大統領夫人の公式行事? 

アルバロ・コロン大統領の任期も2年半を過ぎ、
来年の今頃は選挙戦真っ只中のグアテマラだと思われるわけですが、
次期大統領の最有力候補とされているのが現大統領夫人のサンドラ・トーレス・デ・コロン。


コロン大統領が大統領になったのも、
サンドラが大統領になるための布石に過ぎない・・・・・・というのは私見ですが
とにかくコロンが大統領になってからのなりふり構わずのお金のまき方、
そして資金の集め方が無茶苦茶すごい。
残念ながらこういう話は今のところ表には出てこないわけで、
陰でいろいろと囁かれている程度ですが、
そうは言っても信憑性の高い話も伝わってきたりしています。


現大統領とその夫人の権勢は、それこそ
「この世をば わが世とぞ思ふ」と詠んだ藤原道長ばり。


サンドラに逆らおうものならあの凍りつくような目つきでギロリと睨まれ、
その魔法の杖で石にされてしまうのであります。
おっとこれはナルニア国物語だったっけっか。
本当のことを言うと、杖がなくてもその場で凍りつきます。


いや、そんな話を書きたかったのではありませんでした。
選挙まで1年以上ある今は、選挙活動はもちろんできません。
できないとは言いながら、
どの候補もあの手この手で動き始めている時期でもあるわけですが
サンドラはそれを公費でやってのけてしまっているという話。


昨日7月19日付のSiglo XXI紙が取り上げているのですが、
記者は公式ルートからはサンドラのスケジュールについて
一切情報提供を受けられなかったにも係わらず
4日間密着してレポートをまとめています。


それによると7月6日から9日までのサンドラの動きはこんなだったとか。


7月6日 グアテマラ県チナウトラ市

会場のセッティングも完了、借り上げバスで動員された人たちも到着し、
警備の警官やらバンドまでが用意されていたにも係わらず、
最終的にサンドラは出席をキャンセル。
代わりに出席したのがFonapaz(和平基金)長官でありました。


何の集会だったのか今ひとつ良くわからないのですが
サンドラが強引に推し進めている社会福祉プログラムに関係するものの模様。
参加者はもれなく「連帯パック」(主食などを詰め合わせた袋)を貰って帰ったのであります。


集会をコーディネートしたチナウトラ市役所の職員は
「自分達は準備だけしてくれと言われた。お金のことについては知らない。
 話があるから来てくれ、と言われて来ただけの人たちもいる」とコメント。


7月7日 フティアパ県フティアパ市アグア・ブランカ村

現場は武官及び警官による警備体制が敷かれておりました。
無料バス約26台で住民らが動員されていますが、
この費用はフティアパ市が負担したとフティアパ市長。
ついでに市の職員たちが着用していたユニフォームも
政権党のイメージカラーである緑と白だったり。


ま、でもこれ、選挙運動じゃなくて
Mifapro(社会福祉プログラムの一つ、貧困世帯に現金を支給するもの)の
公式行事ですから。


「貧者の保護者」であるサンドラはヘリにて登場。
「大統領と私がこの村のことを心に留めていることは知っているでしょう。
 あなたたちをずっと支援し続けられるよう、祈ってください。
 可能であるならば、また戻ってきます」


祈ってくれ、というのは「私が大統領になれるように」って意味?
いやでもこれ選挙運動じゃありませんから。


7月8日、サカパ県グアラン市

ここでもオフィシャルカラーが登場。
しかしなんと、ひな壇が緑と白って・・・、何かヘン。


グアランではこの日Mifaproのプログラムが開始となり
3010世帯に現金が手渡しされたそうです。


公式行事ですから、サンドラは当然大統領専用ヘリで登場します。
大統領専用機?あれ、そ言えば大統領ってどうしたんだろ?


