惨めな芸術家たち その2 

昨日の続き・・・というか、実は昨日書くつもりでいたのですが、
あまりに眠くてつい書き忘れていたことが(笑)


国内の芸術家たちには超シブチンの政府が
何を考えたのか、今年の革命記念日(10月20日)のために
ロシアのプーシキン美術館所蔵の「栄えある勝利(Gloriosa Victoria)」を
グアテマラで展示する!というニュースが先週でしたか、流れました。


メキシコの壁画作家であり、フリーダ・カーロの旦那さんとしても名高い
ディエゴ・リベラの油彩画なのですが、この絵の題材はグアテマラ。
まずは絵の方をご覧あれ。あんまりいいサイトがないけれど、とりあえずこことか。


グアテマラの革命記念日というのは
1931年から1944年までグアテマラの大統領であったホルヘ・ウビーコを
政権から追い落としたのを記念している、のかと思ったら
実はウビーコは7月に民衆の圧力の前に辞任しており、
その後任にはウビーコ派の軍人フェデリコ・ポンセが就任、
民衆を抑圧しようとしたものの逆に打倒されてしまったのが10月20日の出来事。


その後軍部の暫定政権による選挙により選ばれたのがフアン・ホセ・アレバロ大統領です。
就任は1945年3月15日。


じゃ、「栄えある勝利」はこの革命を描いた絵のことね?
と思っちゃいそうですが違うのです。まだ続きがあるのですよ。


アレバロの次の大統領になったのがハコボ・アルベンス。
以前にも時々このブログに登場している人物ですし、
アルベンスについては詳細を省きますが、
左傾化するアルベンス政権に危機感を抱いたアメリカが
CIAの工作によりアルベンス政権を倒したのが1954年。


その年の6月27日、アルベンスは辞任し亡命の身となりますが
CIAが傀儡政権として立てたのがカルロス・カスティーヨ・アルマス。


「栄えある勝利」はこの時のアルマスとCIAの勝利を描いたものなのです。


革命記念日に革命によって出来た民主主義が打倒されたことを描く絵を展示する。
いや別にいいですけれど。
勝利を皮肉っている絵ですしね。


しかし、ロシアからこの絵を輸送したり、警備したりするためには
またしても大金が国庫から支出されているわけです。その費用Q150万($187,500)。
やっぱり聞き捨てならない金額です。
特にグアテマラ人の芸術家たちが、どんな待遇で生活しているかを考えてみれば。


絵の魅力、価値については私も異を唱えるつもりはありませんが、
それを全額公費で、それこそ国が緊急事態にある時にやるべきことなのか。
こういう一点豪華主義は好きになれないし、
何よりも大統領の趣味で支出先を決めてるでしょ、ってのがアリアリなのが嫌。


さて、この国家事業である展示会には
「栄えある勝利」の他にも革命をテーマにした絵画が展示されます。
展示会のタイトルは「おお、革命!1944-2010年 様々な視点」。
10月1日から31日まで国家宮殿にて。入場無料。


つきあいきれん・・・・・・。


余談ながら。
爆弾に描かれている人物の顔、誰だと思われます?
ヒント:アメリカ人です。



[ 2010/09/28 23:25 ] ニュース | TB(0) | CM(2)

惨めな芸術家たち 

私が現在のアルバロ・コロン政権のお金の使い方に批判的なのは
このブログをご覧の方ならお気づきだと思うのですが、
「やっぱり・・・」とちょっとタメイキの出る話が新聞に出ていました。


それがこちら
「惨めな芸術家たち(Pobres Artistas)」と題されたこの特集、
またしてもマルタ・サンドバルのものですか・・・。


ここで取り上げられているのは
国立交響楽団
国立バレエ団
国立合唱団 の3団体。
いずれも文化スポーツ省(Micude : Ministerio de Cultura y Deporte)に属しており
それぞれのメンバーは公務員・・・・・・のはず。


しかし、この3団体、いずれも今年は大幅に予算を削減され、
何とかかんとか公演を行っているような状況。
それなのに更に47%の予算削減が行われる(今年の降雨災害等のために)という話もあり
それには忍耐強い芸術家たちもさすがに立ち上がらざるを得なかったようで
抗議活動を行った結果、削減案はとりあえず回避されました。
少なくとも現在のところは・・・・・・。


