ジェノサイドか否か (8) リオ・ネグロ虐殺事件の裁判 

しばらく内戦の話から遠ざかっていますが、
プラン・デ・サンチェスの話はちょっと置いておいて、
先日、リオ・ネグロの虐殺事件の判決が出ましたので、
かいつまんで書いておこうと思います。


リオ・ネグロの虐殺事件については以前にも書いたことがありまして、
その時既に、元PACの3人が死刑判決(後に減刑)を受けているとお伝えしております。
今度の裁判はそれ以外の6人に対するものですが、
裁かれている事件は同じ、1982年の177人の虐殺に対するものです。


この裁判、提訴されたのは2003年頃のことでした。
ところがその後被告や軍関係者がいろんな手段を講じて裁判を妨害、
公判が始まったのは5年ほど過ぎた今年の4月のことでした。
というのは、この裁判の証言が、スペインで行われている
ジェノサイド裁判の証拠ともなるというのも理由のようです。
リオス・モント及びアンヘル・アニーバルが出していた
保護請求が却下されたのを受けて公判の日程が決まったのが4月4日。


この事件の担当は刑事部第十一法廷のエドゥアルド・コフルン判事。
グアテマラシティーにある裁判所です。


最初の証人は、前回も登場したヘスス・テクー・オソリオ。
その証言の模様を伝える新聞記事はこちらです。
http://www.prensalibre.com/pl/2008/abril/18/232831.html


コフルン判事、20人の証人を召喚していますが、
中には出頭しなかった人も。
首都へ行くお金がないとか、報復を恐れていたりとか理由は様々。
故に、コフルン判事、バハ・ベラパス県の県都サラマまで出張裁判。
サラマで行われた公判の様子はこちら。
http://www.prensalibre.com/pl/2008/mayo/09/236791.html


5月の中頃には結審していたと記憶していますが、
法廷に立った証人は16人。
しかしその後判事に対する殺人予告の電話がかかるなどして、
判事の身の安全も心配されたのですが、無事に判決の日を迎えました。


5月28日。
被告6人の内、1人については証拠不十分として無罪、
残る5人については、それぞれ26人の殺害に関与したとして、
1人の殺害につき懲役30年、
26人の殺害で合計なんと懲役780年という判決が下されます。


ただし、実際に服役するのは30年だけ。
というのは1969年に制定された事件当時の刑法では、
殺人罪での最大の刑は懲役30年だからなんだとか。


また、遺族にはQ10万の賠償金を支払うようにという命令も。
・・・・・・PACのメンバーが、基本的に農民であることを考えると、
これはとてもじゃないけれど払えない金額であるような気が・・・・・・。


今回有罪判決を受けたのはいずれも当時のPACのメンバー、
マカリオ・アルバラード・ドフ、パブロ・ルイス・アルバラード、
フランシスコ・アルバラード・ラフー、トマス・ディノ・アルバラード、
ルカス・ラフー・アルバラードの5名。


無罪とされたのはボニファシオ・クシュン・ラフーで、
別途ホセ・アントニオ・ソラレス・ゴンサレス大尉(指名手配中)及び
元PACのアンブロシオ・ペレス・ラフーとドミンゴ・チェンについて
逮捕命令が出ています。


判決の報道はこちら。
http://www.prensalibre.com/pl/2008/mayo/29/241200.html


26年という歳月を経て下された判決。
この事件に係わったと見られる5人が有罪になったわけですが、
いずれも当時の状況の中で命令に従っただけでしょう。


この虐殺を命令した人物が裁かれることのないまま、
実行犯だけが裁かれる現実はあまりにも寒々しい。


それでも、こういう人たちに対する裁判でさえ、
多数の妨害が入り、
判事や検事や証人は身の安全を心配しなければならなかったのです。
それだけの覚悟をしないと進められないからこそ、
未だに内戦の罪が裁かれることがほとんどないわけです。


リゴベルタ・メンチュが国内での告発を諦めたのも、
やはり同じような理由でしたしね・・・・・・。


もうしばらくプラン・デ・サンチェスの話は脇に置いておいて、
もう一つ現在裁判が進んでいる(というか止まっているというか)、
別のケースを、近いうちに取り上げてみたいと思います。



[ 2008/05/29 21:17 ] 内戦 | TB(0) | CM(0)

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