大統領、いろいろ多忙で、ドサ回りなんかしてられないんですよね。
そりゃ毎日バスが襲われたりなんだりしているグアテマラシティの住民としては
呑気に地方に行ったりしてたら怒ります。


いや、結構行ってるんですけどね、この方。
でもグアランには行く気にならなかったみたい。
で、そういう時のためにいるのが副大統領じゃ・・・
なんて突っ込んだりするのはきっと野暮なんでしょう。


副大統領は何をしているのかしらん・・・・・・。


7月9日 イサバル県プエルト・バリオス市

イサバル県というのはサンドラの出身地。お膝元訪問です。


で、はるばるやって来たのは車椅子を贈るためだったようです。
さすがは大統領夫人!たったそれだけのために
多額のお金と人員を使ってプエルト・バリオスを訪問されるなんて・・・・・・。


なんつっても「アタシはどこへ行く時にも手ぶらじゃいかないのよ」
と公言される方ですから。
気になるのはどこにいくら使われているのが全然不明瞭なことなんですけれど。


でもそんなことを言おうものなら
「大統領とアタクシが一生懸命貧者のために努力しているのに、
 より必要としている人のために何かしようとすればするほど攻撃されるのよっ!」
と感情論に訴えられてしまうのであります。
でもその裏にあるのは冷徹な勘定論の方なんですけどね・・・・・・。


この記事を書いたレポーター、3日目にサンドラに見つかって石になった・・・
りはしなかったのですが
「どうして私に嫌がらせするのよっ!人権保護機関に訴えてやるから」
「あなたが嫌がらせをするのは私が貧者のために仕事しているからでしょ、
 あなたが嫌がらせをしているってこと、はっきり世間にわかってもらえるように
 ちゃんと公式に発表するから」
と下意を賜ったのだそうでございます。


公式行事なら、普通はマスコミが取り上げてくれることを喜ぶはずでは?
それを嫌がらせと受け止めるということは
普通の取材活動を超えた何かがあったのかしらん・・・・・・?


とりあえず今のところ「人権侵害」の告発は行われてはいないそうで。
多分「貧者の保護者」であるサンドラが
自分の善行をわざわざ世間に知らしめる必要などないわ!
そうそう、右手のしたことを左手に教えちゃいかんのだよ、
とキリスト様も言っていらっしゃったものね(感涙)
と思っていたのに、
気の利かない新聞記者が顔を出して写真ばバシャバシャ撮るわ、
あちこちにインタビューしまくるわ、
ですっかり公になってしまったのが不本意だったのでありましょう。


まあそうは言っても公式行事ですから
大統領の名代(であるらしい)大統領夫人がご臨席されるというのに
記者が不在というのもまたおかしな話ではあります。



斯様にして既成事実はどんどん築き上げられて続けており、
そのやり口の上手さには舌を巻くばかり。


ただ見ているしかない私は、
誰か何とかしてよーーー、と願う以外にないのが切ないところではあります。



[ 2010/07/21 00:28 ] ニュース | TB(0) | CM(0)

ローセンベルグ事件 一審判決 

ロドリゴ・ローセンベルグ殺人事件の実行犯グループ9人に対する判決は
7月15日に下されています。


当日は被告人の最終弁論があり、
その後判事(3人による合議制)が8時間の話し合いを行った後
17:35に法廷が再開され、判決。


この裁判、2週間ほどで結審したわけですが
その間に証言台に立った証人は78人、
物的証拠として提出された電話記録(SMSも含む)は3345件とか。
事件現場付近の防犯カメラに映っていた映像も証拠として採用されています。


結果はCicigの主張が全面的に認められる形となっており、9人全員が有罪。
以下9人それぞれの名前と判決を記録しておきます。


ウィリアム・サントス(William Gilberto Santos Divas)

暗殺グループのリーダー。
本人は殺人については無罪を主張していた。

判決:懲役38年(殺人30年、各種違法行為8年)


ルカス・サンティアゴ(Lucas Josué Santiago López)

ローセンベルグに実際に発砲した人物と認定されたが本人は否定。
「自分がやらなかったことを償わされるハメになった。
 (司法取引したカルドナは)自分が助かりたいために
 自分に責任を押し付けている」と主張。

