セラヤ帰国 

国外追放されてしまったホンジュラスのメル・セラヤが
密かにホンジュラスに帰国したニュースは日本でも報道されているようですが、
どうやらこのセラヤを乗せたベネズエラの飛行機、
エルサルバドルの空港で許可を得ないまま強行着陸して罰金が3万ドルだとか。
誰が支払うんだろ、なんて下世話な話が気になる私。


さてその飛行機から降りてきたセラヤ、
どこからともなく現れたFMLN(エルサルバドルの与党)がセラヤを乗せて
闇の中へ消え去った・・・・・・、20日の夜の22時過ぎの話だそうです。


こうしてエルサルバドルは大統領がセラヤ帰還を支援したと思われるわけですが、
それでもやっぱりこのベネズエラの飛行機には罰金3万ドルなんだそうで、
その罰金は既に支払われたのかどうか、
その飛行機はもう既に飛び去ったのかどうか、なんて話は伝わってきておりません。


エルサルバドルからは陸路ホンジュラス入りしたと思われるセラヤですが、
こうして86日の放浪の旅に終止符を打ったのか・・・・・・と思ったら、
今度はテグシガルパのブラジル大使館に駆け込んだとか。


多分ルラ大統領とは話がついていたのではありましょうが、
えーーーと、大統領って今、国連総会のためNYに行ってるんじゃないんでしょうか。
招かれざる大統領のミチェレッティと、本当ならNYにいるはずのセラヤの2人が
テグシガルパで角付き合わせることになってしまうとはね。


ミチェレッティもこの際だから堂々と構えていればいいと思うんだけれど
ブラジル大使館を取り囲んで、水と電気の供給停止の兵糧攻め。
「大使館におりたいんやったら10年やろうと何年やろうとおったらええがな」
と何故か関西弁で怪気炎。


市内はまた夜間外出禁止令が出て、
セラヤ支持派、反対派の間での衝突もあるようです。いやはやまったく。


何だかまた不穏な気配になっており、
グアテマラとホンジュラスの国境も閉鎖されてしまったようです。


そんな不穏な情勢なのに、ぶっとんだニュースがこれ
やってくれるな、産経さん。
ひょっとしたらそのうち訂正されるかな、と思ってキャプチャしておきましたが、
未だに訂正される様子はなく・・・・・・、どうでもいいニュースってことなのか。


ZelayaDeGuate.png
*画像クリックで拡大します


本文は正しいのですが、何故に見出しが「グアテマラのセラヤ氏」?
グアテマラ人がよく日本は中国にある、と思ってるように、
ホンジュラスはグアテマラにあってその首都はテグシガルパだってことなのかも?




[ 2009/09/22 23:08 ] ニュース | TB(0) | CM(4)

グアテマラシティーハーフドライブ? 

小僧は毎週日曜日の朝、サッカーの試合があります。
今日は8時半集合。
日曜日の朝は道路も空いているので、15分くらいで着いちゃう道のりを
8時15分くらいに出発したところで、
カーステから「ハーフマラソン」の実況が聞こえてきました。


そう言えば、今年から何かグアテマラシティーでハーフマラソンをやる、
という話を昨日も聞いたばかりだったわ。
出発が第4区、そこからオベリスコに入る、
オベリスコ付近を迂回しないといけないなぁ~、と
そこを迂回したまでは良かったのですが。


その後は行く先々がことごとく封鎖されていて、
6アベニーダを境として東西が分断されている状態。
とてもじゃないけど目的地に辿り着けませんでしたよ・・・・・・、
いや、第1区のかなり向うまで行けば何とかできたと思うのですが、
その辺りに辿り着くまでにウロウロしていたりしたものだから、
もうそんな根性が残っていませんでした。