国立合唱団は団員42名を抱えており、年間予算はQ30万。
団員の平均給与はQ2,000($250)。


昨年ケツァルテナンゴで公演を行っているのですが、
Micudeからはその時の旅費が未だに未払いで団員負担のまま。
毎年クリスマスには10回程度の演奏会を行っていたのに、昨年は2回のみ、
今年はできるかどうかすら不明・・・・・・という状況。
また、例年7回程度の地方公演を行っていたけれど、旅費がないので、今年は年に2回のみ。
練習するために自前のピアノすらない・・・・・・というちょっと考えられない状況。
いっそ解散しちゃえよ。って思うくらいなお寒い状況。
合唱なんて一番お金かからないのにこれか・・・・・・。


国立バレエ団は近代・民族バレエ団の予算がQ60万、グアテマラバレエ団がQ325万。
平均給与はQ3,500で、近代バレエ団のメンバーは30人、
グアテマラバレエ団は40人を擁しています。


バレエは創作物も古典物もお金がかかる芸術ですが
そんなお金はどこにもない!
というわけで公演がある度にいつもいつも同じ演目、同じ振り付け。
20年前に作られた衣装が現役で活躍しているくらい
お金のない=衣装のない バレエ団なのでありました。
予算不足のために、7月に予定されていた公演も中止せざるを得なかったとか・・・・・・。


それでも近代・民族バレエ団の方は海外からも時々お声がかかったりします。
今年はフランスからいくつかのフェスティバルに参加しないかという打診があったにも係わらず
予算がないのか、Micudeが無関心だからなのか、とにかく参加できず。


古典バレエのグアテマラバレエ団の方も状況は同様で
今年は一度も地方公演を行っていません。
予算の半分以上は団員の給与となるため、
新しい作品を取り上げることなど、夢のまた夢。


国立交響楽団の団員は68名。
年間予算はQ500万で平均給与はQ3.000。


今年の5月にはこんなことがあったとか。
外国人の客演指揮者を招待し、ホテルを予約。
費用を持つのはもちろんMicude。


ところが、この時の宿泊料が現在に至るまで支払われておらず
ホテル側は今後は国立交響楽団には前払いでしか予約できないことを通告。
こうしてオーケストラは外国人の指揮者や演奏者を招聘することができなくなったのでありました。


オーケストラが所持する楽器は2001年に日本政府が寄贈したもので
それ以降は一度も新調されたことがありません。
もちろん修理のための予算もないので、
大半の楽団員はなけなしの給料から自前で楽器を調達しています。


それでも楽団が存続できるのは、わずかQ50程度ながらも
演奏会で入場料収入が得られるからだとか。


今年は海外公演のための旅費もカットされてしまっているので、
海外公演は不可。
例年10回程度地方へ行って演奏会を行っていたのに、
今年は予算がないため、
招待者が旅費を負担してくれた時に限り公演が可・・・という寂しい状況。


実は2007年、国立交響楽団は「Micudeから分離し、独立機関にしてほしい」
と国会に法案を提出していたのでありました。
どっちみち国をアテにしても全然ダメ、
かと言ってなまじ国立という看板があるだけに、縛りも多くて何もできない。
そんなくらいだったら、国のお金はアテにしないから独り立ちさせてくれ!
という気持ちの良い法案らしいです。


しかし、この法案はそのままお蔵入り・・・・・・。
いやでも、さっさと決めて独立採算制にすれば、
国立交響楽団の予算がそのまま浮くのにね・・・・・・?