判決:懲役38年(殺人30年、各種違法行為8年)


ヘスス・カルドナ(Jesus Manuel Cardona Medina)

司法取引を行い、事件の真相を明らかにする鍵となった人物。
暗殺グループでは、バルデス・パイス兄弟との連絡係であり、
バルデス・パイス兄弟はローセンベルグの依頼により
ローセンベルグの代わりに暗殺グループとのコンタクトを取ったとされている。

「脅されたにも係わらず、真実を打ち明ける勇気を持っていたのは自分一人だった。
 バルデス・パイス兄弟は資産があり、影響力のある人物で
 自分には生命の危険があった」。

判決:懲役12年8月(殺人10年、各種違法行為2年8月)


サムエル・ヒロン(Samuel Girón Cobar)

事件当日、ローセンベルグの後をつけた車の所有者。
付近の防犯カメラに映っていた車を割り出したことが
事件解決に繋がった。

判決:懲役8年(各種違法行為)


ホセ・ルアノ(José Armando Ruano Gaitán)

判決:懲役48年(殺人30年、各種違法行為8年、軍用武器の不法所持)


エドウィン・ロペス(Edwin Idelmo López)

エスクイントラで犯罪グループを率いている人物でもある。

判決:懲役38年(殺人30年、各種違法行為8年)


ミゲル・オルドーニェス(Miguel de Jesus Oldóñez)

事件当時現職警官であったため、懲役が加算されている。

判決:懲役10年8月(各種違法行為)


バイロン・サントス(Byron Estuardo Santos Divas)

判決:懲役8年(各種違法行為)


バルモリス・グスマン(Balmoris Guzmán Orellana)

判決:懲役8年(各種違法行為)


この裁判は実行犯グループに対するものでしたが
「主犯格」とされるバルデス・パイス兄弟は先月自主しており
現在は拘留中。


ちょっと不思議なのが、バルデス・パイス兄弟が自主する確か前日、
国軍の施設を拘置所あるいは刑務所の代用として使用できるという決定がなされていたところ。


で、バルデス・パイス兄弟は当然のごとくその国軍基地の方へ収監されています。
他にこちらのお客となっているのは元大統領でアメリカから引渡し要請がある
アルフォンソ・ポルティーヨ。


この3人が1室を共同で使っているのだそうで、
決して快適な環境ではないようですが、
他の囚人に危害を加えられる恐れはなさそう。


もっとも、3人の食事やその他は更生施設局が面倒を見ているそうなので
食事に毒を盛るとかはあるかもしれないですけどね・・・・・・。


それにしても、こんなもの押し付けられる国軍も、ちょっとかわいそう・・・・・・。



[ 2010/07/19 23:59 ] ローセンベルグ事件 | TB(0) | CM(0)

ローセンベルグ事件 一審公判 

ロドリゴ・ローゼンベルグ殺人事件の実行犯9人に対する公判は
6月28日から始まっていましたが
7月14日で結審、
翌15日判決が下されました。


日本の裁判に慣れているとびっくりするのですが
ここでは事件に対する公判は月~金の連日行われ、
結審の翌日には判決、という
超即決の裁判制度となっています。
裁判に至るまでに行かない事件が多いのが欠点ですけれど、
一旦始まった裁判がぐずぐずぐずぐず引き伸ばされて、
いつまで経っても結審しない・・・・・・なんて話はありません。


鍵となる証言をしたのはローセンベルグの秘書と運転手の証言ですかね。
ローセンベルグの幼い頃からの友人だったという人物の証言は
ローセンベルグがマージョリー・ムサと恋愛関係にあったことを裏付けており、
ビデオを録画したマリオ・ダビッド・ガルシアは
ローセンベルグが録画を依頼してきた経緯を証言していますが、
一番印象に残ったのはローセンベルグの子息であるエドゥアルドの証言でした。


