サンティアギート火山とパカヤ火山 

ケツァルテナンゴにあるサンティアギート火山というのは
国内でもまた活動が活発な火山の一つで、
しょっちゅうモクモクと煙草をふかし・・・・・・たりするわけはなくて
煙を吐き出していることで有名です。


いや、実は「中にマッシモンが入っていてね、例の葉巻をぷかぷかやってるのよ」
なんて話も考えたのですが、マッシモンをこういうところに持ってきて
妙にたたられるのも嫌だしな。
というわけで、普通に煙草説から入ってみました。


そのサンティアギートが今日辺りド派手に火山灰まで撒き散らしたらしく
ケツァルテナンゴ地方では注意報(オレンジ警報)が出されています。
当局は火山灰が健康に被害を与える可能性があるとして、休校などの措置を勧めており
きっとこれ幸いにとシェラから遠い町でも休校になったりするんじゃないだろうか・・・と
相変わらず嫌味たらしく予想する私ですが。


そんなサンティアギートの様子はこんなビデオなんかで見られます。




これが平時。数時間おきにどっかーーーんといくのがサンティアギート。
その代わり、溶岩噴いたとかいう話はあまり聞かないような。


一方、溶岩と言えばこちら、パカヤ火山。
パカヤ登山ツアーという人気のコースもあるのですが、
このツアー、頂上付近で溶岩でマシュマロを焼くという名物付。
私もその内登ってみたいなーと思うのですが、ちと怖いような気も。




地肌が熱いので草木は一切ない禿山。
先日は落石事故でツアー客とガイドが亡くなるという事故があったばかりで
南側からの登山道が今は閉鎖されているとかいう話。


このパカヤ火山、グアテマラシティーの南、アウロラ空港の真南に位置しています。
飛行機が南から進入してくる時はこのパカヤ火山を右手に見てターンし、
着陸態勢に入るというのが一般的です。
なのでこの火山が火山灰を噴き出したりしたら、
グアテマラシティーの空の便は麻痺すること間違いなし。
いや麻痺するほど空の便あったけかね・・・という気もするけれど。


そう言えば98年に結構な火山灰を噴き出したことがありましたっけね、この火山。
市街地にも薄黒い火山灰が積もったの、覚えてます。
その後も時々赤い火を見せているのがこのパカヤ。
故に地熱発電所があるし、また建設計画があると聞きます。


でもいくらサンティアギートやパカヤが頑張っても
アイスランドのエイヤフィヤトラヨークトルの噴火には敵わないだろうな。
(どうでもいいけど、絶対に覚えられない気がするこの名前)
それでもアイスランドの方も噴火の前には地震が増えていたとか言うし
最近なぜかここも地震が多いし、ひょっとして・・・・・・。



[ 2010/04/26 23:00 ] グアテマラの住人たち | TB(0) | CM(2)

勝利作戦 

久しぶりに胸くその悪くなる文章を読んだので今日は機嫌が悪いです。
その文章というのは 「Plan Victoria 2012(2012年勝利作戦)」と題されたもの。


この文書の1枚目には大統領府戦略情報局(Secretaría de Inteligencia Estratégica)の名があり
防諜レポートと題されています。
ってことは、国家レベルの安全に関わるレポートか!?と思うでしょ?


ところが・・・・・・。


単なる「2012年大統領選挙に勝利するための作戦」だったのであります。


しかもその内容、実際に作成したのは与党の人だと思われるわけですが
ライバルを如何に貶めるか、評判を下げるか、という内容があったりして
読んでいてホントげっそり。


与党UNEが次期大統領にと計画しているのは文中PDと綴られていたりする
現大統領夫人(PDはPrimera Dama―ファーストレディーの略)。
元々現在のアルバロ・コロンが大統領になったのも
PDことサンドラ・トーレス・デ・コロンを大統領にするための布石だったわけで
まあそれはいいんですけれどもね。
こんな手段を選ばないやり方はどうかと・・・・・・。


大体、この作戦の名前がものすご~く気になります。
というのは内戦が一番激しかった時代、軍がゲリラ掃討のために立てた作戦が
Plan Victoria 82。はっきり言ってそのパクリです。


PDは元ゲリラだったという話もありますし(私自身は確証を得ていませんが
心証レベルではさもありなんという感じ)、
UNEの関係者には元ゲリラが多いのも事実。
それをいけないとか、だからダメだとかそういうことを言うつもりはありませんが
その元ゲリラが軍の作戦をぱくって、
元軍人(ここでは最大野党のオットー・ペレス・モリーナ)や
既成オリガルキーを掃討しようとする、
そのやり方にはぞぞぞっとするものがあります。


あんまり気分が悪くなる文章なので和訳はしませんが
原文はこことかで見ることが可能です。


訳はしませんが、文中、現政権が推し進めているバラマキ作戦は
票獲得のためのものであること、
票獲得のために更なるバラマキ(高校生への奨学金、高校生は2年後には投票権があることを見越している)を準備していること、
などもちゃんと書かれていたりして、
いやまあそれはいいけど、その金はどこから出すのよ?
とタメイキしか出てこないことしきり。


つくづくと思ったのは、この国はまだ内戦が終わってないのだな、ってこと。
グアテマラの内戦では左翼ゲリラはジリ貧になっていったわけですが
その後地下に潜伏して時が来るのを待っていたという次第。
当時のゲリラの司令官たちは、内戦後に政治家に転身したものの
選挙でも票を得ることができず、現在では細々と政党活動をしている程度。


しかしこのPDはそれを見越してコロンの首根っこを引っつかみ
自分の目的のために着々と歩を進めて行っていたわけです。
そして絶好のチャンス。
一度は挫折した社会主義革命をやって、
既成オリガルキーを追っ払い「平等な」社会を築くつもりなんでしょう。


しかし何よりも問題なのは、PDが一体この国をどういう国にするつもりなのか
その姿が見えてこないこと。
選挙まであと2年、PDもまだ「立候補する」とは意志表明してない現状では
それもできないのかもしれないけれど。