その一方で、今年の夏(って3月とか4月ですよ、グアテマラでは)に行われた
「ビーチへ行こう!」プログラム。
グアテマラシティから貸切無料バスでサンホセ海岸へ大量の人を運んだわけですが
このお金は文化予算からQ250万、
その他の予算からQ100万が支出されています。
その中には参加者が無料でもらったTシャツ、ビーチタオル、帽子なんかも含まれていたり。
このプログラムは思いっきりポピュリズムの香りのするものでありますしね・・・・・・。


まあそりゃもちろん、グアテマラのような国では
「治安問題を解決しろ」「インフラ整備しろ」
「今年の天災被害はどうするんだ」という喫緊の問題が多々あるわけで
文化はそれから比べれば予算減額されても仕方ないでしょ・・・・・・、
という人がいるのも事実ですが。


でも、ですよ。
文化を大切にしない国には、夢がないし、未来がないと私は思うのです。
子供達が成長する過程で、スポーツや芸術に触れるのは必須ですし、
音楽や絵画や舞台芸術といったものから得られる感動は他では味わえない種類のものです。


そうして絵や音楽や舞踏に目覚める子達というのは少なからずいるものです。
実は国立の舞踊学校があったのですが、ここも予算がないという理由で
今年閉校に追い込まれてしまいました。


お金のある人は別のところに行くことができますが、
そうじゃない家庭の子たちにとっては、機会を失うことになるわけです。
特に音楽や舞踊は、小さい頃から続けることが大切な芸術ですから。


でも芸術家を育成するための予算は全くないのです。


一方で、グアテマラシティに数ヶ所、
Micudeの予算で公園やグラウンドが建設されることになっています。
「市民の憩いのため」なんだそうですが、
こんな事業は自治体にやらせればいいはず。
何故にMicudeが少ない予算から一部を削ってやらなければいけないのか、
私には理解不能です。


はあ、ちょっと書いたらすっきりしたかも・・・(ここは私の愚痴の吐き捨て場だったのか)
何にせよ、限られた予算の中でできることには限度があるでしょうが、
だったら何もかも国立ナントカや国の文化財に指定するのではなく、
できる物についてだけは責任をもつ、という風にして欲しい。


国立競技場の荒れ果て方もちょっとすごいしね・・・。
あそこ、恥ずかしくて「国立」と呼べないよ、ホント。
でも誰が指定したのかしらないけれど「文化財」になっておりまして
改築すら簡単にできない仕組みになっています。
自分で自分の首を絞めて、ホント、どうするんでしょ。
文化財とか国立ナントカの整理からまずは始めるべき、というのが今日の結論でありました。



[ 2010/09/27 23:32 ] ニュース | TB(0) | CM(0)

雨のラス・アメリカス通り 

数日前から政府が「ハリケーンが来るから注意を!」というキャンペーンをやっていたのですが
その肝心のマシュー君、ついにハリケーンに成長することないまま
グアテマラの北部に上陸したと思ったらふにゃふにゃと形を失い、
熱帯暴風雨から熱帯低気圧に成り下がったと思ったら
その後間もなく普通の低気圧になってしまったのでありました。


根性なし!


あれだけ大騒ぎして、何だか肩透かしをくった気分・・・。
いやもちろん、その方がいいんですが。


そうは言っても北部の方にはかなり大量の雨を降らせたようで
(グアテマラシティは午前中は普通に雨でしたが、午後は日も射すお天気でした)
川の増水、土砂崩れは各地で起こっています。
まだ北部に留まっているので雨が降り続いてるところもあるみたいだし・・・。


とにかく今年の雨の多さにはうんざりしているのは事実なのですが
国内で起こる他のことが、余りにもあまりなために
天災である多雨はまだ我慢できるかも。
そちらの方はおいおい書くか、
それともあまりに希望がなさすぎる話なので書かないか・・・。


で、ですね。
雨が降ると瞬時に道路が川に変身するのはグアテマラの常ですが
私が良く通るラス・アメリカス通りというのも
ちょっと雨が降っただけで川になる、排水の悪い道路です。


水が溜まるのは特定の区間だけなのですが、
直線道路で時速60キロ制限だし、
ちょうど渋滞を抜けてすーっと走れる付近だし、
で下手にスピードを出して走ると
車が浮いてブレーキが効かなかったり。


そんな道路の様子を映したビデオがあったので貼り付けておきます。
あまりにアホらしいビデオなんだけれど、
まあ一緒にラス・アメリカス通りを走ってるつもりになってくださいね。
いきなりぶちっとビデオが切れるのが残念なのですが
水をはねかけられた瞬間、怖くて思わずストップしちゃったのかも?





