内戦の影 ジェニファー III 

ジェニファーの夫、エベラルド司令官ことエフライン・シリアコ・バマカ・ベラスケス(Efraín Ciriaco Bámaca Velásquez)は、1957年、サン・マルコス県のエル・トゥンバドール市にあるエル・タブレロ農場で生まれました。

 

この、グアテマラで一番高いタフムルコ火山のある地域から太平洋側にかけては、良質なコーヒーの産地でして、この農園もそんなコーヒー農園の一つなんだそうです。多くの小作人を抱える農場ですが、その大半はインディヘナ。エフラインの両親もそのような小作人でした。

 

さて、このエル・タブレロには、国外追放となり、メキシコに身を潜めていたロドリゴ・アストゥリアス(ノーベル文学賞作家ミゲル・アンヘル・アストゥリアスの息子)が、時折訪れていたのだそうです。勉強好きのエフラインに読み書きを教えたのも彼だとか。

 

1975年、エフライン18歳。この年、彼はガスパール・イロム司令官を名のったロドリゴ・アストゥリアスらと共にORPAを旗揚げ。この日より彼はエベラルドとなります。そして、二度と、両親のいる家には戻ることがありませんでした。

 

エフラインをエベラルドにしたものは何だったのか。

 

貧しい、コーヒー農園で働いていた一農民が、武器を手に、革命の理想を掲げて戦うようになったのは何故だったのか。その当時、国軍とゲリラは何年も前から激しい攻防を繰り返しており、ゲリラに加わることは自分のみならず、家族の身にも影響が及ぶ可能性もあったのに。

 

ラテン・アメリカの18歳は、日本の18歳よりもはるかに大人だと思いますが、それでもまだ18歳。いろんな未来を考える時期、ですよね。

 

でも、農園にいる限り、小作人の子は小作人。エベラルドはガスパール・イロムから教えてもらいましたが、一般の小作人は学校とも無縁なら、読み書きすらできない人ばかり・・・。そんな環境に、若い彼が絶望しても不思議はないのではないかと。

 

そこにガスパール・イロムのように、裕福な家庭で育ち、学問もある人物が現れ、貧しい農民の現実に理解を示し、若い彼らに理想を説き、明るい未来を語るならば、多少の危険はあったとしても、自分たちの力で成し遂げるんだ!と若者らしく、安易に考えたとしても不思議ではないように思います。

 

そう、数年間、武器を持って山に籠もって頑張れば、素晴らしい世界がやってくる!と。約10名の同士と共にORPAを旗揚げした時、彼らは幸せと理想に満ちていたのではないでしょうか。その理想に殉じることすら、恐れなかったのではないかと思うのです。

 

現実には、彼らの理想が実現しないままに時が過ぎ、やがて、内戦は泥沼の様相を呈して、進むも引くもままならない状態へと突入していくのですが。




[ 2006/07/20 20:41 ] できごととか | TB(0) | CM(0)

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