てな彷徨いマップを作ってみましたので(笑)、ご覧下さい。


Ver ハーフマラソンを迂回できなかった地図 en un mapa más grande

グアテマラシティーの東側を一回り。
途中までは線が繋がっているのですが、
カルサーダ・ラ・パスに入った辺りから
山道なせいか、カーブが増えてきて、線が繋がらなくなっちゃいました。ご容赦。
ピンには順序を入れてあります。
地図をクリックして、大きな地図でご覧になって頂ければ
左側にコメントを順に入れてありますので、どんな旅?だったかがわかるかも?
ピンをクリックして頂いても、同じように見られます。


ハーフマラソン自身はまあ良いことだと思うわけですが、
首都の公道を使って、数時間封鎖しちゃう以上、
事前の告知くらいしてほしいし(ここってどうしてやらないんだろ)
ちゃんと迂回できる道を作っておいてくれよぅ~、というのが
素直な感想。


小僧はサッカーできずにちとがっかりで、
いやはやとんだ日曜日の朝となってしまいました。
わかっていたら、ゆっくり寝ていたかもしれないのに・・・・・・。



[ 2009/09/21 00:29 ] できごととか | TB(0) | CM(2)

飢餓 

今日9月15日は独立記念日。
それを祝うかのような快晴の一日で、気持ちの良いことは良いのですが。


今年の雨季の降雨量の少なさは記録的だという話です。
この30年間で降雨量は最低だとか。
まだ雨季は終わっていませんが、この先もさほど雨が降るようにも思えず、
最近では晴天で一日が終わると、タメイキが出てくるくらいです。


農作物にも既に影響が出ている上、
今はまだともかく、乾季になれば水不足になるであろうことは火を見るよりも明らかで、
水不足であれば電気の方もまた発電量が足りなく可能性もあり、
普段の生活が影響を受けるなぁ~、と個人的にも気が重いのですが。


そんな個人的な話はまあともかく(先のことを心配してても仕方ないですし)。
グアテマラの東部、ホンジュラスやエルサルバドルと国境を接する地域は
国内でも降雨量が少ない上、特に北東部は土地も痩せている地方です。
そんなわけで、降雨量が少ないと直ぐに影響を受ける地域であることは
これまた火を見るよりも明らか、なのですが。
8月の初めのことでしたか。
この乾燥地帯(Corredor Seco-コレドール・セコ-と最近呼ばれておりますが)の一つ、
ハラパの国立病院の小児科医が「食糧不足のため死んでゆく子供がいる」ことを告発しました。


グアテマラはこの地域の国の中でも乳幼児死亡率の高い国ですが、
特に地方の貧困世帯ではこの死亡率も高くなっています。
Unicefの2009年4月の報告によれば、
グアテマラの子供たちの2人に1人は慢性栄養失調で、
先住民の5歳以下の乳幼児の80%は十分な食糧を得ていない、んだとか。
(先住民は一般に子沢山、という状況抜きでは語れないとは思いますが)


でも今回影響を受けているのは先住民世帯ではないのです。
この乾燥地帯、先住民もいるのですが、ラディーノ(混血)が多いところで
それ故に各国のNGOからの援助も少なく、
実は国内では一番貧しい地域じゃないのかしらん、と私は思っています。


既に25人の子供達が栄養失調のため亡くなったと言います。
現在栄養失調で手当てを受けている子供達もまた多々。


栄養失調と言うと2001年にチキムラ県のカモタンやホコタンでも
同じようなことがあったことを思い出します。
チキムラもやはりこの乾燥地帯に当たっており、
今年もやはり影響を受けているようで、
このまま旱魃が続けば、この状況が国内全域に広がる可能性もあるかもしれません。


政府の対応は鈍く、当初大統領は
「これは飢餓ではない。食糧はある。
食糧はあるけれどそれを買うための金がないために起こったことだ」
と非常事態宣言なんかしないよ、と言っていたのですが、
外国からの「非常事態宣言してくれさえすれば、緊急援助できるから、して」
との外圧に負けて、9月9日くらいでしたか、やっと非常事態宣言を宣告。