[ 2010/09/25 23:38 ] 気象・災害 | TB(0) | CM(2)

ロドリゴ・レイローサ「アフリカの海岸」 

以前から読みたかったロドリゴ・レイローサ(Rodrigo Rey Rosa)の
La Orilla Africana(ラ・オリーヤ・アフリカーナ)の再版が8月に出たので
早速入手して読んでみました。


レイローサはグアテマラ生まれの作家ですが
経歴については本当に簡単にしか知られていません。
結構探して見たんですけれど、いずれも
「グアテマラで学業を終えた後NYで映画を勉強、
 その頃モロッコのタンジェに旅行し、
 アメリカ人でタンジェに住み着いた
 作家であり作曲家であるポール・ボウルズと出会う。
 数年間タンジェに住み、
 レイローサの最初の3つの作品はボウルズが英訳した」
程度のことしか書かれておらず、
いつ頃タンジェに住んでいたのかは不明ながら
そのタンジェを舞台にしたのがこのLa Orilla Africana。
初版は1999年です。


この作品の邦訳は「アフリカの海岸」というタイトルで出ていますが、
僭越ながら「海岸」という言葉はしっくりこない気が・・・。
「アフリカのほとり」の方がぴったりくると思うんだけれどな。


そんなことはともかく。


内容については
Amazonとか
すみ&にえ「ほんやく本のススメ」なんかが
うまくまとめて下さっているので、
そちらをご覧頂くことにして(手抜きじゃありませんからねっ!)、私の感想を。


タンジェの羊飼いの少年と
パスポートをなくして身動きできないコロンビア人と
タンジェに住む裕福なフランス人女性なんかが出てくるこの物語、
実は場所をグアテマラに置き換えても十分成り立つ話じゃなかったのかなぁ、と。


インディヘナの少年の羊飼いに
パスポートを無くすコロンビア人、
そして裕福なカナダ人女性かな。
で横軸に絡むのがアメリカへの不法入国とか麻薬の話。


でもそうしちゃうと余りにも現実的で
生々しい話になってしまいそうで
この物語がかもし出すゆるやかな雰囲気は失われてしまいそう。
実際、モロッコのタンジェという舞台設定が絶妙です。


羊飼いの少年は当然ながらイスラム教で
時折出てくるアラビア語の響きも
異国情緒を醸しだしているし。


レイローサの文章は平易で読みやすいのですが
きっちり文が練られていて、無駄がない感じ。
ストーリーはゆるゆると流れて行き、
川のようにゆったりと合わさったり、別れたり。


タンジェの風景のように、いささか乾いた登場人物たちが
さりげなく現れ、陽炎のように消えて行く。
タンジェに吹く風のような、ひんやりとした読後感ながら
とっても印象的な作品でありました。


レイローサの作品の中では、一番読みやすいと思います。
と言っても、確かこの作品で5作目なんですけれどね、私が読んだの。
機会がありましたら、是非。


[ 2010/09/21 23:14 ] | TB(0) | CM(0)

Orgulloso de ser Chapin 

9月と言えば独立記念日があるお陰で、
何かと愛国心を掻き立てる行事が多いのがグアテマラですが、
今日はその一環で作られたプロモーションビデオをご紹介。


Orgulloso de ser chapín(オルグヨーソ・デ・セール・チャピン)という
ご大層なタイトルのこのビデオ、
確か毎年作られていて、これはその2010年版。
チャピンはお馴染みグアテマラ人の別称ですので、
タイトルは「グアテマラ人であることの誇り」という感じ。


ま、誇り高いグアテマラ人ですからね、
愛国心の目一杯詰まったこのタイトルはいかにも、って感じですが
肝心の歌の方は可もなく不可もなく・・・というか、はっきり言って退屈。


でも出てくるアーティストが多彩で豊富で、
結構楽しめるビデオにはなっています。
登場するのはインターナショナルな存在になってしまったリカルド・アルホナを除く
グアテマラを代表するアーティストたち。
と言っても、国内及びその近辺で有名な人たちばかりですから
日本では聞いたこともないような歌手ばかりでしょうが。
かく言う私も見たことも聞いたこともない歌手も結構いたりして・・・。