何にしろ、PDにだけは次期大統領になって頂きたくないと願っている私としては
事の成り行きを息をつめて見守るしかないわけですが。



[ 2010/04/20 00:02 ] ニュース | TB(0) | CM(0)

資源と開発 

以前から興味はあったのですが、
余りにいろいろと複雑な事情が絡んでいて
どうやら私の手には負えそうにないなぁ~と思っていたのが
グアテマラの資源開発、特に石油、鉱物の開発問題のこと。


特に最近大きな問題になっているのがサン・マルコス県にある
マルリン鉱山で、この鉱山、金やら銀やらが採れるらしいのですが、
鉱山から流される排水がどうも有害物を含んでいて、
地元住民からは皮膚の異常などの健康被害の苦情があります。
(現在のところ、因果関係が認められたという話は聞きませんが)


また、採掘を行っているのがグアテマラ政府からライセンスをもらった
外国企業だということもトラブルの一因。
地元の人たちにとっては、「先祖の土地」であり「自分達の土地」。
そこへ外国から技師がやってきて、山を崩し、金やら銀やらを取っていくとなったら・・・、
そりゃ、心安らかには入られないのはアタリマエ。


まあそういうデメリットだけではないわけで、
政府としてはライセンス料が入るし(かなり安いという話だけれど)
地元の人にとっては仕事ができる。


映画「アバター」のように、どちらか一方が善でもう一方が悪だったらわかりやすいのだけれど
現実の世界というのはなかなかそういう風にはいかないですし
どっちが正しい、どっちが間違っているとも決め付けられるわけでもないし。
ただ、アバターを見てこの鉱山問題を連想した人は多かったらしく(私もその一人でしたが)
映画が公開されて以降、国内の問題意識も少し変ってきているかもしれません。


そんな問題をカナダのCTVというテレビ局が取り上げているというのを
ついったーで見かけたので、見てみました。
結構力の入ったプログラムで、なかなか興味深くはあったです。
英語なので私の英語力ではちと理解力にかける部分がある上、
最初から結論ありきなのがいささか気になるのですが
丁寧に作られた番組だと思います。


リンク先には本文記事とビデオがありまして、ビデオは1から4まであります。
1本が10分くらいですから、全部見ると結構な量になりますけれど、
時間に余裕のある時にでも是非ご覧下さいね。
W5: Searching for gold at the end of the Guatemalan Rainbow



[ 2010/04/18 23:58 ] ニュース | TB(0) | CM(0)

守衛所にいる人物 

ちょっとおもしろい新聞記事があったのでご紹介します。
4月17日付エル・ペリオディコ紙の「守衛所にいる人物(El hombre que está en la garita)」という記事。


グアテマラを訪れたことがある方ならきっと目にしているはずなのが
銃を構えた警備員。
首都圏ではそれこそ至るところに存在していますが
地方でも銀行を中心にショットガンを構えた人たちが立っています。
このグアテマラの成長産業兼警察だけではどうにもならない市民の安全を支えている人たちについて
内容をつまみながら、書きすすめます。


3月に内務省が「警官の10人に7人は貧困層、その内3人が極貧層」という発表をしておりまして
まあ、それはそんなもんかもな、という気がするのですが
その警官の月収はQ3,200。
現在のレートだと$400強くらいの収入になりまして
決して少ないとは思いませんが、ではこれで豊かな生活ができるか、と言われれば
さすがにちと厳しいかな、というレベル。
持ち家で夫婦2人ならともかく、子供がいればちときついだろう。
だから小遣い稼ぎに麻薬のネコババしたり恐喝まがいをしてみたり
更には人殺しにまで手を染める警官がいるんだよな、
て話は今回の主題じゃないので置いておいて。


貧困にあえぐらしい警官よりもさらに劣悪な待遇なのが民間の警備員。
彼らの月収は約Q2000。
貧しいと言う警官よりも更に低賃金なのがこの人たち。


この民間企業の警備員には2種類の人たちがいるそうです。
96年の和平合意に伴い、国軍兵士の削減が行われた際(66%が除隊)、
軍をクビになったもののその後手に職を得ることができず、
警備員となった人たち。


そしてもう一つは農村出身の人たち。
この中には農閑期だけ警備員として仕事をする
出稼ぎ警備員なんて人たちが多いんだそうです。
え、てことは雨季になるこの時期って、ひょっとして警備員不足なのか・・・。


元兵士だったペドロは7人の子を持つお父さん。
給料は月額Q1900(Q950ずつ月2回サラリーを受け取る)。
彼の妻は食べ物を売ってる(多分路上で簡単な食事類を売っていると思われる)共稼ぎ夫婦。
ペドロは小学校3年までしか修了しておらず、
軍隊で身につけたことと言えば銃を使うことくらい。
彼の夢は警備員じゃなくてボディーガードになり、
会社に雇われるのではなく、直接雇用主と契約すること。
そのためには自前のピストルが必要だけれど、とてもそんなお金が貯まらない・・・
という状況。


一応、法律では警備員になれるのは小学校卒、となっているけれど
守られていないのが現状。
需要がどんどん増加するのに供給が追いついていかないのです。


現在警備員の内35%が25歳未満。
グアテマラは銃の所持を認めている国ですが携帯できるのは25歳以上。
だけど警備会社の警備員については、ユニ着用時に限っては携帯可なんだとか。
この法律、現在警備員についても25歳未満は銃の携帯を不可にするべき、
という改正案検討されていまして、ひょっとしたら変わるかもしれない。
そうすれば学生のアルバイト(というか本業警備員で大学生がアルバイトなのかも)は減るかも?


