Worse than war - リオス・モントのこと 

ホセ・エフライン・リオス・モントが権力の座についたのは1982年。
前任者であったフェルナンド・ロメオ・ルカス・ガルシアもやはり士官学校出身の将軍で
その前任のケル・ラウヘルド大統領時代には
1976年の大地震後の支援活動に当たったり、その後国防相を務めた人物です。


ルカス・ガルシアの大統領在任中にはスペイン大使館焼き討ち事件の他、
野党勢力などの暗殺事件(コロン前大統領のおじ、マヌエル・コロンが暗殺されたのものこの頃)が相次ぎ
グアテマラの内戦が血まみれとなっていった時代でもありました。


1982年3月7日に行われた総選挙で与党のアンヘル・アニーバル・ガルシアが当選します。
しかしこの選挙結果は不正なものだという指摘が各方面から相次ぎ、
このような背景で若手将校がクーデターを決行(CIAがバックについていた模様)、
担ぎ出されたのがリオス・モントでした。3月23日のことです。


政権を取った当初はオラシオ・マルドナド・シャド将軍、
フランシスコ・ゴルディーヨ大佐との三頭政治が行われていました。
ゲリラ勢力FARのリーダーであったセサル・モンテスは
ゴルディーヨを「信頼できる人物」と評していますが、
この三頭政治は3ヶ月しか持たず、リオス・モントが単独で政権を率いるようになります。


ルカス政権の抑圧政治下、ゲリラ勢力はむしろ増強し、
リオス・モントが政権を取った頃は、ゲリラの最盛期と言っていい時代だと思います。
それがリオス・モントの在任期間に徹底的なゲリラ対策により大きなダメージを受け、
同時に取り返しのつかない非戦闘員の虐殺事件が多発するようになっていった。


その辺りの事情は内戦の証言を集めたカトリック教会の歴史的記憶の回復プロジェクトを邦訳した
岩波書店の「グアテマラ 虐殺の記憶」の第1章に
詳しく記載されているので、関心のある方は是非ご一読頂きたく。


そういう事情からリオス・モントは常に「大量虐殺を指揮した独裁者」と呼ばれるわけですが
一方でカリスマを持った信心深い牧師であり、良き指導者であり、まだまだ支持者も多く、
「血なまぐさい独裁者」だけではないようで。


ホロコーストや虐殺を研究しているダニエル・ゴールドハーゲンは
Worse Than Warという本を書いた人ですが、
同名のドキュメンタリー番組も作成されています。
ゴールドハーゲンはグアテマラでの虐殺事件にも触れており、
ドキュメンタリーでは国会議員時代のリオス・モントにインタビューする部分が出てきます。


115分というドキュメンタリーですが、この部分は是非ご覧下さい。
1時間28分~34分の部分がそれに該当します。英語。



見ててちょっとおもしろいのは、ゴールドハーゲンを案内する
オティリア・ルス・デ・コティという国会議員が出てきますが、
この方、内戦終結後にはCEHで人権侵害事件を調査する立場にあった人でしたが、
ポルティーヨが大統領だった時は文化スポーツ大臣であり、
FRGが「マヤ系先住民を大切にしている」というイメージを作るために取り立てられた人物でした。
2007年の選挙では別の政党から国会議員に当選して
ビデオに出てくる通りリオス・モントと対峙する座席につくようになったわけです。
彼女自身が言っている通り
「政治家ってのは神とも悪魔とも取り引きをするものなのよ」ってことなのかもですが
おいおい、って感じは否めず。


ゴールドハーゲン自身は「相手は虐殺の責任者」という先入観以上のところに踏み込めていないですが
国会の片隅で気さくにこのようなインタビューに応じ
20分以上時間を取ってくれるリオス・モントを見て、
なぜ未だに支持する人がいるのか、ちらりとわかるような気になってしまいました。


「あなたがジェノサイドを命じたのですか」というゴールドハーゲンの問いは
どんな返事を期待していたのだろうと思ってしまいます。
「その通り」と答える人などいるわけない。
また、そんな簡単に答えられる質問でもない。
それをわかっていて番組用にわかりやすい質問をし
相手の反応を見たのだろうと思うのですが
もう少し違う質問をして欲しかった。。。


ちょっと長くなったので今日はここまでで。
この項、もうちょびっと続きます。




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