政府がもたもたしている間に、他の団体が独自に支援物資を送ったりしており、
小僧の学校でも援助物資を集めて持っていく、なんてことをやっておりました。


当面の対応はまあこれで良いとしても、
慢性的な栄養失調を抱える子供達が多いのはやはり心配な話です。
某大統領は非常事態宣言を出した時に
「旱魃もあったし、経済危機だって深刻だけれど、そんなことよりも、
この国って昔からビンボーとか超ビンボーとかあったわけで、
そりゃ栄養失調にならなきゃウソだって。
これ、オイラのせいじゃなくって、歴史とか、国の仕組みが悪いんだから。
そこんとこ、ヨロシク」
てなこともおっしゃってたみたいです。


過去に問題があったことは否定しないけれど、
旱魃による食糧不足を予期できなかったのはともかくとしても
対応が後手後手に回った感は否めないです。


何よりも貧困層のために働く政府をモットーとしていながら
その層を拾いきれなかったというのはちょっと痛い。
大統領夫人のやっているコエシォン・ソシアルのプログラムは
就学年齢の子供達を対象としていますが、
それ以前の子供はプログラムの対象となっておらず、
乳幼児を裨益対象とするプログラムがあれば、
これほどの状況にはなっていなかったかもしれません。


加えて、貧困層対策の中心となるべき教育相と保健相が
9月に入ってから相次いで交代しています。
教育相は辞任、保健相は更迭という違いはあるものの、
保健相の更迭は、大統領が言うには
この栄養失調の対策でもインフルエンザ対策でも最近流行っているデング熱対策のいずれもうまくいかなかったからではなく、
国会で保健相セルソ・セレソに対する質疑が行われた時、
「党の方針に従わなかったから」なんだそうです。
ちなみにセレソ、国会の質疑が終わった後はマスコミが待ち構えていたところを
「あっという間に走って逃げた」んだそうで、
大臣更迭後はグアテマラ陸上協会からお誘いがあるとかないとか言われています。


もっとも、質疑が行われた後は不信任決議が提出される予定になっており
与党からもセレソを辞めさせろ、って声は大きかったようですから、
大統領が更迭したことで何とか体面を保ったつもりだったのかもしれませんが。
ちょっと遅すぎの感はあります。


骨と皮に痩せ細った子供達の写真を見て
「ここはアフリカと同じレベルなのか」
ともらした人もいました。
国全体で見た時にはそれほど貧しいはずではないこの国ですが
その一方で小さい子供達が栄養失調で亡くなっていくこの不条理。
これを解消していくために必要なのは何なのでしょう。


・・・・・・まずは水乞いか、多分。



[ 2009/09/15 12:56 ] ニュース | TB(0) | CM(0)

ローセンベルグ事件の実行犯逮捕 

「もし、あなたがこのビデオを見ているとすれば、
 それは私が殺されたからなのです」という衝撃的なメッセージを残した
ロドリゴ・ローセンベルグがその言葉の通りに殺されたのは
今年の5月10日のことでした。


その後、この事件にまつわる噂はいろいろあったものの、
事件の本質に係わると見られる真相は明らかにならず、
この事件もひょっとしてこのまま風化していくのか・・・
てな空気が流れ始めておりましたが、
9月11日の未明、当局は国内数ヶ所で一斉に家宅捜索を行い、
ローゼンベルグ殺害の実行犯グループ9名を逮捕しました。


この逮捕劇に関しては、警察でも検察でもなくて
Cicigの責任者であるカストル・カストレサナが記者会見をしたようで、
「今回の逮捕に当たっては情報漏れが一切なかった。
 これは素晴らしいことで、私は誇りに思う」
なんてことを言ってたようですが、
それくらい情報漏れが一般的な警察の捜査にあって
今回情報漏れがなかったのは、外国人検事が多々係わっていたことが
ひょっとしたら関係あるのかもしれません。


それはともかく、この殺し屋グループのリーダー格は
2008年1月にクビになったという過去を持つ元警官。
太平洋に近い町の警察署で
犯罪現場保護局(鑑識ではないようだけれど・・・、何するんだココ!?)に勤務していたとか。
ついでに現役警官てのも1人いて、
元軍人てのも1人いるんだそうで、
これだから警察官なんか信用できないんだよなぁ・・・。


