サトウキビ畑の子供達 1 

1月にネットメディアに「グアテマラの砂糖にまつわる児童労働と労働搾取」(スペイン語)という記事が掲載され
結構な反響を呼んでいたようなのですが、
当時バタバタと忙しかった私はすっかり見落としておりました。


それが最近になってGlobal Voiceに取り上げられ、
一部ではありますが日本語訳されたものを見つけました。
そこから逆にオリジナルのPlaza Públicaに掲載されたものを読んだわけですが、
いささかセンチメンタルで、論点がぼやけている嫌いはあるし、
児童労働は何もサトウキビ畑に限ったことではないとは思うものの
同時に看過できないテーマでもあり。


せめて、この力の入った記事の全文をここに和訳して残しておこうと思います。
かなり長い文章なので、何度かに分けて掲載になりますが。


原文のタイトルはTrabajo infantil y explotación laboral en el azúcar de Guatemala
「azúcar de Guatemala(アスーカル・デ・グアテマラ)」って
大手砂糖業者さんのCMで使われているキャッチコピーでもあるんですよね。
宮古島でサトウキビ刈りをやってみたやのすけさんの体験談と比べると
クラクラしそうな内容ですが、とりあえず。





1. 農場での記録

頭には帽子を被り、背中に小さなリュックを背負っている。
汚れた顔は絵の具で遊んでいたかのようでもあり、
ちょっと見たところ、ケネディ(12)は学校から帰ってくる途中のようである。
顔を合わせる誰にも彼にも笑顔を向ける。
どこにでもいる子供と変わらない。
唯一違うのは、地面に突き刺した腰まで届くマチェテに寄りかかっていることであろう。
これを見ればケネディが何をしているのかが明らかである。


ケネディは学校から帰ってきたのではない。
11歳の時からサトウキビ畑で働いている。
「1人で2列刈り取れるよ」と誇らしげに語る。
ケネディの腕はマチェテを持ち上げる作業のために固く筋肉質であり、
もう子供というよりは一人前のサトウキビ労働者-正確にはサトウキビ児童労働者―である。
もちろんこれは労働法、児童保護法、国際労働機関による2つの条約、
グアテマラが批准した自由貿易協定のいずれにも反するものである。


この農場で働く子供はケネディだけではない。
見かけただけでも10~13歳の子供達6人が、
私たちの会話に耳を傾けたり笑ったりしていた。
内気そうではあったが、
宿題が終わるやいなや外に駆け出す前に手に持っている物で遊ぶ子供達と同じように、
手に持っているマチェテで遊んでいた。


ケネディと一緒に作業をする大人も子供も、
フラメンコ農場のサトウキビ刈り作業に携わっている。
前世紀にはコーヒー、現在はサトウキビの輸出が盛んであることから、
「世界の首都」と地元の人たちが呼ぶレタルレウ市の市街地から
わずか100m程のところにこの農場は位置している。
サンタ・マリア火山とサンティアギート火山の麓から始まる高温多湿な平地が太平洋まで続く、
国内でも有数の肥沃な土地である。
この農場を訪れる前日はサン・ルイス農場にいたのだが、ここでも状況は同じだった。
14歳にもならない子供達が何人も働いていたのである。


砂糖に係わる児童労働は、法の適用を受けることのないまま、
長年にわたり広範囲に行われてきた現実である。
この地域を訪れる誰もが目にする光景である。
誰も隠そうともしない。
街道からですら見ることができる。


ケネディが働いているフラメンコ農場は、オットー・クシエク所有のものである。
クシエクはサトウキビを生産し、ピラール製糖工場に売っている。
この工場はグアテマラ製糖業協会(Asazgua)の13のメンバーの一つである。


クシエクはただの農場経営者ではない。
2010年、農場経営者や農家を代表する圧力団体である
農業会議所(Camagro)の会頭に就任している。
会議所の上級ディレクターであるカルラ・カバエーロスによれば、
Camagroはグアテマラの農家の「私有地を守るため」に誕生したのだそうだ。
50年代、ハコボ・アルベンスが進めた農地改革に反対するために、
Camagroの前身であるグアテマラ農家協会(AGA)が誕生した。
現在は、農業セクターの政治的調整機関として機能している。