また、仕事の環境もなかなかハード。
勤務先によってはずーーーっと外で立ちっぱなしのこともあるし、
24時間交代という勤務体制の場合もあったり。


もっとも、この24時間交代というのは本人が希望するケースも多々。
多分、倉庫なんかの見張りをする人たちがこういう勤務体制なのだと思うけれど
毎日自宅から通勤していては、バス代が余計にかかる。
24時間だったら寝る場所もあるし(仮眠所みたいな奴)、
今日来て明日帰ればいいんだからバス代も半額。
いくらグアテマラのバス代が安いとは言っても、
市内ならともかく、隣町からとか来てると1日Q5はかかるとしましょう。
すると週5日の勤務だとしてもQ100はかかるという計算で、
薄給の彼らにとってはかなり痛いというのは事実。
あ、交通費の支弁なんて、この国ではありませんから。


一般の警備員は会社まで通勤し、そこから会社の車で勤務先まで運ばれるというのが多い。
私も朝、警備員がはみ出したミニバスが通るのを時々見かけます。
なので勤務時間のかなり前に会社に行き、勤務時間を終えても車が来るまで帰れない。
そんなわけで、エルビスのように
「会社が交代の人を連れてきてくれなかったから2日半仕事しなくちゃならなかった」
なんてケースも出てきたりするのです。
日本だったら労基法違反でしょうが、ここでは勤務時間については制限なし。
それでも60時間寝る間もなし、って、そんな仕事してたら病気になる・・・。


原則持ち場を離れられない仕事なので、相方がいればよいけれど
単独の場合は食事を買いにも行けないし、
行けたとしても安月給では買いに行くお金もなかったり。
そんなわけで「芝生のスープ」なんて切ない昼食が登場することもあるのです。

そんなハードな警備員なのだけれど、じゃあ養成訓練はどうなっとるんだ!?
15日で一通りの訓練を終えるのが急行コース。
法律、人間関係、救急救命法、武器の取り扱い等といったことを学ぶらしい。


しかし、マルティンの場合は8日の特急コース。
「なんかね、場合によっては3日だけの超特急コースなんてのもあるらしいよ」
と話す彼、勤続3年で月給はQ930とか。
うーーーん、これ、法定の最低賃金よりも低いよな・・・・・・。


そういう様々な悪条件を耐え忍びながら勤務する人たちの正確な数は不明ながら
最低でも6万人いると言われています。
警察官の数は現在22,308人だけれど、774人が休職中、3,407人が事務職で
外に出て勤務する警察官は18,127人。3交代勤務です。
グアテマラ人717人につき警察官1人という計算になるんだそうで
その割には首都ではまとめてたくさん見かけるよな、という気はするのだけれど
それでも圧倒的に数が足りていないのか能力が足りていないのか、
そういう次第だからグアテマラ=危険!という現状になっているのでありまして
その警察官と犯罪者の間で身をボロボロにしながら働いてくれているのが
こういう警備員、ということなのでしょう。


UNDPの統計によりますと、2006年の警察予算というのは2.5億、
一方、民間の警備会社の売上総額というのは$5.7億だったそうです。
現在は多分どちらももっと金額大きくなってると思いますが
こんなものでも成長産業がある方が、経済的には良いのかしらん・・・・・・、
それとも国内の治安が良くなって、警備産業が廃れるほうが
国民にとってはいいのかしらん・・・、となかなか悩ましいところなのであります。


[ 2010/04/17 23:59 ] ニュース | TB(0) | CM(0)

ベラーダ 

今日は遊んでいたら時間がなくなってしまったのでこんなビデオで失礼。


3月に小僧の学校で行われたベラーダ(Velada)の小僧達の出演シーン。
ベラーダって、学芸会みたいなものだと思ってください。
ベラーダのベラってロウソクって意味なんですが
そういうわけでロウソクの灯りでやるのが正式です。


・・・・・・いや、うそです。


まあともかく、暗くなってからやるのがベラーダ。


相変わらず前置きばかりがどんどん長くなっていますが、
今年のテーマは「オスカー発表!」。
しばらく前にあったアカデミー賞のぱくりです。


今年はちょうど創立30周年に当たるのですが
普段からいろいろと子供達がお世話になっている人たちに
「金の元気賞」の授与式なんてのもありました。
ちなみにこの学校、なぜかマスコットがいまして、
そのマスコットの名前がアニモ(元気)君。


出し物は各クラス毎に行います。
人数が多いクラスは2グループに分けて。
学芸会とは言っても、日本でよくやるような劇ではなく
も少し全員が参加できる、踊りがメイン。
で、小僧たちがやったのはサタデー・ナイト・フィーバー。


私くらいの年代の人には懐かしい映画ですが
小僧たちにはむしろ新鮮だった模様。
振りをつけるのは先生ですが、子供達もいろいろ工夫したそうです。


ビデオカメラじゃなくてカメラのビデオ機能を使っていますので
画面が小さいのはご容赦。
左側から出てくる白服が小僧です。






[ 2010/04/13 23:32 ] 小学校 | TB(0) | CM(2)

映画「ヘラルディ」 

今日、小僧と一緒に「ヘラルディ(Gerardi)」という映画を見てきました。
1998年4月26日に殺害されたフアン・ホセ・ヘラルディ司教を取り上げた映画です。
制作は大司教立人権事務所。
ヘラルディ司教自身が関わったことのある事務所です。


故に、映画もカトリック教会から見たヘラルディ司教になっていまして
いろいろともう少し突っ込んで欲しい部分、物足りない部分もあるのですが
他方、ヘラルディ司教という人物、
苦しい時代のカトリック教会の苦悩については
うまく描かれていたと思います。


「貧しい人に仕え、神の言葉を説くために」司祭となり、
やがて司教に任命されたフアニート、
司教としての最初の任地はベラパスでした。1967年のことです。
先住民の言葉を覚え、先住民のコミュニティーが豊かになるよう尽力を注ぎ、
74年にはキチェー司教区の司教に任命されます。


時代は内戦が静かに進んでいた時代で、
軍の監視は段々厳しくなって行きます。
80年以降、キチェーは軍とゲリラの間で困難の時を迎えます。
神父やカテキスタ(宗教教育を担当する人)が次々と行方不明になったり
殺されたり・・・・・・。


80年1月に起こったスペイン大使館焼き討ち事件
(農民が大使館に立てこもり、当局がスペイン人外交官と農民らに対し
火をつけ、39人が亡くなった事件)で
政府・国軍を批判した司教は軍からは要注意人物と見なされます。
軍の抑圧に抗議して武器を取った人たちの中には
司教が親しくしていた人もまた多々・・・。
彼らからは是非武装闘争に参加してほしい、と懇願されますが
司教は「武器に武器で対抗してはならない」とそれを拒絶。
(この辺りの司教の苦悩がこの映画の最大の見せ場ではなかったかしらん)


