市祭 

グアテマラシティーの正式名称は
ラ・ヌエバ・グアテマラ・デ・ラ・アスンシォン(La Nueva Guatemala de la Asunción)。
1776年に現在のアンティグアから遷都されて首都となったわけですが、
そのグアテマラシティーの守護聖人、被昇天の聖母の祝日に当たる今日が
グアテマラシティーの市祭です。


北部のイポドロモ・デ・ラ・ノルテ付近では露天や遊具なども出ていて、
かなりの賑わいらしい。
南部にいる私たちにとっては、あんまり縁のない祭りのような気がしないでもないのですが
市はこの時期、各種の文化行事を行っておりまして、
住民参加でこの市祭を盛り上げようとはしているようです。


さて。
1776年に首都となった、とは言え、
このラ・エルミタ盆地はグアテマラの中でも古くから発達した地域です。
カミナルフユは紀元前800年頃に成立したマヤの都市とされていますが、
そのカミナルフユが町を築いたのがラ・エルミタ盆地。


残念ながら、都市の発達によってカミナルフユの遺跡は
ほとんど痕跡を留めていないのが残念ですが
ユカタン半島の密林に築かれたマヤの都市とはまた一味違うカミナルフユ、
そんな都市が昔からあったほど、生活環境の良いところなのではあります。


スペイン人が新大陸を征服した時、グアテマラ総督府の首都は
当初はテクパン、やがてシウダー・ビエハ、
続いてアンティグア・グアテマラと移ってゆきました。
当時のグアテマラシティーはと言えば、
1620年にエル・カルメンという小さな町が作られたものの、
首都であったアンティグアからは山を越えての40kmの道のり、
やっぱり地方の町、という趣だったのではないでしょうか。
そのエル・カルメン、現在は第1区の北側、セリート・デル・カルメンと呼ばれる地域が
それに該当します。


1775年に地震のためにアンティグアが崩壊したのを受け、
1776年1月2日にラ・ヌエバ・グアテマラ・デ・ラ・アスンシォンとして創設。
当時の面積は1.4キロ平方とかいう話で、
アンティグアよりも更にこじんまりとしていたようです。


もっともやがて東西南北に成長して行き、
今では近隣の町までも巻き込んで中米一の首都圏を築いているわけですが
その巨大さの余りに身動きとれなくなりつつあるのもまた事実。


既に遷都から233年を経たこの首都、
この後さらにどんな成長を続けて行くのか、
楽しみなようであり、心配でもあり。


とりあえず今日はお祭りだーーー!!



[ 2009/08/15 23:55 ] 街角 | TB(0) | CM(0)

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