「線路と娼婦とサッカーボール」その後 

以前、このブログでもお伝えしたことがありますが
邦題は結局「線路と娼婦とサッカーボール」になったらしいこの映画、
日本でも一般上映された・・・というか、大阪方面では現在上映中のようですね。


さて、今日の新聞に、La Línea después de “Las Estrellas”と題した記事がありました。
日本語にすればその後の「スター」たちの線路ですかね。
映画を撮影して3年後の彼女たちを取材したものです。
元の記事はこちらPrensa Libre
以下に概略を。



当時の12人のうち、今も線路際に残っているのは
ビルマ、マリーナ、ラ・セカ、カロルの4人となった。


ビルマは映画によって、この生活から抜け出せると期待していた1人だ。
「私たちみたいな娼婦にもチャンスがあると期待したんだけれどね・・・。
 でも実現しなかったよ」。
ビルマは現在自分の7人の子どもたち(最年少は6ヶ月)に加え、
拾った2人と一緒に暮らしている。


カロルはビルマの向かいに住んでおり、やはり赤ちゃんを抱えている。
一旦は第4区のターミナル(市場)に場所を移したけれど、
線路に戻って来て同じ仕事を続けている。
「ここなら、自分の世界の人たちと関係を築くことができるからね。
 向こうはもっと複雑な世界で、自分を理解してくれる人がいなかった。」


映画製作にも携わったアンドレス・セペダも、
映画が彼女たちの生活を変えることができなかったと落胆している。
「映画の後、心理学者や弁護士とかいろんな人がやって来て、
 何か商売でもやったらどうだと、彼女たちにアドバイスしてくれたんだけれど。
 どうもうまく行かなかったんだ。
 彼女たちは近所に住む、ってだけじゃなくて、仲間であり、ライバルなんだよな。
 おまけに、いろいろと複雑な人生を抱えているわけだし」。


一方で、コーチだったキンバリーのようなケースもある。
キンバリーは現在マルコ・アントニオ財団で働いており、
エイズ予防キャンペーンに従事している。
ベアトリスも同じ財団で働いており、線路を去った一人である。


マリーナは映画の後、「歌を歌って有名になる」という夢をかなえることができた。
ボレロを10曲収めたCDを録音し、間もなく発売になる予定である。
店で歌うこともある。
「歌手になるんだ、って言ったら、皆あたしのことバカだと思ってたけれどね。
 夢をかなえることができたよ」。


彼女はまだ線路で働いている。
コンドームを売ったり、衣類を洗濯したり、用事をこなしたり。
共に映画に出演した夫は亡き人となり、彼女は歌って悲しみを紛らわせるのである。
今でも道でサインを求められることがあるという。


ラ・セカもまだ線路にいる。
だけれど、彼女はもうあのことについては話したくないという。


映画祭出演のためにスペインに旅行した後、
メルシーは長男と共にスペインに残ることができた。
不定期ながら仕事はあり、時には体を売るのだという。


スーシィは食事を売り、
エリカは結婚した。
撮影当時、ビルマの伴侶であったルーペは、バスを襲って現在刑務所にいる。
バレリアは同じ職業を続けているが、今は第9区にいる。
ラ・チナはロサンゼルスに旅立ち、ビヴァリー・ヒルズで家政婦をしている。


3年後、線路は違う風景を見せてくれる。
線路はアスファルトに変わり、家はきれいにペンキで塗られ、
以前よりも警官がパトロールするようになった。
しかし、彼女たちの部屋のドアの中の風景は、あの時のままである。


【追記】
「線路と娼婦とサッカーボール(原題:Estrellas de La Línea)」の公式ブログ?を見つけました。
Estrellas de La Línea

スペイン語ですが、写真やYouTubeの動画なんかもありますので、是非どうぞ。



[ 2008/02/03 22:19 ] 雑談 | TB(1) | CM(0)

コメントの投稿














管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

この記事のトラックバックURL
http://guatebuena.blog108.fc2.com/tb.php/64-1286fcd4


-

管理人の承認後に表示されます
[2008/03/14 01:03] URL