エドゥアルドは父親が死の一週間前から別れの儀式を始めていたこと、
「自分の人生を感謝している、
 自分の人生で受けたすべてのことに感謝している」と言っていたこと、
マージョリーの死に激しいショックを受けていたこと、
またムサ親子の殺人事件に関連して副大統領と面会していたこと、
などなどを証言してくれたのでした。


あのビデオが公開された当初は
「ローゼンベルグは殺される可能性があると覚悟していた」
と誰もが思ったわけでしたが
そうではなく、死を決意した人ことが伺われる証言ですよね。


マリオ・ダビッド・ガルシアは、録画した時のローセンベルグの様子について
「正気だった、(愛する人を失って)絶望している人には見えなかった」
と証言していますが、
これは「殺されるかも」と脅える人とも
また違っていたことを裏付ける証言ともなっています。


今日はちょっと短いですがこの辺で。
実は最近、ブログを書き出すと眠くなるという・・・。
何かの条件反射なんだろうか。
実行犯と見なされる被告9人への判決についてはまた別途。


[ 2010/07/16 23:29 ] ローセンベルグ事件 | TB(0) | CM(0)

数字で見るグアテマラ 

Banguat(バングアット-グアテマラ中央銀行)が
数字で見るグアテマラ(Guatemala en cifras)という統計をまとめたようです。
(リンク先はPDFファイル、ちと重たいです)


96ページからなるデータ、全部紹介することはできませんが、
グアテマラの最新基礎情報が出ていますので、少し紹介してみます。

人口
14,361,666人(2010年推定)
(この内、7,558,824人が20歳未満)

人口密度
132人/k㎡

面積
108,889k㎡

自治体数
22県333自治体

国内総生産(実質)
194,036.6百万ケツァル(2009年推定)

国内総生産(名目)
37,310.1百万米ドル(2009年推定)

IGSSに加入している労働者数(2009年、Igss)
    農林水産業
  • 2005年 141,860人
  • 2006年 140,554人
  • 2007年 151,200人
  • 2008年 143,740人
  • 2009年 152,415人

    鉱業
  • 2005年 3,129人
  • 2006年 3,192人
  • 2007年 3,442人
  • 2008年 3,791人
  • 2009年 3,321人

    工業
  • 2005年 192,111人
  • 2006年 176,736人
  • 2007年 172,567人
  • 2008年 160,101人
  • 2009年 150,387人

    土木建築
  • 2005年 25,840人
  • 2006年 31,291人
  • 2007年 29,970人
  • 2008年 24,456人
  • 2009年 20,174人

    光熱水道
  • 2005年 9,209人
  • 2006年 8,885人
  • 2007年 8,283人
  • 2008年 8,537人
  • 2009年 8,575人

    商業
  • 2005年 179,422人
  • 2006年 195,391人
  • 2007年 212,358人
  • 2008年 220,630人
  • 2009年 215,692人

    通信及び運輸
  • 2005年 30,567人
  • 2006年 33,386人
  • 2007年 35,013人
  • 2008年 34,267人
  • 2009年 35,277人

    サービス
  • 2005年 420,218人
  • 2006年 436,970人
  • 2007年 460,625人
  • 2008年 477,170人
  • 2009年 502,576人

    合計
  • 2005年 1,002,356人
  • 2006年 1,026,405人
  • 2007年 1,073,458人
  • 2008年 1,072,692人
  • 2009年 1,088,417人

*先程の人口統計によれば、20歳から64歳の人口は6,181,877人。
**Igssに加入しているということは、正規雇用者だと見なされる。自営は含まない。


とりあえずさっと拾えるのはこれくらいでしょうか・・・、
他にもおもしろそうな数字はあったのですが、
基本的に経済には疎い方なので、
少し読み込まないと何のことだかわからなそうです。


その上でまたおもしろそうなデータがあれば取り上げてみますが、
そこまでの根性はないかもなー。


あまり期待せずにお待ちくださいまし。



[ 2010/07/07 23:20 ] グアテマラ基礎知識編 | TB(0) | CM(0)

