インヘニオ・パンタレオンの組合潰し(80年代頃) 

しばらく書いていたサトウキビ農場の話に関連して
内戦当時の農場で組合潰しが行われていた話が出ていましたが、
今日はこっちの話を少し。


アルベンスが大統領であった頃は
労働組合も活発、農地改革により農民にも土地が手に入るかも!
と一般庶民にとっては希望の時代だったのではないかと思うのですが、
そういう夢や希望はアルベンス政権の終焉と共に終わったのみならず、
反動による抑圧と迫害の時代が続いたようです。


冷戦が少し緩んだ70年代に組合活動が息を吹き返すものの、
1979年のソ連のアフガン侵攻で冷戦が緊張化、
グアテマラの内戦が時を同じようにして激化していったことは
決して偶然ではないのだと思います。


歴史究明委員会は、和平合意にあたって設置されたもので
2万人の人にインタビューし、その内7338件が証言として採択されています。
紛争の歴史と原因を探り、和解するため、というのが目的ですが
そんな簡単に和解できるわけもなく、
内戦時に末端の兵士や警備員として虐殺に関与してしまったことが明らかになっている数人に
6000年とか7000年とかいう懲役刑が下されているのに対し、
大元の指揮官であったリオス・モントについては裁判もようやく始まったところ。


数千年の懲役刑が出たところで、実際に課される懲役は50年が最高刑ですから
何ともむなしい気分になるというか。
今後もまだ他の虐殺事件の裁判も行われていくのですが、
どの事件でも末端の兵士らが数千年の懲役刑を受けて話はオシマイになってしまい、
リオス・モントについてもおそらく同様の判決が下されるのだろうなと思うと、
軽い眩暈を覚えます。


私個人が期待するのは、そういう茶番な裁判よりはむしろ
本当の事実関係を明らかにされること。
何故リオス・モントの時代になって内戦が激化し、
一般市民を多数被害者にする虐殺事件が発生するようになったのか。
リオス・モントが実際に果たした役割は何なのか。
その当時、虐殺以外に選択肢はなかったのか。
冷戦の時代に、アメリカにとって、ソ連にとって、グアテマラは一体何だったのか。


すべてが白日の下に晒されるような日は永遠に来ないのでしょうが(笑)、
まだまだ解明されていないことは多いのだと思います。
もちろん、被害者やその家族の立場にすれば、
そんなことよりは懲役5000年にしてしまえ、と思われるのかもしれませんが。


先のリポートにあった、インヘニオ・パンタレオンの組合潰しの話。
CEHの報告書を読みながら、そんなことを考えていました。


[ 2012/03/21 22:46 ] ニュース | TB(0) | CM(0)

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