国内法は年少者の労働について「軽作業」であることを条件に例外を認めている。
もちろんそれには保護者と労働省の少年保護局の許可が必要である。


2008年、労働省は14歳未満の少年にはいかなる場合も労働許可を発行しないと宣言し、
現在もあらゆる種類の児童労働は禁止であると述べている。
ケネディが14歳で労働契約書にサインすることが認められたとしても、
サトウキビをマチェテで刈り取り運搬する作業を毎日12時間以上行い、
1トンあたりいくらの収入を得るのは「軽作業」というには程遠いというのみではなく、
その肉体的過酷さからすれば
特に国際協定で禁止されている「最悪の児童労働」の一例として挙げることができるであろう。


しかし、法律による禁止や、当局による禁止は、
14歳未満の少年が労働を行っていないという意味ではない。
法治国家のあるべき姿と現実の間には巨大な溝がある。
グアテマラにおける児童労働の割合はアメリカ大陸では一番高くなっている。
「生活状況アンケート」の2006年版-現在入手できる公式データの中では最新のもの-には、
グアテマラでは5歳から14歳の少年52.8万人が働いていると記載されている。
労働省が自分達の仕事を果たそうとこの報告書のデータに向き合うならば、
やるべきことは山ほどある。


エドガル・リベラ(30)は、エルビス(13)とジョルディ(12)を連れて仕事から帰った。
エドガルにとって、最悪なのは子供達が働くことではない。
それとはもっと違うことである。
エドガルは子供達に勉強をさせたいが、させてやることができない。
子供達が働かなければ、
家族がいくばくかの尊厳を持って暮らせるだけの日給に届かないからだ。
「サトウキビ1トンにつき20ケツァルの給料だからね。
 子供達が2人で1日1トン、自分は調子のいい日で2トン、無茶苦茶働いて3トンかな」。
その日は3人で60ケツァル、米貨にして7.5ドルの収入であった。
グアテマラが定める農業従事者の一人当たり法定最低賃金は2011年は1日63ケツァル、
2012年は68ケツァルと定められている。


オスカル・シゲンサ(50)は、ほとんどフリホール豆しか食べていないと話す。
「牛肉1ポンドが20ケツァル、骨付き肉でも14ケツァル。とても買えんさ。
 子どもが5人と、よそにこさえた子が2人いるんでね。
 食べ物は大変なんだよ。
 今日は2トンやって40ケツァルの稼ぎ。7人に肉2ポンドいるんだよ、計算してみてよ」。


フアン・ホセ・デ・ラ・クルスは県外から来ている。
ずっと、各地の農場のサトウキビの収穫を手伝っている。
「13歳の時にサトウキビ刈りを始めたんだ。
 今は51だ。
 何年働いてたか計算してみてくれよ、ワシにはよくわからんから」。
サント・ドミンゴ・スチテペケスの出身で、
彼のように出稼ぎでやって来る人たちはその都度20日間休みなしの契約なのだそうだ。
「手配師がラジオで求人出して、農場に連れてくるんだよ。
 20人いる。皆、農場の小屋に寝泊りしてる」。


この出稼ぎ労働者達は牛肉を食べている。
毎日であるが、食事は有料である。
この状況はグアテマラが独立して輸出国となった200年前と何ら変わっていないように見える。
農場主らはその当時から土地を所有しており、
労働者を所有しており、
労働者が農場で消費するものを所有していた。
デ・ラ・クルスはそれを21世紀に生きている。
「手配師の稼ぎは1トン当たり25ケツァルで、ワシらは20ケツァル。
そこから食事代として手配師に1日15ケツァルを払う。
食事は毎日フリホール豆が2食、肉が1食。
家に金を持って帰ろうと思ったら、1日最低2トンは刈らないと」。


労働者やアメリカ大使館によれば、
彼らは30度を下回ることは稀な炎天下で20日間休みなく、
12時間から14時間にわたって毎日サトウキビを刈り続け、
手元に残るのは500から600ケツァルだという。




[ 2012/02/09 23:58 ] ニュース | TB(0) | CM(0)

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