軍の教会に対する迫害は激しさを増す一方となり、
「これ以上の犠牲者を出さないために」司教は教区を後にします。


同じ年、会議のためにローマに行った司教が
グアテマラの入国管理局で入国を拒否され、
やむなくコスタリカで亡命生活を送ることとなります。


クーデターにより政権が変った1982年、司教は帰国を認められ
84年にはグアテマラ大司教区の補佐司教に任命されます。


内戦が終結の兆しを見せてきた88年、
大司教立人権擁護事務所の設立準備が始まり、
96年に内戦が終結した後はこの事務所が中心となって
内戦時の記録を採取する活動が行われます。
98年4月24日、「グアテマラ:二度と再び」と題されたその報告書が発表されますが
その報告書では内戦時の人権侵害や虐殺の大部分は
国軍に責任があると指摘したものとなっていました。


映画は司教がこの報告書を発表するところまでとなっており、
その2日後に殺害されたことについては触れられていません。
もちろんそれを前提とした映画だから、ってことなんでしょうが
司教について知識のない人にとっては、なんてことのない映画でしょう。


それでも、自分が親しくしていたカテキスタがゲリラとなり
一緒に戦って欲しい、と言われて断ったら
「司教は自分達のために何もしてくれない」となじられたりして
苦悩するシーンは胸が熱くなったりしたのでありました。


この映画、多分グアテマラ以外では上映されないのではないかな?
国内でも数館のみで上映中。


ヘラルディ司教の命日がもうすぐやってきますが、
あれからもう12年も経ったのだな・・・、と時の流れの速さを感じます。


ヘラルディ司教の殺人事件の真相は未だ闇の中ですが
実行犯である軍人2人は懲役30年の刑に服役中。
この事件の真相が解明されない限り、
内戦時代の人権侵害に関する和解なんてのも所詮机上の論理、
って気がするのは私だけなのでしょうか。






[ 2010/04/11 23:35 ] 内戦 | TB(0) | CM(2)

フェリペ・バレンスエラ襲撃事件 

ラジオのコメンタリストやディレクターとして活躍している
ルイス・フェリペ・バレンスエラが撃たれたという話を知ったのは昨夜のことでした。
ラジオ局と言えば音楽を流しているところが多いですがここはニュース&スポーツ局。
私が一番良く聞くラジオ局でもありまして
バレンスエラが出るア・プリメーラ・オーラ(A Primera Hora)という番組は
朝の忙しい時間ながらも時々聞いていました。


それだけに、撃たれたというニュースにはびっくりしたのですが
やぱり背後関係をつい疑ってしまう・・・のは決して私だけではなかった模様。


大体、状況がまず臭い。
バレンスエラは18時頃、教会のミサに行くために路上に駐車したところ、
数人組に車の鍵を渡すよう言われ、その通りにしたのに背後から撃たれた。
犯人らは3発発砲、そのうち1発が耳の後ろ側から頬に抜けたそうで、
バレンスエラは近くにある病院へ自力で向い、助けを求めています。
一方、車が欲しかったはずの犯人らは車はそのままに逃走。


バレンスエラは手術を受けて、現在は集中治療室。
容態は安定しているということですが、
弾丸が数ミリずれていたら死んでいたかも・・・という話。
早く回復し、番組に復帰してくれることを祈ります。


今朝、ラジオをつけたら、パートナーのベアトリスと
バレンスエラの代わりのマコ(だと思ったけれど、違うかも)が
番組を進めていました。
普段冷静で声の明るいベアトリスですが
さすがに今日は動揺しているような雰囲気が。
普段は政治の話が多いこの番組も
今日はバレンスエラのことに終始していました。


車両強盗ではなく、バレンスエラ自身を狙ったのではないかと思うのは
彼が番組の中で現在の政権に対する批判を繰り返していたからです。
私はバレンスエラやベアトリスの意見に共感する部分が多く
だから良く聞いていたわけなのですが
もちろんそれを良く思わない人もいるでしょうからね・・・・・・。


そんな疑問がどうしても付きまとう事件なため、
事件の捜査はCicigがやることになったんだそうです。なんとまあ。
毎日十数人が殺されているこの国で、これは結構な特別待遇かも。


もちろんバレンスエラの、オピニオンリーダーとしての存在価値もわかるわけですが
セマナ・サンタが終わった途端、またしても毎日のようにバスの運転手さんが狙われており
こちらの方は一行に改善される気配がありません。


そういう状況があるのに、何とかしてくれ!と声を上げれば
「金がない」とか
「数十年にわたる政権の怠慢のせいだ」とか言って
何もしないのが今のグアテマラ政府。
「犯罪にはインテリジェンスで」という選挙公約は
今となっては白々しいジョークにしか過ぎません。


真実の解明と暴力犯罪の撲滅。
いつの日か殺人による死者が0、という日がくることがあるんだろうか。
子供達のためにも、何とかしないといけないのですけれど。


[ 2010/04/09 22:44 ] ニュース | TB(0) | CM(0)

ハラパ旅行 その4 ピノ・ドゥルセ 

さて旅行ももう最終日。
この日は前日行けなかったエコパークへ行って来ました。


ハラパ市から西、マタケスクイントラという町に向かうと
2つばかりエコパークってのがあるのですが、
今回行ったのはピノ・ドゥルセ(Pino Dulce)というエコパーク。


ハラパ市から30km、って言うと近い!と思うでしょ。
ところがこれがものすごい山道。
道路は実に立派な舗装道路が建設されていて(数年前に完成したらしい)
非力な我が家のウサギノミミ号でもあまり問題なく行けたのではありますが、
1時間近くかかりました・・・。


通る車の数よりも歩いている人の方が多い道路だったのですが
山また山の風景とか家並みとか、私にとっては珍しいものばかりで
急カーブとかジェットコースター並みの上り下りとか
突然センターラインを飛び越えてやってくる対向車とか
肝を冷やすことは多々あったのですが、それでも無事現地着。