Rionaちゃん 

海外に長く暮らし、何とかなりとも自力で生活できるようになり、
おまけに子供もいて学校に通い始めて数年すると、
ああもう日本に帰って生活するのは無理・・・と思うようになります。


もちろん年齢的に日本で仕事を得るとか
自営したりして生活の糧を得るのが大変、ということもあるわけですが
何よりも子供が日本の学校に適応するのが難しそう・・・・・・
というのが最大の懸念。


勉強の進み具合や内容が全然違うこと、
日本語の問題(我が家のような日本語会話しない家庭は特に)、
学校環境や雰囲気の違い等、心配になることはそりゃ数限りなくあるわけです。


そういう心配は私のようなスペイン語圏の
決して教育レベルが高いとは言えない国に住んでいようと、
アメリカのように日本人も多くて、
日本語学校に通える環境にある人であろうと
程度の差こそはあれ、同じなのだろうと思います。


そんなわけで、今さら日本に帰ろうという勇気は
私にはとってもないんですよね。


しかし。


どんなに心配であっても、やらなきゃいけない時もあるわけで。


先日、友人一家が長く住んだLAから徳島に引っ越したという話を聞いて
私は腰が抜けるほどびっくりしました。
いろいろお世話になった方だったのですが、
ここ数年いつの間にか音信不通。
その方から「帰国して4年になるのよー」てなメールが届いたのが
1ヶ月前、そう、ちょうどIrtraに旅行に行っていた時のことでして、
私はホスタルのベッドの上でメールをチェックしながら
不覚にも「ぐぇええええ~!?」っと叫んでしまい、
小僧に「ケェ~~~!?」(スペイン語で「何?」の意)と返されてしまったのでありましたが。


ご夫婦には娘さんが1人いるのですがアメリカ生まれ。
ご両親は共に日本人で、日本語会話はちゃんとされていたわけですが
外国生まれの日本人にとって、日本語の読み書きは全くの鬼門。
それでも日本にいれば普通にやらざるを得ないわけで、
ふーふー言いながら勉強続けて今年は中学3年生。
受験があるから「日本語がぁ~」なんて泣き言言ってる暇ないのです。


加えて、小さい頃からフィギュアスケートをずっと続けていた彼女でしたが、
徳島にはスケート場がなくて断念。
勉強は大変な上に好きなこと、やりたいことを続けられないなんて
私だったら「ロサンゼルスに帰りたいよぅ~」と手足をバタバタして駄々こねそうです。



いつになく涙もちょちょぎれそうな悲しいストーリーになってしまいそうですが、
もちろんそんなわけはなくて(笑)。


スケートがダメなら歌とダンスがあるわ!という訳で、
気がついたら彼女、プロダクションにもスカウトされ、
イベントがあればお客さんの前で歌をご披露するまでに成長しています。


そのRionaちゃんの自称ファンクラブ会員として
今日はビデオをご紹介させて頂きます。
歌っているのは This is me、
人気者のジョナス・ブラザーズなどが出ていた映画Camp Rockで歌われていた歌ですね。




それにしても子供の成長は早い~。
数年前に会った時にはまだまだ小さかったのにな、Rionaちゃん。
こういうのを見ると年を感じて泣けてきちゃうよ、オバサンの方が。



[ 2010/07/05 23:24 ] monjablancaのお気に入り | TB(0) | CM(0)

Irtra旅行 その3 Irtra 

えー、また日があいてしまいましたが、
旅行話の続きをボチボチと。
ってもう1ヶ月も前の話になってしまうのですが。


Irtraが経営する遊園地は首都圏に3ヶ所あります。
遊園地の他、動物園があったりプールがあったり温泉があったり、
そんな感じの施設で週末は大賑わい。


唯一首都圏以外にあるのがこのレタルレウにあるIrtraで、
シェトルル、ショコミルの2つのテーマパークに加えて
ホスタルと呼ばれる宿泊施設で構成されているのは前述の通り。