個人的に紹介しておきたいのは、一人だけ別のスタジオで録音したらしい(背景が違うので)
ガビー・モレノ(Gaby Moreno)。
LA生まれのグアテマラ人なガビーは、
今年のエミー賞のオリジナルテーマ賞にノミネートされたりもして、
アメリカを中心に活動を続けるシンガーソングライター。
ノミネートされたのはParks and Recreationという番組のテーマ曲
ガビーとビンセント・ジョーンズが作曲したものらしいです。受賞はならず、でしたけど。


そう言えば以前ガビー・モレノの歌うグアテマラ国歌のビデオを使ったような記憶が・・・
と思って探してみたらありました
なかなか先見の明がありますね、私!?
こちらの方も是非ご覧くださいまし。


[ 2010/09/18 22:57 ] 雑談 | TB(0) | CM(0)

盗人が盗人に・・・? 

「ちょっと最近更新が・・・」とリアル世界の方から指摘を受けてしまいました。
わかってはいるんですが、いやその・・・。
いい加減言い訳も見つからないのでさくさくっと書き始めることにしてみました。


9月15日は189回目の独立を祝ったグアテマラですが
日を同じくして市内のショッピングモールで銃撃戦が起こったとのニュースも。
一報では麻薬組織と警察の間の銃撃戦とのことでしたが、
続報ではアメリカの麻薬取締局が指名手配している人物が
警察が張り巡らした網を掻い潜って逃亡したという情けない話が伝わってきており、
ところが一夜明けると「あれは麻薬組織間の報復だ」という話になっていたり、
たまたまその場に居合わせたのか麻薬に関係あるのか不明な牧師が亡くなっていたり、
そして二夜明ける頃には「非番の捜査員がその場にいて負傷、死亡した」
という話も出てきていたり。
非番の捜査員がその場にいた、ということで現在は麻薬組織との関係を疑われています。


謎は更に謎を呼んでいるところだったりするのだけれど、
警察はどうも緘口令を敷いているっぽくて
大した公式情報が出てきていません。


ま、ひょっとしたら何にも情報持ってないのかもしれないけれどね。


そんな、何だかいや~な感じのする事件がある中で
ちょっとくすっと笑えたのがこんなニュース。
「ビエント・エン・コントラの楽器と照明機器が盗まれた」


普通なら「あらかわいそうに」となるニュースなんでしょうが、
このビエント・エン・コントラ(日本語にすれば向かい風)というロックバンド、
その音楽よりも何よりも、
現グアテマラ大統領の息子アントニオ・コロンが
ベーシストとして参加していることで有名なバンドなのでありました。


だからどうしてもちょっとクスクス混じりの同情になってしまう・・・。
どうやら機材一式を積んでいたトラックごと盗まれたらしいのですけれどね。


この事件を伝える短い記事にたくさんのコメントがついているのですが
「泣かなくてもパパとママが新しい機材を買ってくれるよ(税金でね!)」
「大統領は『これは国を不安に陥れようとする反対勢力の仕業だ』って言うんだろ」
「泥棒が泥棒に入られたか」
「インテリジェンスを使って解決しろよ」
「コエシォン・ソシアル(大統領夫人がやっている社会福祉プログラム)が
 明日になったら新品の機材を買ってくれるさ」
「税金がまた無駄遣いされることになるのか」
「盗まれたヤツだって自分の金で買ったわけじゃないだろ」
などととにかく散々の書かれよう。


・・・・・・気持ちはわかるけれど。


私的にはこれでCicigが出てきたら笑えるよな~
とか思っちゃいましたけれどね。


こういう類の盗難は犯人が捕まらないものなので
機材が見つかったり、犯人が逮捕されたりしたら
それはそれでまたすごい話になっちゃうわけですが、
続きが楽しみ気になる事件ではあったりします。



[ 2010/09/17 23:21 ] ニュース | TB(0) | CM(0)

「死体を見たことある?」 その2 

う、またしても時間が・・・。
ちょっと内容が重いのでどうも・・・というのが今回の言い訳です。
懲りずにご訪問いただいている皆様、ありがとうございますです。
前回の続きです。




