不在する正義 

26日の新聞記事を見て、どうにもやりきれない気持ちになってしまいました。見出しは「暴行犯に35000ドルを支払うよう国に命令」。

 

・・・・・・もっとも、今朝の新聞で「$35000じゃなくて$5000でした」てな訂正記事が出ておりまして、インパクトはかなり減ったような気はしますが。

 

事の起こりは1997510日に遡ります。グアテマラ南部、太平洋の港町イツァパで、12歳のハスミンちゃんの遺体が見つかります。検視の結果、ハスミンちゃんはレイプされ、殺害されたことが明らかになりました。

 

犯人として逮捕されたフェルミンは、199836日に一審で死刑判決を受け、控訴、上告が棄却された後、大統領に特赦を要請しますが、20006月ポルティーヨ大統領(当時)がこれを棄却、死刑判決が確定していました。

 

フェルミンの弁護人はこれを米州人権裁判所(CIDH)に提訴。そして先ごろ、「正等な裁判が行われていなかった」という理由で、政府に対し、この裁判の経過を見直し、再度裁判を行うこと、訴訟費用として5000ドルを支払うこと、が命令されたわけです。

 

死刑囚にだって生存権があり、正当な裁判を受ける権利がある。CIDHのおっしゃることは、もっともなんでしょう。でも他方で、この人口1200万人の国で、毎月少なくとも約150人が犯罪者により殺されている、という事実があります。治安の悪化をなんとかしてほしい、というのは住民の切なる願いです。

 

犯罪に脅かされながら生活する者にとっては、大切なのは一人の犯罪者の命を救うことではないのです。脱獄だってマレではないこの国では、むしろ、一人の犯罪者がこの世からいなくなることによって、殺されなくてすむ複数の命があるのではないか。正義に基づく考え方ではありませんが、正直な気持ちです。

 

それに加えて、この国の司法のあり方には失望する以外ありません。警察や検察は言うに及ばず、裁判官の能力不足も傍から見て明らか。今回の事件で指摘された裁判の不備、はこの事件に限らず、ありとあらゆる事件にも当てはまるのではないかと思います。無罪になっちゃう重罪犯がいる一方、冤罪だって、きっとゴロゴロしているんでしょう。

 

被害者のお姉さんのコメントです。

「この苦しみを味わったことのない人に、どうしてこんな人殺しをゆるすことができるわけ?もう、裁判なんて信じない。神様の、永遠の裁きだけしかあてにならないってことだよね」。




[ 2005/07/28 03:30 ] できごととか | TB(0) | CM(0)

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