テクン・ウマンの日 

ラテンアメリカの偉人の次は、グアテマラの偉人の出番です。
奇しくも今日はテクン・ウマンの日だし。
てなわけで、グアテマラの国家的英雄であり国防の象徴と公式に称えられる
テクン・ウマンさんの登場です。


とは言え、テクン・ウマンさんて16世紀頃の人物。
生年月日も不詳ならば、正確な氏名もミステリー。
残っている資料としてはちょうどラテンアメリカを征服に来ていた
スペイン人たちのものがメインになってしまうため
人物像が見えてこないのでありますが、ともかく、
スペイン人の侵略から人々を守ろうとしたキチェー族の王子、
というのが通説となっています。



グアテマラを征服したペドロ・デ・アルバラードは
「ウタトラン(キチェー族の首都)王国の主だった人物を殺害した」
としたためたレターを上司のエルナン・コルテスに送っていたりとか
それらしい人物がいたことは確認されています。


しかしこの人物がスポットライトを浴びるようになったのは
16世紀も後半、「侵略者の踊り」というのが作られてからだとか。
侵略者代表はペドロ・デ・アルバラード。
それに対抗する人物としてテクン・ウマンがここに登場するわけです。


現在の歴史学者は、テクン・ウマンはキチェー族の皇太子であった
アハウ・ガルエル(Ajau Galel)だと睨んでいるようです。


実際のところ、テクン・ウマンはスペイン人らに対抗したものの
火器や馬を擁するスペイン人らの前に他愛もなく敗戦を喫し、
死んでしまったらしい。


同じような出来事はグアテマラの各地で繰り返されたはずですが、
テクン・ウマンだけが国民のヒーローとなったのはどうして?
ってちょっと不思議な気がしますよねぇ。
実はこれ、国家的戦略だったみたいです。


第二次世界大戦が終わって冷戦が激しくなっていき、
グアテマラ国内の政情の不安定さが加速していった1958年、
ミゲル・イディゴラス・フエンテスが大統領に就任します。
内戦が勃発したのが1960年、
舵取りの難しい時代に大統領になったわけですが、
そこでイディゴラス、国家のヒーローとなりうるような人物はいないかと物色。
そこで白羽の矢が当たったのがテクン・ウマンだったんだそうです。
それにキチェー族と言えば、国内で最大規模の部族でもあったわけだし。


そして1960年、正式に国民の英雄かつ国家の防衛の象徴に祭り上げられたという次第。
ヒーローとするからには名前も必要だってわけで、
恐らくいろいろ調べたんでしょうが、結局テクン・ウマンてな名前になったそうです。


・・・・・・こんないい加減な決め方で良いんだろうか・・・。


ま、それはともかく。
圧倒的に不利が最初からわかっている戦いであっても
矜持を捨てずに立ち向ったテクン・ウマンは
確かに国民のヒーローに相応しい人だとは思うわけです。


良くわからないのは、その大切な英雄が
今ではもう流通していない Q0.50札なんて
小銭の弊紙に印刷されていたことでしょうかね・・・、
ちなみに最高額のQ100札には
グアテマラ最初の司教であるフランシスコ・マロキンの姿。
グアテマラ人ですらない人だったりするのは、なぜ???



[ 2009/02/20 22:58 ] | TB(0) | CM(0)

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