祖母が家に来ていたのでケーキを買うのはいいアイディアだとレディは思った。
セーターを着て、祖母、叔母、弟と一緒にケーキ屋へ行き、
チョコレートケーキを買うと、家に向った。


帰り道、道端にはアトール(注:重湯のような飲み物)を飲んでいる男性がいた。
道に座りこんでいたが、壁に背をもたれかけ足を前に伸ばしていたので、邪魔だった。
祖母は「酔っ払いよ」と言って、男性の前を通ろうとした。
ちょうどその時、バイクがスピードを上げてやって来た。
見たというよりは耳に突き刺さるような弾丸の音を感じた。
祖母はレディを突き倒し、レディは下の通りまで転がって行った。
叔母は弟の上に覆いかぶさった。
混乱の数秒が経過すると、アトールを飲んでいた男性は亡くなっていた。
祖母は腕から、叔母は肩から血を流していた。弾丸がかすったのである。
レディが立ち上がると、チョコレートケーキが道に潰れているのが見えた。
祖母は早く弟を連れて家に帰りなさい、と叫んだ。
泣きながら家に帰り、救急車を呼んでと父親に頼んだ。


楽しいはずの日がどうしてこんなことになったのか、
彼女には理解できなかった。


その日以来、レディは良く眠れなくなった。
夜は寝付かれず、頭がかっかとした。
怖くて眠れないと母親を起こしたが、
母親には抱きしめてやることしかできなかった。
9歳のレディは外に出るのが怖かった。母親が外出するのが怖かった。
父親が仕事に行くのが怖かった。
祖母と叔母は無事だったが、レディは二人がもう少しで死ぬところだったという考えを
頭から追い払うことができなかった。


精神科医のロドルフォ・ケプフェルは次のように説明する。
「グアテマラの子供達は、死を自然に起こるものだとか、人生に起こりうることだとか、
 そういう風には把握していません。
 そうではなく、第三者によって引き起こされるトラウマ的出来事と理解しているのです。
 そのためザナトフォビア(Thanatophobia)、すなわち死への恐怖の文化ができるのです。
 死がどこにでも存在していると考えるようになり、
 それに抵抗するには自分も力を使うしかないと考えるようになります。
 最初は空想やゲームの中です。
 しかし、7歳や8歳の子供が暴力的傾向を見せるようになり、
 死に抵抗するためにはこれしかないという経験を重ねていくことになるわけです」。


話をした子供達の多くが、死体を見て怖かったとか
銃声を聞くと恐ろしいと言っていた。
この恐怖は、次に死ぬのは誰かを決めるのは自分達自身だと感じることで
乗り越えることができる。
恐怖ゆえにピストルを突きつけることになるのである。
これは社会にとって大いなる脅威となる。
ガラビトはある母親の話を教えてくれた。
彼女は自分の息子を殺されるのではないかと怖れたあげく、
マラに入るようにと息子に勧めたのであった。
「だって鍵をかけて閉じ込めておくわけにはいかないんですもの。
 マラにならないと殺されると思ったから」と彼女はそれを正当化している。


レディはエル・ミラグロの公立小学校で勉強している。
10歳になる前にこういうトラウマを負ったのは、クラスで彼女だけではない。
「死体を見ても怖くないよ、だってもう何度も見たし」
「僕はバラバラ死体を見たことあるよ」とクラスメートたち。
他の子供達はそれを聞いても笑っている。真剣に受け止めたりはしないのだ。


「初めて死者を見た時や、暴力犯罪に触れた時は大きな衝撃を受けます。
 しかし、常にこのような衝撃にさらされていると、耐え切れずに病んでしまいます。
 それ故、習慣化という自己防衛本能が働くのです」とガラビト。
「暴力的な状況で生活するのに適応するために、感情が麻痺したようになっていきます。
 そうすると、回りで起こっていることにもあまり影響されなくなります。
 子供達も同様に慣れて行くわけですが、それが普通だと信じることは危険です。
 子供達にはそれは普通なことではないと、不健康で人間性に反しているのだと
 理解させることが大切です」とサラ・ペレイラ。