さて、今回の逮捕劇、きっかけは監視カメラ。
ローセンベルグが殺された現場は、国内でも有数の高級住宅地ですが
(コロン大統領の私的な事務所ってのが目と鼻の先という位置)
それだけあって、監視カメラがいくつも設置されていたんだとか。


そのカメラに不審な車(マツダ6)がローゼンベルグを追跡し、
やがて走り去っていくのが写っていたんだそうで
(犯行そのものは写っていないと私は理解しましたが)
残念ながら車のナンバープレートこそは確認できなかったものの
この車に施されていたささやかな「改造」が為されていたのが確認され、
それを元に持ち主を割り出し、その仲間を突き止めていったんだとか。


ちなみにその車の写真はこちら
一目でホイールに特徴があるのがわかりますが、
その他にも何点か改造されていた点があるんだそうです。


さて、で、Cicigが車の持ち主を割り出したのが事件発生から3週間後。
5月の末か6月の頭にはもうそれが確認されてたってことですよね。
同時に、事件発生当日に付近から行われた携帯電話の通話記録ってのが
全部チェックされ、この2つをつき合わせていって
最終的にコイツラが犯人、ってのを確認。


もちろんCicigとしては、実行犯の逮捕だけじゃあ話にならないわけで、
影で糸を引いていたのが誰かを調べるために
一味をしっかり張り込んでいたようですが、
近くこの一味が別の2人を殺害する予定があるということが発覚したらしく
それでこのタイミングで逮捕になったんだそうです。


Cicigが係わった事件で逮捕者が出たのは初めてじゃないですかね?
Cicigは既に2年の任期が過ぎ、後2年を残すだけとなったわけですが
やっと目ぼしい成果を出すことができたと言えるわけで、
それはそれでめでたいと言えるのかも。
(成果が出なくて焦ったCicigが起こした事件、てな
 推理小説もどきの結末だったら悲しすぎるけれど)


ただ、実行犯の逮捕というのはそんなに難しくない話で、
主犯にまで辿り着くことができるならば、
その時こそCicigは拍手喝采をもって迎えられるべき、と思うのですが。
Cicigによると、主犯に加え主犯と実行犯の間を取り持った仲介役てのがいるんだとか。
それら全員をずるずるずるずると芋づる式に掘り起こしていけるのならば素晴らしい話ですが。


まだまだお手並み拝見、てところですよね。



[ 2009/09/12 23:58 ] ニュース | TB(0) | CM(0)

医者に行く その1 

何が嫌いって、医者が嫌いです。
いや別に、嫌な思い出があるとかそういう訳ではなくて、
お医者さんにはいろいろお世話になっているし、
特にこちらに来てからはどのお医者さんも親切なのにいささかびっくり。
それでもじゃあ医者に行って診断を受けようか、というと
二の足、三の足を踏んでしまいます。
さっさと行った方が多分いいんだろうな、とどんなに内心思っていても。


そんなわけで、私が医者に行くのはよっぽどのことがあった時くらい。
いや、実は、この国に来て15年、今まで医者に通ったのは
小僧が生まれた前後のみで、それ以外は職場の健康診断くらい。
小僧を医者に連れて行ったことはもちろん多々あったりするんですが。


さて。そんな私が先日医者に行ってきました。
しばらく前、というか数ヶ月前から子宮筋腫じゃないかいな、
てな症状が出ていてたのであったのです。


例えば、貧血。
実は昔から貧血は時々あったのですが
疲れやすいとか起きていられないとか自覚症状がはっきりある貧血になってきたことが一つ。


それに生理が重くなってきてましたねぇ。
特に、ある時私の握りこぶしくらいはありそうな塊が出てきた時には
さすがの私もびっくり。
そう言えば、その時は痛み止めを飲んでも収まらないくらい痛かったんですよねぇ、
それで「やっぱりこれは医者に行かないと」と思ったわけだったのですが、
喉元過ぎるとけろっとしちまうタイプの私はまだぐずぐすしていたのでありました。