入場料は10歳以上一人Q30。
入り口で「その子、いくつ?」と聞かれて
「5歳!」と答えたんだけれど通用しませんでした(笑)。


でもそこで聞いた話によると、CNN en Español(スペイン語CNN)の取材チームが来ていて
しばらく前に遊歩道の方へ行ったところだとか。
「じゃ、テレビに出演しに行こう!!」
と出たがりの小僧を促して?まずは遊歩道へ。


いやそれにしてもこの遊歩道、なして下りから始まるのだーーー。
実は入り口の付近がこの公園で一番標高の高い地点、
遊歩道はそこからずーーーっと下に向かって続きます。
それってつまり、後半に上りがくるってこと?
正しく、行きはよいよい、帰りはこわい♪だな、とか思いながら山道をてくてく。


DSCN2794.jpg

足元の土がふかふかと軟らかく、気持ちの良い道でした。
いろんな種類の木のある森で、緑が濃い。
言い換えれば、単なる山・・・ってことか。


いやでも、グアテマラって、あちらもこちらも山の天辺まで開墾されていて
こういう森が残っているところって、本当に少ないです。
それも部外者が気軽に入っていけるような森となると、ほとんどないだろうし。


一番下は小さな川が流れていまして、水の清らかさが心地よい。
少し休憩して、さ、これから上りかな・・・と思ってしばらく行ったら、いました。
CNNの取材チームが!!


そこは崖下りができるようになっているところで
ちょうどそれにトライしているところ。
しばらく下から眺めて、今度は上から眺めてみることにしたのですが、
その上にいたのがこの公園のオーナー。名前忘れた。


クルーが下で何やらしているらしい間、少し話をする機会がありました。
この公園のある山、25年間くらい全く放置されていたんだそうですが
10年ほど前に整備し始め、現在のような形にしたんだとか。


公園の名前であるピノ・ドゥルセって甘い松、という意味なんですが
実際そういう名前の木があるんだそうです。


DSCN2801.jpg

これがその甘松。
「どうして甘松なの?」
「そりゃ、実が甘いからに決まってる」
「え、本当!?」
「ははは、ひっかかった~」
と大笑いされた私でしたが、甘松の名の由来は解明できず。
甘松の木はそれほど多くないのですが、白松の木は結構多かったです。


DSCN2802.jpg

「こんな山、木を全部切って売った方が金になるんだけれどな」
というオーナーによれば、
この木、20m以上はある木でしたが、売ればQ1000にはなるんだそうです。
ドルにすれば$125くらい。
案外安いかも、と思ったりもしたのですが
そこら辺の木を数本切れば、生活できるだけの収入があるのもまた事実。


それでも木を切らずに、エコパークにしてくれて良かったなーーー。
私も山欲しいかも。と、ちと思ってみたりも。


DSCN2803.jpg

この辺り、冷涼なので松の木も多いです。
でも松林ではなくて雑木林。広葉樹の種類も多かったですねぇ、
マッチの木とかもあったり。


DSCN2816.jpg

木には蘭がくっついていることも多くって
「これ、シティーに持ってって売ればQ75($10弱)」なんだそうです。
えーーー、ますます山が欲しくなるんですけれど。


いつまでたってもCNNの人たちがやって来ないので
しびれを切らした小僧がぶーすか言うので、
山道を登って行くことにしました。


しかし。
うわーーーー、上りきつっ!
しかも何故か途中から馬糞が大量にあったり。
息も絶え絶えな私を横目に、小僧がすいすい登って行くのも気に入らないっ!!!
それでも何とか登り切って、ほっと一息。


次は小僧お待ちかねのカノピーの番。
カノピーって、日本だとジップラインとか呼ばれるらしい。
木の間なんかにワイヤーを張って、滑車に支えられて滑空する乗り物です。


小僧はこれが楽しみで来ていたので、Q100のコースを。
高いっ!とつい思ってしまった私は小僧の分だけ支払って見学することに決定。
そうしてカノピーコースに行くと、そこにいたのが例のCNNご一行。
今からカノピーの撮影をするところで、
そこに飛び込んだ小僧まで撮影してもらうことになったのでありました。
他には同じように申し込んで待っていたらカメラがやってきたという人たちが3人。
そんなわけで、小僧、緊張しながらカノピーです。


DSCN2808.jpg

左側がオーナー氏、後ろにいるのがカメラマン。
チビなので、支えてもらわないと滑車をかけられない小僧でしたが、いざ出発!


DSCN2809.jpg

オーナー氏によると「もう少し体を寝かせるのが正しい」んだそうな。
足もできれば上げた方がスピードも出て楽しいらしい。
こういうカノピーのコースが全部で9本くらいあったかしらん。


DSCN2815.jpg

カノピーの他にこういう吊橋が3本だったか。
手すりがなくて、金具を上のワイヤーに引っ掛けて通ります。
しかしこのワイヤーがかなり高い位置にあって、
チビ小僧は大苦戦。
足場がゆらゆら揺れるので、大変な上に怖かったらしい。
まあでも金具がついてるから、多少足滑らせても安全ではあるけれど。


実はこの時、クルーはオーナー氏にインタビューをしておりまして、
その背景に一行が歩いていたわけなのですが、
インタビューの間、3往復くらいさせられてましたかねー。
皆さん、お疲れ様。


参加者へのインタビューってのももちろんありまして
小僧もテレビカメラの前で緊張しながら
インタビュアーのアレクシアと会話。
こうして小僧のテレビデビューが実現したのでありました。
ちなみにアレクシア、ペルー人なのですがお母さんが日本人だとか。
ちょびっと不思議な縁です。


CNNには週末を中心にDestinos(行き先)という番組があるのですが
その番組用の取材だったのだとか。
オンエアされるのは6~8月くらい、ということで、
その頃は小まめにテレビのチェックをしないといけないかも・・・。


やっとすべてから解放された小僧と一緒にホットドッグで昼食。
私たちが到着したのは9時前で駐車場もまだスペースがあったのですが
この頃には駐車場の隣にある遊具のある広場も人で一杯、
駐車場には車が入りきらず、道路にも車が並んでいる状態。
近くの人たちもグループでやってきて昼食を食べたりしているようで、
(多分地元の人割引とかあるんだろうな)
あちらでもこちらでも焼肉をしている人たちが。


