ジェノサイドか否か (2) 

内戦の話を取り上げた途端にヘルマン・チュピーナが亡くなり、
そのことにも少し触れておきたいと思います。


ヘルマン・チュピーナ(Germán Chupina Barahona)は、
1978年から80年まで警察庁長官だった人物で、
スペインの司法当局からスペイン大使館焼き討ち事件の責任者として
逮捕命令が出ている人物です。


逮捕命令が出た2006年、既に高齢でもあり体調を崩していたチュピーナ、
病院や自宅での自宅拘禁状態となっておりました。


さてそのチュピーナ、逮捕命令が取りざたされていた2006年に
Prensa Libre紙が短いインタビュー記事を載せています。
今日はそれを取り上げてみようかと。


スペイン当局のジェノサイドについての取調べをとう思われますか?
肯定も否定もできない。彼らは彼らの視点から見たことを指摘しているだけで、
私はそれは間違っていると思う。
あれは25年前のことで、私はもう高齢だし何もかもから一切引退してしまった。
すべてを思い出すことなんてできないね。
ちょっと遅すぎたよ。彼らは言われたことを繰り返しているだけだ。


では、大使館事件では本当に起こったことは何だったのでしょうか。
25年前というのは、一見平穏だった頃だ。
あの当時はいつも内戦だったけれど、悪意のある行為はなかったよ。
私は事件発生時にはその近くにはいなかったからね。

どこにいらっしゃったのですか。
バナネラ(注:イサバル県)の特別委員会。
反乱グループができたと聞いて行ったんだが、現地にたどりつけなかったね。
事件が発生したため、2時に首都に戻った。

何か指示はなさいましたか。
いいや。誰かが不在の時は、代理任命するという内規があった。

誰が指揮官だったのでしょうか?
第三部隊のアロルド・パニアグア。

どうして事件と関係していたと言われるのでしょうか。
長官は私だったからね。

後年、
何年も経ってから、スペイン大使がキチェーを訪問し、
首都へ来るよう説得していたことがわかった。
その中にはゲリラとして知られていたCUCもいた。
司法当局にはその場にいた人物も呼び出してほしいね。
実際に起きたことを、もっとうまく説明できるだろう。

あなたのケースの裁判を止めるために手段をとっていらっしゃるのは何故ですか?
いや、裁判が続くようにしているよ。法律に従っているだけさ・・・。

逮捕命令や国外追放命令が出たらどうなるでしょう?
スペインとは犯人引渡条約を結んでいないから、できないよ。
私が嘘をついているとか、私一人が犯人だとかいうのなら逮捕状を請求できる。
そうなったら仕方ないね、行くより他にないだろう。
牢屋の中で死ぬのも悪くないな。

出展Prensa Libre


[ 2008/02/19 23:19 ] 内戦 | TB(0) | CM(0)

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