戦いを好まなかった将軍 (その3) 

指揮を取る者


1982年3月23日午後9時30分、ほとんどのグアテマラ人がテレビに注目していた。
画面では軍服を身につけ、迫力のある声をした人物が、これから変化が起きるのだと保証していた。
「主であり王である神が、私を導いてくれるだろうと信頼しています。
 権力を与え、奪うことができるのは神のみです」。
「将校や国民、特に今まで尊重されていなかった人々や、
 裏切られ続けてきた人々を失望させることのないよう、神が助けてくれると信頼しています」。
その声はインスピレーションに溢れており、国民を安心させるのに十分だった。
リオス・モントは熱狂的に迎えられた。グアテマラ人がもう忘れていた希望という一筋の光とともに。


次の数日間、海外のマスコミは新政権の誕生を歓迎する記事を載せた。
ウォール・ストリート・ジャーナルは4月14日付で「死者の数は急激に減少した。
武器取締キャンペーンの結果、何人もの警官がクビになった」と書いた。


「暴力には理解、非暴力、愛情をもって戦います。
 社会に不平等があることは、誰もが知っていますからね」
とリオス・モントは大統領としての最初の頃の演説でそう言った。
「今の内に、もうあなた方を愛していると宣言しておきます。
 ゲリラ行為によって新たに理解できることもあるからです」。


リオス・モントはゲリラ行為を終結させるために新たなアイディアを持っていた。
「魚の水を奪う」というのがそれである。
毛沢東は、魚にとっての水というのはゲリラに食料を与えたり支援をする共同体のことだと言った。
誰もゲリラを手助けしなくなれば、魚は泳げなくなる。
魚のための水を取り上げるために立てられたのが
「銃と豆(Fusiles y Frijoles)」作戦である。住民にとって必要なものを提供し、
軍隊を住民の敵から友人に変化させようという、
兵士らのメンタリティーを180度転換させるものであった。
そのために14の規則を作ったが、村からは釘1本でも奪うな、
礼儀正しく行動しろ、子供や老人には「特別な敬意や愛情」を示せなどと書かれていた。
住民のために真の警備員の役割を果たすことが求められたのである。


将軍は内戦のために村の家を捨てて
山中に逃れざるを得なかった多くのグアテマラ人のことを心配しているようであった。
当時、避難民を支援するNGOで活動していたアルフレッド・カルシュミットによれば、
大統領に就任して間もない頃、リオス・モントが
紛争地域で活動していたNGOの代表と軍事基地の司令官全員を集めたことがあったという。
「彼は私の政権下では残虐行為はなくなる、嫌がらせを排除すると言っていました」。
それから司令官には兵士らが嫌がらせや暴力行為を働くことのないよう監視するよう警告し、
NGOの代表には何か問題があれば報告するようにと頼んだ。


就任後最初の演説で話した「ゲリラへの愛情」の一環として、
5月には恩赦を発表した。
ゲリラであっても武器を捨てれば無罪放免すると言ったのだ。
ゲリラ活動を支持していた何百人もがこの恩赦を受け入れ、ゲリラは弱体化した。
「恩赦によって、ゲリラを支えていた住民たちが驚くような速さで離れていきました」
とカルシュミットは話す。
「ゲリラはベトナムと同様、一般市民を利用し、巻き込んでいたからです。
 抵抗する住民が戦闘要員となり、内戦の間、多くの非戦闘員が死にました。
 そういう人たちが恩赦の噂を耳にした時、
 これが『支援』であって『殺戮ではない』ということに何の疑問も抱かなかったのです。
 これがゲリラの敗北の始まりとなりました」。
カルシュミットは難民キャンプへ助けを求めてやって来た先住民を何人も世話した。
彼らは重度の栄養失調に陥っており、
「NGOではまず健康回復に努め、その後水や最低限のインフラが整っており、
 生活を続けていける村に彼らを住まわせた。将軍はカルシュミットの仕事に大きな興味を抱いていると言っていた。


ハリス・ウィトベクはチマルテナンゴで危険にさらされている住民のために働いていたが、
将軍は彼の仕事にも興味を示した。
将軍は、紛争地域へ支援物質を送る計画の名誉コーディネーターになってほしいと彼に頼んだ。
「将軍とは1年1ヶ月と1日仕事をしましたが、いつも支援してもらいました」とウィトベクは語る。


最初の数ヶ月間の空気は異なっていた。いたるところに希望が漂っていた。
しかし、実際に行われていたことは小さな希望を食い尽くす巨大な怪物であった。
大統領に就任してわずか1ヶ月後、リオス・モントは憲法を廃止し、国会を解散させた。
6月には非常事態宣言を出し、人権が保証されなくなった。
そして特別法廷が設置された。


更に軍事評議会を支えていた2人更迭した。普段通りの朝のことであった。
フランシスコ・ルイス・ゴルディーヨ・マルティネス大佐は大統領官邸へ
ワーキング・ブレックファストに出向いた。
到着したところで、その日は自分の人生を変えることになると気づいた。
廊下にはオラシオ・マルドナド・シャアド将軍が紙を握り締めたまま、
くしゃくしゃな顔をして立っていた。
「見てみろ、辞任しろと言うんだ」。その紙を見た瞬間、
彼にとっても全てが終わったのだと察した。廊下の突き当たりにはリオス・モントがいた。
彼は躊躇う様子も見せずに「将校らが要求しているんだ」と謝った。
しばらく後、武装した男らが最後の合図をした。二人は政府から直ちに立ち去らなければならなかった。


次の日曜日、リオス・モントはこの決定について簡単にテレビで触れた。
「司令官らの会合で、一人に統一する方が良いということになったのです。
三頭政治ではなく、一人にすべきだと」。それが全てであった。



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まとめteみた.【戦いを好まなかった将軍 (その3)】

指揮を取る者1982年3月23日午後9時30分、ほとんどのグアテマラ人がテレビに注目していた。画面では軍服を身につけ、迫力のある声をした人物が、これから変化が起きるのだと保証していた。「主であり王である神が、私を導いてくれるだろうと信頼しています。権力を与え、奪...
[2012/04/13 14:00] URL まとめwoネタ速suru