そんな人たちを横目に、私たちは早々に帰路についたのであります。


思いがけないテレビ取材もあって、小僧はかなり興奮気味だったのですが
それを割り引いても、ゆったりと楽しめる、いい場所でした。
首都から遠くはないのですが、帰りもまた山道になるので
2時間半くらいかかるという距離がちょっとネック。
いや、普通のグアテマラ人なら2時間かからずに到着するかもだけれど。


もっともこの公園、テントで寝泊りすることもできるし、
コテージも備えていて、予約すれば宿泊可。だけど寒そうー。


そんなピノ・ドゥルセのインフォメーションはこちら


小僧はカノピーが気に入って、もう一度行きたいと言ってるけれど、
さて、いつ行けるかな。


[ 2010/04/08 23:59 ] 旅行記 | TB(0) | CM(0)

ハラパ旅行 その3 聖金曜日 

私達が旅行したのはイースターの聖木曜日、聖金曜日、聖土曜日にあたります。
地方都市ではアンティグアやグアテマラシティーのような
大掛かりなプロセッション(御輿行列)はあまりやらないのですが、
聖金曜日だけは別。


この日はグアテマラのありとあらゆる市(えーと確か331だっけか)で
プロセッションが行われます。
ハラパ市もまた例外ではありません。
ありませんどころか、ここ、司教様のいる司教座聖堂(カテドラル)があるのです。
やらないでどうする、ハラパ人。


ここでまた横道にそれるのですが、私が常々不思議だと思っていること。
(ひょっとしたら以前も書いたことあるかも、
 そんな気がする人は飛ばしてください)
ハラパ人のこと、スペイン語でハラパネコ、って言うんですよね。
どうして-ネコになるんだろう?


ハラペーニョって名前の有名な青唐辛子がありますけど、
なぜハラペーニョじゃないの?(さすがにイヤかも)
あるいはハラペンセとか??
こういうのの方がよっぽどスペイン語らしいのに・・・。


とずーーーっと以前から思っているわけなのですが
未だにこの謎が解明できません。
ご存知の方はmonjablancaまでご一報を。


まあともかくそういうわけ(どういうわけ?)でハラパ人はハラパネコ、
ハラパのネコはハラパネコネコ。


で、そのカテドラル、写真撮り損ねました。
1日目には前を通ったのですが、なぜか2日目と3日目は辿り着かず。
市の真ん中よりは東寄りに位置していたはずなのですが
どうも行き損ねてしまい、ちょっと残念です。
ちらりと見た感じでは、カテドラルというには小ぶりで地味な感じでしたが。


DSCN2693.jpg

その聖金曜日は朝からあちらでもこちらでもアルフォンブラ造り。
お陰であちらもこちらも車が通れず行きたいところに行けなかった(泣)
なんて裏事情もあるのですが
でも皆さん、楽しそうに嬉しそうに一生懸命やってるんですよねぇ。


写真のは着色したおがくずを使ったもの。
最初に土台のおがくずを敷き詰め、その上に色のおがくずで
模様を描いていきます。なので、結構な手間。
柄を入れるために、ちゃんとベニヤ板なんかで型を用意してあります。
型を置いて、おがくずを詰めて、はい、できあがり。
いやでもそれ、3つや4つくらいならいいですけど・・・。


DSCN2718.jpg

そんな事情で、予定変更してプロセッション見物。
ものすごく暑い日で、しばらく外にいるだけでくらくらするような日でしたが、
御輿を担ぐ人は暑さなんかもなんのその。


アンティグアやグアテマラシティーの、やたらと豪華な御輿よりも
こういう素朴なものの方が、宗教儀式らしくはあります。
元々このプロセッション、住民への布教や贖罪のためであるはずですが
今ではすっかり宗教儀式というよりは伝統行事になりつつあり。
伝統行事になりつつあるけれど、プロセッションをやるのはカトリックなので
やっぱり宗教行事ではあるのです。


御輿の上は、十字架の道を行くキリストの像。
30人弱で担ぐ御輿のようでした。
市内を何時間も練り歩くので、いくつものグループが交代で担ぐようになっています。


DSCN2722.jpg

その後を行くのは使徒ヨハネとマグダラのマリア。
この行列、聖書に書かれていることをなぞりますので、
キリストの御輿とその他の御輿は別々に出発し、
途中でばったり会うようになっています。
というわけで、これはばったり会った後のシーン。


DSCN2724.jpg

そして悲しみの聖母。
聖母像というのは女性が担ぐことになっています。
しかしこのひらひらふりふりのレースの衣装、ちょっとすごい・・・。


DSCN2725.jpg

こちらは御輿は担がないけれど、行列に参加して一緒に歩く人たち。
写真にはありませんが、これ以外にもブラスバンドがありますし、
神父様ももれなくついてきます。
神父様はただ歩くわけではなくて、場面に合わせての祈りを唱えたりするのが仕事。


暑い日でしたので、傘をさしている人が多くてちと写真の邪魔。
日傘じゃなくて、雨傘を使うのがグアテマラ風。


DSCN2727.jpg

行列が通り過ぎた後は台風一過みたいなもの。
折角の見事なアルフォンブラも踏み荒らされてしまっているし
皆ゴミを撒き散らすし。


というわけで、さっさとお掃除。


いや、実は聖金曜日って、この朝から昼にかけてのプロセッションに加えて
午後(場所によっては夜間)もプロセッションが行われます。
なので、さっさと掃除をして、また新しいのを造らなきゃ・・・という訳。
本当にご苦労様です、皆さん。
こうしてグアテマラの伝統行事は受け継がれてゆくのだな・・・。


DSCN2729.jpg

しばらく外に出ていただけで、あまりの暑さにくらくら。
聖金曜日はほとんどどこも閉まっているのでホテルで昼食。
この日は聖金曜日用のメニューでした。


すなわち、禁肉食。


鶏だって肉じゃん、て言われそうですが、
カトリックの伝統では四つ足の生き物はダメだけれど
二つ足の生き物はいいんだそうです。
てことは人間を食べてもいいんでしょうか・・・