でもそれよりもイヤなのが腹囲が大きくなってきたこと。
最初の頃は中年太りだと思っていたわけですが、
どうも肉のつき方が妊娠した時に似ている。
いやでも身に覚えないしなぁ、でも子宮が出てきているよなぁ、
ってことでひょっとして子宮筋腫?と思い始めるようになったのでした。
現在は約4ヶ月くらいの雰囲気かなぁ。ウエスト回りがきつい。


そんなわけで多分これって子宮筋腫だなぁと思ったのは6月くらい、
でもねぇ、子宮筋腫にかかったことのある人の話を聞いても、
ネットでいろいろ調べてみても、
子宮筋腫って小さいうちなら放置しておいてもいいけれど、
症状が出てきた場合の処置はというと、結局手術するしかないわけじゃないですか。
我が家みたいに母子家庭では、手術なんて言われたってそうそう簡単にはいかないわけで。


そういう事情もあって、急いで行く必要はないかなぁ、
まあ気が向いたら行けばいいや、どうも医者って敷居が高いし、
などと思ってずるずるずるずる延ばしてやっと決意したのが8月の中ごろ。


8月20日くらいでしたかねぇ、思い切って婦人科のクリニックに電話をしたら
「8月30日まで予約が一杯なんだけれど、いい?」
医者に行くのが1日でも遅くなるならもちろんいいです!!
てなわけで、仕事がちょっと忙しい月末を避けて9月1日に予約を入れたのでありました。


ついでに、ここの医療制度は日本とはかなり違うので軽く説明を。
医療機関は大別して3つに分けられるんではないかな。
最初が国立病院。公立もたまにあるけれど、
グアテマラの場合はほぼ国立です。医療費は無料。
誰でも受診を受けることができますが、毎日患者さんでごった返す上、
施設も十分でなく、入院患者用のベッドがないというのはともかく
薬さえないこともある上、衛生面に問題があるという話もあり。
事故や事件で怪我した人たちのかなりの部分が担ぎこまれる病院で、
逆に、銃傷や刃物の傷には強いとも言える。


2つ目が社会保障病院。
グアテマラの社会保障制度は労働者及び退職者を対象としています。
医療保険と年金をセットにしている辺りは日本の制度に似ているけれど、
最大の違いは社会保障病院でしか使えない医療保険だってところ。


この社会保障病院、多分国立病院よりはマシなんだと思うわけですが
やっぱり毎日人でごった返しているところです。
診療を受けたかったら朝5時には病院の前で列をつかないといけないという。
しかも、急病の場合にはどうも対応できないようで、
まず一般医の診療を受けてからじゃないと専門医に診てもらえない。
そして専門医のアポってのは3ヶ月くらい先だったりするのであります・・・・・・。
一応、事故(いわゆる労災みたいな扱いだと思うのですが)にも対応してくれるのですが
この場合は事故を専門に扱う病院まで行かないと見てもらえません。
分業が進みすぎて超使いにくい病院。


そして最後が一般の開業医及び私立病院。
ピンからキリまで各種豊富。
完全な自由診療で、診療代は言い値。
それでもやっぱりいい先生は人気があるようで、
私が予約した先生はどうやらその人気のある先生らしい(ってことは後でわかった)。


いや実は、私は職場でかけている社会保障制度とは別に医療保険をかけています。
最大の理由は、社会保障制度では小僧をカバーしてくれないこと(子供は5歳まで)。
それではさすがにちょっと心配だったので、別途医療保険をかけているわけですが、
毎月の保険代は$100強で、結構大きな出費です。
ちなみに社会保障制度で天引きされるのは給与(基本給+時間外)の4.7%くらいだったかな。
雇用者の負担は10%強だったと記憶しています。


