ムバラクとウビコ 

エジプトの政変、無関心ではいられない私ですが、
ムバラクさんって第4代の大統領として1981年に大統領に就任、
ずーーーーっと権力を維持していたんですね。
全然知りませんでしたが、そっちの方にびっくりです。


そしてふと思ったのがグアテマラの独裁者として有名なホルヘ・ウビコ。
何となく似ている気がしたので、今日はウビコのことを少し。


前世紀、ラテンアメリカを独裁者が支配していた時期がありましたが、
ウビコもそんな独裁者の1人。
「ラテンアメリカの最後の自由主義体制の独裁者」とも言われる人物です。
(社会主義体制の独裁であればカストロとかチャベスとか・・・、他にもいるわけで)


ホルヘ・ウビコは1878年生まれ。
父親は弁護士かつ自由党の政治家ですが
ホルへ自身は職業軍人となり、アメリカやヨーロッパの士官学校でも学んでいます。


軍人としての能力に優れていたようで、1906年には旅団長、1922年師団長と昇進。
その間、1920年にはホセ・マリア・レイナ・オレヤナ将軍の政権で軍事評議会入りして
政治活動にも携わり、1923年に退役、1926年に自由進歩党を結成。
この頃は国内の状況改善のために様々な法案を提出するなどしていたそうです。
オレヤナ政権には批判的で、1926年のオレヤナ辞任にも一役買ったという話。


1931年2月14日、唯一の大統領候補として国会の承認を受け大統領就任。
と同時に独裁者の様相を呈してきたらしく、
自分のシンパ(ウビキスタと呼ばれる)を政府の要職に就任させてみたり。


共産主義者を迫害した、というのは時代の要請かもしれませんが、
新聞は前日にウビコの検閲を得ないと発行できなかったとか、
ちょっと変わったエピソードの持ち主でもあります。
そしてやっぱり長期政権となるために自ら憲法を改正。
「浮浪者取締法」を制定して、
雇用者が発行する身分証明書の携帯を義務付けたのもウビコだとか。
この身分証明書を所持しない人は国の公共事業で強制的に働かされたそうです。


一方、犯罪に対しては厳罰で対処したこともあり、
治安は守られ、安全な社会を実現したのもウビコ。
公金の使途は明確で、汚職に関わった公務員は厳罰に処したのもウビコ。
どこかの大統領に爪の垢でも煎じて飲ませたくなる気もちょっとします。


また、この時期には公共事業も活発に行われ、
特に建築の分野では現在にも残る堅固で美しい建物を残しています。
なお、これらの工事には服役囚も強制的につかされたとか・・・。
昨年の大雨でも流されなかった橋がこの時代の物だったという話もあって
ナルホド、労働力をたっぷりかければグアテマラでもいい物ができるんだ!
ということを改めて教えてくれたのもウビコ・・・・・・。
と列挙していくと案外悪くない時代だったのかも?てな気もしてきますが、
どうやらそうではなかったようで。


1944年になると政権の弱体化が顕著となり、
教員や学生に労働者らを加えた反対派による辞任を求めるデモが多発するようになります。
反対派のマリア・チンチーヤがデモを鎮圧しようとした政府に殺されたことで運動は大きくなり、
反対派は一週間のハンストを行いながらウビコの辞任を求める署名活動を行ったり。
政権に恋々としなかったような雰囲気のウビコは1944年7月1日に辞任を発表、
アメリカへ亡命したのでした。
さて、ムバラクさんは亡命するとしたらどこへ行くんでしょうね?


ウビコの後にはエドゥアルド・ビヤグラン・アリアサ、
フェデリコ・ポンセ・バイデス、
ブエナベントゥーラ・ピネダの3人の将軍による三頭政治が行われましたが
やがてポンセが大統領として就任。
反対派は大統領選挙までの一時的な政権としてこれを容認したのでした。


ポンセはウビコの流れを継ぐ大統領でしたが
在任期間に治安は悪化、反対派に対する弾圧は強化され、
ポンセ自身が暗殺命令を出したこともあったという話です。


1944年7月、ポンセは12月に大統領選を行うけれど、
自分は出馬しないことを発表しました。
この頃、大学生らが中心となってフアン・ホセ・アレバロを推す声が高くなりますが
ポンセはアレバロ派を弾圧、
更には大統領選挙を先延ばしにして自身の延命を図ろうという姑息な手段へ。


こうして1944年10月、十月革命が起こります。
政府軍と反対派が武力衝突、グアテマラシティは戦火に包まれた、らしい。
2日の戦闘の後、軍の一部も加わった反対派が勝利をおさめ、
ウビコほど往生際が良くないポンセも、大統領の座を追われてしまったのでした。


その後大統領選挙が行われ、フアン・ホセ・アレバロが大統領に選出。
アレバロとその後に続くハコボ・アルベンス政権の間は
「グアテマラの民主主義の春」と呼ばれたわけですが
急進的な改革を進めたアルベンスを心良く思わないアメリカ政府の介入により転覆、
その後は軍事独裁(かつアメリカの傀儡)政権になってしまったのみならず
内戦まで始まってしまったというのがグアテマラの歴史。


エジプトはが今後どのような方角を目指していくのかまだはっきりしませんが
前世紀にグアテマラのみならずラテンアメリカ一帯で起こった出来事が
今はチュニジアやエジプトやその他の国で起こっているような気もする今日この頃・・・。
歴史はやっぱり繰り返したりするのかな?


グアテマラの十月革命をネットやツイッターで体験したらどんなだっただろうと、
そんなこともちょっと想像してみたり(笑)


時代はどんどん変わっているのですよね。


*頂いたコメントに返信できておりませんが、
 そのうち・・・、どんなに遅くても今週中にはレス致します。
 遅くなってごめんなさい m(_ _)m


[ 2011/02/01 23:39 ] ニュース | TB(0) | CM(2)

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[ 2011/02/02 18:04 ] [ 編集 ]

エジプト

連日報道されている、エジプトと近隣諸国の情勢はどうなっていくのでしょう。バタフライエフェクトではないですが、いずれ日本にも影響がありそうです。
国内はしかし、相変わらずの村社会丸出しの様相で・・・摩擦の深まる中国やロシアと渡り合っていけるのかな?
[ 2011/02/16 21:28 ] [ 編集 ]

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