ピンク色というか紫色というか、そんな色をしているのは
ビートで色をつけたゆで野菜の酢づけ。
これもこの時期には良く付け合せにでるような気がします。


DSCN2730.jpg

で、初めて見たのがこれ。
この地方で食べられるタマリートらしいです。
渦巻きしてるのはフリホーレス。


普通のタマリートってトウモロコシの粉を練ったもの、なんですが
この渦巻きフリホーレス入りタマリート、すごくおいしいっ!!
ちょっと重たいのであまり食べられないのが残念ですが、
個人的には鶏とかいらないから、このタマリートだけ食べていたかった・・・。


DSCN2764.jpg

行列が切れて少し道路が通れるようになったところで、郊外を少しドライブ。
この辺り、山また山と幾重にも折り重なる風景がとてもきれい。


DSCN2771.jpg

西郊外からハラパ市を眼下に。
こじんまりとした、落ち着く町でした。
何と言っても静かだし。
いやでも噂によれば銃を腰にさして歩いている人ばっかりらしいですよ。
私は見かけなかったですけれど。


そう言えば、夕食は外で食べたのですが
小僧が
「ハラパって安心して歩けるね。
 夜、こうやって外歩くのっていつ以来かなー」と呟いておりました。


いやそれ、首都が安全じゃない、ってのも確かにあるけれど、
車じゃないとどこにも行かないって駄々こねるのって、どこの誰でしたっけかね?


[ 2010/04/06 23:58 ] 旅行記 | TB(0) | CM(6)

ハラパ旅行 その2 

ハラパ県はグアテマラ県の東隣に位置します。
グアテマラ全体で見た時にも「東部」と言われる地域。
ハラパ(Jalapa)という地名はメキシコとニカラグアにも存在するらしいですが、
ナワトル語で「砂のところ」という意味だとか。


砂漠という意味ではなさそうですが、
比較的乾燥した平坦な土地を思わせる言葉で、
あながち「原っぱ」と無縁ではないのかも(まだ言ってるし)


住んでいるのはほとんどがラディーノ(先住民とスペイン人の混血)ですが
ハラパ県の東部にあるサン・ルイス・ヒロテペケは
なぜかぽつんと先住民の町であったり。
アルタ・ベラパスに多いポコマムという部族になるのですが、
このポコマム、なぜかあちらにポツン、こちらにポツン、と存在しています。


ハラパ県の辺りというのは、元々はインディヘナの土地で、
スペイン人が入植した時にインディヘナを他の土地に追いやったという話ですが
なぜにあちらにポツン、こちらにポツンになったのでしょう?不思議です。
加えてポコマム全体で約3万人といいますから、
ポコマム族もポコマム語も絶滅の危機に瀕しています。
ちなみにハラパ県全体の人口は26万人程度。


ハラパ県のほぼ中央に位置するハラパ市は標高1362m。
そのハラパ名物と言えば、とりあえずはこれ。


DSCN2669.jpgハラパと言えばフマイ火山。


それくらい有名というか、それ以外に何もないというか・・・。
こほ。
とりあえず、ハラパ県の最高峰です。標高は2136m。


この写真、例によって小僧カメラマンの撮影ですが
私たちの宿泊したホテルの屋上から撮影していまして
このホテルがハラパ市の一番南側にあたります。
フマイ火山はハラパ市の北。



DSCN2773.jpgそのホテルというのはここ。
比較的新しいホテルで、名前はプエンテ・ビエッホ、
日本語で言うなら古橋旅館。


旅館じゃないじゃん、とか言われそうですが、
この建物、新しいけれどコロニアルスタイルでした。
アンティグアによくあるような、
中庭があって、噴水があって、っていうアレ。
そんなわけで私的には旅館です。
いや、旅籠屋でも良いかもな・・・。




DSCN2671.jpgコロニアルスタイルと言えば、
昔は噴水、今はプール(え?)


いや、プールとは別に噴水もちゃんとあったんですけれど。
このホテル、増築に増築を重ねたらしく、中庭が3つありました。
プールのあるところは子供達がいれば煩いですが
他の中庭の方は静かで快適。
日があたるところは暑くても、日陰は涼しいですから読書にも最適。
とかいいながら、Wi-fiがあると、
どうも読書よりはデバイスに夢中になってしまったりするのですが。


このホテルは44室でまだ別館も建設中の模様。
大きくはありませんがレストランに宴会場、スパ?まである4階建て。
4階は宴会場兼屋上になっていまして、市内を一望にできます。
エレベーターがないので、足の悪い方は厳しいかも、ですが。



DSCN2672.jpgその屋上から外を眺めて見つけたのがコレ。
ハラパの南端にあるのがこの吊橋と煉瓦橋。


ちなみに古橋旅館の「古橋」はこの煉瓦橋のことだそう。
でもどっちかというと、吊橋の方が目を引くんですけれど・・・・・・。


というわけで、もちろん渡ってきました。
この吊橋、ごっついワイヤーで支えられておりまして、
若干動くのですが、揺れるというほどではなくて全然怖くない。
歩行者&自転車用の橋となっているみたいです。
自動車用には古橋があるわけで、この橋、水はけも良いし、
実はかなりのスグレモノなのかも。



DSCN2679.jpg古橋をも少し近くから撮ってみました。


残念ながらこの橋については全然情報がないのですが、
車一台分の幅しかないので、かなり古い橋なんだろうな、と。
隣の県であるフティアパへ出入りする道なので、結構需要はあるはず。
いや、今では別の道路もあるので、需要はあったはず、と書くのが正確かしらん。


今は一番水量の少ない時期で、土台も顕わ。
ごっつい土台なので地震でガラガラといかなければ
まだまだ持ちそうですね、いや、アーチ部分が一部脆くなっているかも・・・、と素人観察。


こういう古い煉瓦の橋は大型車は通るべきではないような気がしますが
路線バスがものすごい勢いで通過してたり・・・・・・。


この古橋、高さ10mほどだと思いますが、
ちょうど2人組の男の子(10代後半)が通りかかり、
一人がこの古橋の手すりにおもむろに腰掛けてポーズ。
あぶねー、何してるんだーーー、とか思ったら
もう一人が吊橋からカメラでパシャリ。