この学校の多くの子供達がお祭りの日に起こった悲劇を覚えていた。
小太りで浅黒い少年は観覧車の上から何が起こったのかをすべて見たと言う。
3人の男が銃を手にして入って行き、探していた男を撃ったのであった。
被害者は子供を抱いていたが、撃たれる瞬間、子供を守るために遠くに放り投げた。
下で見たのはラウラであった。彼女は両親と一緒にカートの順番を待っていた。
最初の銃声が響いた時、母親はラウラを台の下に突き飛ばし、そこから見たのだという。
他の子供達は被害者が冷たくなって横たわり、
妻や子供達が泣き叫んでいるのを見たと話してくれた。


他の学校でも同じような状況であった。
子供達は遺体がどんな風であったとか、
昨夜の銃声がどんなであったとか、口々に説明してくれる。
教育省のスーパーバイザーが私に同伴してくれていたが
ミスコ市にあるサコフ・チキトの小学校に行くべきだと勧めてくれた。
「そこの方が状況はもっと激しくて深刻だから」。
その学校では今年に入って生徒が3人殺されており、
その内の1人はまだ3年生であったという。


小さな丘にある学校に着いた。
壁にはディズニーのキャラクターが描かれ、
休み時間に遊べるようなバスケットボールのコートもある。
4年生の教室では机が一つ空いていた。
その机を使っていた生徒は20日前に殺されたのだという。
子供達は行儀良く本を読んでいた。
私は自己紹介をし、質問を投げかけた。
「死体を見たことある?」
答えはなかった。誰も話したがらなかった。


「暴力犯罪の多いところではできないことも多くなります。
 暴力犯罪の多いところには不安が沈殿していくのです。
 話さないということも症状の一つです」とケプフェル。
子供が暴力犯罪にさらされているようなところで、
社会が生き延びられるだろうか?
「戦争や爆撃や多数の死者があったような場所では、
 長い年月の間に進歩がなかったと言うことはできません。
 そういうメカニズムを築いてきたからです」とケプフェル。
「イギリスでは戦時に家族と共にいた子供達はトラウマにも強く
 病気にもなりにくかったと言われています。
 家族と離れいていた子供達の方が精神的に弱かったのです」。


「仲が良く思いやりのある家庭の子の方が、
 外の暴力犯罪の影響を受けにくいことがわかっています。
 お互いに無関心で思いやりのない家庭で育ち
 暴力犯罪にさらされ、友人の影響を受けて育つような子は
 当たり前ですが犯罪行為に走る確率が高くなります」とペレイラ。


唯一の出口は家族である。
家族が暴力犯罪になびかなければ希望はある。
しかし兄弟や両親が犯罪に手を染めるようであれば、危険性はあまりにも高くなる。
「子供は家庭で価値観を学びます。
 命を尊重することも、家庭で学ぶべきことです。
 外にある暴力犯罪は、自分たちの家庭の価値観にはそぐわないものだと
 両親が教えることができれば
 子供達はそれを学ぶきっかけとなるのです」とペレイラ。


「ある社会の将来が安定するのかそうではないかは
 どうやってその苦しみを乗り越えて再構築していくのか、
 どうやって修復していくか、によるのでしょう。
 残念ながら私達には悪い前例しか残されていないのです。
 和平合意の調印から現在に至るまで、私達はその傷を癒せずにいます。
 それと対決してこなかったからです」とケプフェル。


レディは、今度銃撃があったら祖母が死ぬのではないかとか
誰かが携帯電話を盗むために父親を刺すのではないかなどと怖れている。
しかし、強くなって忍耐する以外にないのである。
怖いことを考えずに、毎朝起きて元気に学校へ行くようにしなければならない。
誰かが後をつけてきていないかとか、
バイクが近くにいないかとか、
マラの一味が通りにいないかとか、
そういうことについて始終警戒を続けているため、
学校に着いた時、彼女はもうクタクタになっている。


9歳の女の子にはあまりにも辛い話である。
あの教師の問いかけが私の頭につきまとって離れない。
「この子供達を救うためにはどうしたらいいのでしょう?」





[ 2010/09/11 23:35 ] ニュース | TB(0) | CM(1)