する土地などを
低利で購入できるよう便宜を図ることとされ、
実際にはトラブルも多々あったようですが、
多くの農民が土地を入手することとなりました。


それだけで解決するなら簡単なんですけれどもね。
解決しないからその後も農場占拠が続いて、現在に至るわけなのであります。


なかなか進まないポロチクの話ですが、もう少しお付き合い下さいませ。



[ 2012/04/29 23:58 ] ニュース | TB(0) | CM(0)

コメントの投稿














管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

この記事のトラックバックURL
http://guatebuena.blog108.fc2.com/tb.php/837-b084508f