今回はホスタルに2泊して
初日にショコミル、2日目にシェトルルで遊んできたのでありました。


熱帯暴風雨のアガサが通過した後、
グアテマラでは学校が1週間休校措置になっていたのですが、
ちょうどそういう時期だったこともあったのか、
ショコミルに行った時は、地元の学生らしいグループがいました。


そうは言ってもそこは大雨の後の平日なので、基本的にはがらがら。
ハイシーズンなら列ができるようなアトラクションも
この日は次から次へとやりたい放題。
ただ、中には利用できないものもあって、
空いているのも考え物かも・・・・・・と思ったわけでした。


翌日のシェトルルはもっとがらがら。
この2つのテーマパーク、多分ショコミルの方が人気あるかも。
両方を1日で回る人たちもいますが、
いつ行ってもショコミルの方が人が多いような気がするのは
ひょっとしたら、一度入場料を支払えば後はお金いらないからかも・・・、
シェトルルは入場料の他、アトラクションにもお金が必要。


これには2通りあって、パスポートという回数券(12回分)をQ50で買うか、
それとも1日何でも乗り放題のブレスレットをQ50で買うか。
パスポート、以前は無期限だったのですが
最近はその日限りしか使用できなくなってしまったようで、
1日いるのならブレスレットの方がお得かも。


で、乗り放題はいいのですが、とにかくガラガラすぎて
どのアトラクションも客待ちをしないといけない状況。
何でも、最低5人いればすぐ運行してくれるらしいのだけれど
なかなかそこに至らないものばかり。


それでも5分待って来なければ、3人くらいでも運転してくれましたけれどね・・・、
総勢2人の我が家の場合はなかなか大変です。
乗りたい物がある場合は、
他の人たちが到着するのを見計らって自分も参加する、とか。
それでもジェットコースターに何度も乗れた小僧は大喜びでありました。


シェトルル、遊具の他にも大道芸人なんかがいまして
シアターでも演技が見られるのですが、
公園内のあちこちでもお目にかかることができます。
その中の一人、えーーーっと名前を忘れてしまったのだけれど
多分中国風を装っていると思われるのでチニートと呼ぶことにして。
そのチニートってジャグラーなんですが、
ボールを投げ上げるジャグリングじゃなくて、
デビルスティックやディアボロを専門としているみたいでありました。


と言ってもあまり一般的ではないかも・・・なので
動画のリンクを貼っておきますと
デビルスティックはこちらとか、
ディアボロはこちらとか、
探すといろいろ動画があったりします。


で、チニート。
この人、どうやら日本人オタクだったようで、
私たちが近づくと喜んでいろいろと芸を見せてくれたり、
折り紙折ってくれたり、
小僧にディアボロを教えてくれたり。
投げ上げたりするのは難しいですが、
最初はまず紐の上をちゃんと走らせるところから始まるらしい。
ちょっと教えてもらっただけで、とりあえずはゴロゴロ転がすことはできるようになった小僧でした。


というわけで証拠画像。




ディアボロが少しできるという証拠だけではなく、
いかにガラガラ~だったかの証拠にもなってますね、この画像。


小僧もこの芸をきっちり覚えて上達すれば、
大好きなIrtraに毎日いられるかもよ!?


3日目はお昼頃まではホスタルに滞在。
ここはプールもあるし、スパやジムやその他の施設も揃っていて
休日をのんびりするためだけでも十分楽しめるようになっています。
4つあるレストラン、私たちが行った時は空いていたので
1つだけしか開いてませんでしたが、
そのレストランの中だけ見れば結構な賑わい。
あの人もこの人もシェトルルで見かけたな、って人たちばかりでしたけどね・・・・・・。


天気が安定してきていた帰路は往路ほどにはトラブルもなく無事帰宅。
グアテマラシティに入って、火山灰が積もっているのを見ると
何だか懐かしい気分になってみたり(笑)。


さて折角?なので、旅の間にブツブツTwitterしてた時のログを
追記のところに貼っておきます。
Flickrのと同じようで違う写真があったりするので
宜しかったら見てくださいね。





[ 2010/07/03 23:45 ] 旅行記 | TB(0) | CM(2)