そっか、ハラパの若者達はこの橋で度胸試しをして
お見合い写真も一緒に撮るのだな、と
納得したmonjablancaでありました。さすがだね。



DSCN2699.jpgこれは市内をぶらぶらしていた時に発見。
ハラパ市の西側の山道に入るところにありました。


2002年から2004年にかけて、ハラパ市の浄水施設を再建?した時の記念看板。
えーー、もちろん日本政府の援助です。
看板がさびさびなのがちと悲しいけれど、
6年も経てばそりゃ錆びるでしょう。


この看板、山道の入り口にあったのですが
施設は山の上。
タンクは見えたけれど、さすがにそこまではね・・・。


2002~2004年と言えば、公金横領で逮捕されている
アルフォンソ・ポルティーヨが大統領だった頃ですが、
この人、ハラパの隣のサカパの出身で、
普段は忘れ去られがちな東部地方の開発に力を入れた、
という点は功績に上げてあげてもいいんじゃないかな、と私は思います。


というわけで、駆け足のハラパ紹介。
全然紹介になってないじゃん、と思う人は自分で調べるように。



[ 2010/04/05 23:56 ] 旅行記 | TB(0) | CM(0)

ハラパ旅行 その1 

グアテマラではセマナ・サンタの休日というと
法定の祝日は水曜日の午後、木曜日、金曜日となってまして、
きっちりこれに合わせて祝日となる職場ももちろんありますが(代表は銀行)、
水曜日の朝から土曜日の朝までお休みのところも多く、
更には一週間まるまるお休みとなるところもあれば、
一週間に加えて翌月曜日までお休みになるところまであって(代表は学校)、
案外休日の長さがバラバラです。


まあそれでもこれだけまとめて祝日になる日があるのは
1年でもこのセマナ・サンタくらいだ!
というわけで、国内は民族大移動が発生。
海外におバカンスに行く人ももちろんですが、国内の観光地も満杯。
加えてセマナ・サンタの宗教行事やら伝統行事やらに参加組というのもいまして
まあとにかくなんだかあちらもこちらも賑やかなセマナ・サンタなのであります。


我が家の場合、去年は家でペンキ塗りしてた記憶があるわけですが
今年はちと遠出をしようかと計画。
でも、人ごみの苦手な私としては
アンティグアはもちろんダメ、ビーチもあかん、
コバンも一杯だろうし、リオ・ドゥルセもちょっと厳しいかも・・・、
おまけに一度は泊まってみたいキリグアの宿はセマナ・サンタのバケーション入り。


んー、じゃどこ行こう?と眺めてハタと気づいたのが
「あ!アタシ、この県さえ行けば、国内の全22県を制覇するんじゃ!!」
おーーー、そりゃ是非行かなくては!
とプランを立てて行った先はハラパ。原っぱじゃありませんよ。ハラパ。
いや、原っぱみたいなところもたくさんありましたけれど。


さてなぜハラパに行ったことがなかったかといいますと
ハラパって四方を山に取り囲まれておりまして、ハラパに行こうとしない限り
ハラパには辿り着かないという運命にあるからなのであります。


実はこのハラパ県、グアテマラ県の隣にあります。
でもハラパ県って四方を山に取り囲まれておりまして、
何というか陸の孤島状態。


いや、グアテマラシティーだって盆地じゃん、と言えないことはないんですが、
そこは何と言っても首都ですからね。
すべての道はグアテマラシティーに通ずるのであります。


で、そのグアテマラシティーからハラパ県の県都ハラパ市まで
直接繋ぐ道路は140kmくらい。
しかしこの道路、アップダウンの超激しい砂利道らしく、
一般的にはあまり使われていないとか。


なので大西洋街道(カリブ海側のプエルト・バリオスに至る道)の途中でくっと曲がるか
エルサルバドル街道の途中でぐぐぐっと曲がるか、という選択になるわけですが
そういう事情で、本当にハラパに行こう!と決心して行かないと
絶対辿り着かないのがハラパなのであります。
お隣の県なのになぜか遠いハラパの秘密はそんなところにあったわけで・・・。


でもしかし。小僧を説得して一緒に行かねばならない私としては
「私が行ったことないから」だけでは説得の材料に困るのであります。
そこでリサーチして見つけたのが(というか以前から知ってはいたのですが)エコパーク。
ハラパ市から西、マタケスクイントラに向かう道に2つばかりエコパークがあるので
これを餌にして「ハラパ行こうよ~」と誘ったところ
「ハラパって何があるのさー」
「そりゃ原っぱに決まってるじゃん」
「えーーーー、そんなの行かない」
「でも近くのエコパークにはカノピーもあるからさっ」
「じゃあ、行ってもいい」と不承不承ながらも承諾。


やったーーー!!ということでハラパに行ってきたのでした。
日程は4月1日から3日の2泊3日。
あいかわらず前置きばかりが妙に長いブログなので
今日は前置きだけ、ということにしておくか。


それじゃあまりに旅行記っぽくないので
道中見かけたセイバの木の写真を貼っておきます。


セイバってグアテマラシティー付近じゃ見かけない、
亜熱帯から熱帯気候の低地で生育する木です。


ちょうど葉を落として実(種)がなる時期。
別名をパンヤノ木ともいうセイバですが
種の周囲にはモコモコの綿毛がびっしりとついておりまして、
綿というか、ウサギの毛のような柔らかさと滑らかさ。
思わず少しばかり拾って持ってきました(そのうち写真もアップします)。



DSCN2658.jpg枝のアップ。
まるで花のようにびっしりと綿毛がついていて、この中に種があります。
ちとわかりにくいかもしれませんが、
左上の方に緑色の実がまだ残ってます。


この実が熟して弾けるとこういうモコモコの木になるという次第。
こんな状態のセイバを見たのは初めてで、ちと感激です。


ちなみに写真は小僧カメラマン撮影。



[ 2010/04/04 22:24 ] 旅行記 | TB(0) | CM(0)