まあでもこういう時には心強いというわけで、
その保険会社と契約している医者の中から、
自宅に近いお医者さんを選んで予約しただけだったのです。


そうして内心おののきながらも、ついに診察の日がやってきたのでありました。
長くなったので、続きはまた明日(多分)。



[ 2009/09/09 23:13 ] できごととか | TB(0) | CM(2)

クリスティアン・ポベダ 「La Vida Loca(ラ・ビーダ・ロカ)」 

ちょっとしばらく放ったらかしになってしまいました。
その間、相変わらずいろいろあったことはあったのですが、
今日はこんな話を。


マラス(maras)とかパンディーヤ(pandilla)と言えば
中米から北米にかけて活動する青少年を中心とした犯罪集団のこと。
構成メンバーは若いですが、人を殺すことを何とも思わない冷酷さや残酷さは
ギャングやマフィアにも引けを取らず、
特に中米では市民の平穏を脅かす大きな要因となっています。


そのマラス、エルサルバドルが発生の国という話ですが、
そのエルサルバドルでマラスを追いかけ、写真を撮り、映画を製作した
スペイン系フランス人のクリスティアン・ポベダ(Christian Poveda)が
9月2日にサンサルバドル郊外で殺されたとか。


エルサルバドルの二大マラスと言えば
マラ・サルバトルチャとマラ18(ディエシオーチョ)で
(ちなみにグアテマラで活動するマラスもこれと同じ)
この両者には激しい抗争が存在しています。


2日、ポベダはマラ18を取材した後を襲われたとされたようなのですが、
警察は容疑者を既に逮捕したとか。
ただし、容疑者や事実関係に関する情報は現在のところ公表されておらず、
唯一「ポベダは信頼していたマラスのメンバーに殺された」という話が伝わってきているくらいです。


ポベダの両親はスペイン人で、スペイン内戦時代にアルジェリアに亡命、
当時はフランス領であったアルジェリアで1955年に生まれたのがクリスティアンだとか。
西サハラ紛争、グレナダ紛争などの取材で注目を浴び、
やがて内戦時代のエルサルバドルへとやって来たのがこの国との縁の始まり。
近年はエルサルバドルでマラ18をずっと取材していたようで、
危険には慣れていた方ではあったのでしょうが、
一方でマラスからの脅迫を受けていたという話もあり、
個人的には「やっぱりマラスは怖い」という印象を更に強めただけなのでありました。


そのポベダが製作したマラスのドキュメンタリー映画が
La Vida Loca(ラ・ビーダ・ロカ/クレイジーな日々)。
サンサルバドルに隣接するソヤパンゴのマラスの日常が綴られています。


映画のトレーラーはYouTubeで見られます。
英語字幕付。ちとドギツイです。18歳未満の方は見ないように。





全編、89分はこちらで見られます。ただし、スペイン語オンリー。
全部は一度に見られないような仕組みみたいですけれど。


マラスと言えば仕事もせずに恐喝とかドンパチとかして
遊んで暮らしている、なんてイメージを持っていたのですが
案外普通に人間臭い顔をしているのにはちょっとびっくり。


また、足を洗いたいと思う人もいるはずですが、
足を洗うと報復もあり、迂闊にはそんなこともできないのです。
途中、「どうしてグループと縁を切れないの」と
判事に迫られてたじたじしてる男性が出てきますが
そんなに簡単に縁を切れるようなら、
ここいらの国のマラスの問題はとっくに解決しているわけで。
縁を切りたい人が安全に生活できるような仕組みを作ってあげないことには
どうにもならんわけです。
とは言え、私も元マラがいる、とか言われたら避けて通ると思いますが。


彼らの生活が一見滅茶苦茶明るくテンションが高いのは、
明日は自分が殺されるかも、という危険と背中合わせだからなのかもしれないなぁ。
絶望したりはしないんだろうか。


ポベダさんの冥福を祈りつつ。



[ 2009/09/07 00:10 ] エルサルバドル | TB(0) | CM(0)