テグシガルパのタカ航空事故 

ご存知の方もいらっしゃるかも、ですが、
昨日、ホンジュラスの首都テグシガルパにある
トンコンティン国際空港でタカ航空が着陸に失敗、
滑走路を飛び出して道路に突っ込み、死者5名を出す事故がありました。


昨日は熱帯性低気圧のアルマがこの付近を通過中で、
気候条件が悪かったこともあるのですが、
このトンコンティン、危険な空港としても知られていて、
むしろ今までこのような事故が起こらなかった方が不思議なくらい・・・。


トンコンティン、滑走路が1863mと国際空港としては短く、
着陸できる最大の飛行機というのはボーイング757-200クラスなんだとか。
アメリカンがこの機種を使って飛ばしてるみたいです。


加えて、この空港、山に囲まれているんですよね。
山を越えてすぐ下に滑走路が位置しているので、
その山肌を滑り降りるように高度を落とさなければならない。
飛行機フリークの小僧のおかげで
我が家ではYouTubeでいろんな空港での着陸や離陸のビデオを見ているのですが
トンコンティンはビデオを撮っている人と飛行機の位置が無茶苦茶近いし、
すごく低い位置で旋回して空港に入って行き、
まっすぐ滑走路に入るのが難しそうだし、とにかく見てて怖いです。
興味のある方はYouTubeでToncontin Airportで検索してみてくださいね。


今までにも空港移転の話はあったようですが、
どの政権もターミナルの改修でお茶を濁していたようです。


今回の事故、気象条件が悪かったこともあって、
一旦着陸せずに上昇、再び旋回した後で着陸を試みていたようです。
この機種、エアバスのA320で、
着陸に必要な滑走路の長さは最低1800mだとか。
でもこの便、ランディングしたのが
滑走路の既に半ばほどを過ぎたところだったそうです。


パイロットはブレーキを精一杯かけたのでしょうが
滑走路を飛び出して道路に突っ込み、
道路を走っていた車をも巻き込む大惨事となってしまいました。


この事故で機長が死亡、
前の方の座席に座っていたと思われる
中米統合銀行の頭取、駐ホンジュラスのブラジル大使夫人なども亡くなっていますが、
事故に巻き込まれた車の中にいた方も2人亡くなっています。
機体が炎上せず、これだけの被害で済んだのは不幸中の幸いだったかもですが、
亡くなられた方のご冥福をお祈りします。


この事件を受けて、トンコンティン移転の話が再燃しているようです。
とりあえず政府はトンコンティンはローカルの小さい飛行機専用にして、
現在米軍基地として使用されているパルメローラ空港を
国際空港使うことを決定したようですが。
このパルメローラ、テグシガルパの北64kmのところにあるそうです。


もっと早くに移転していれば防げたであろう事故ですが、
やはり市内に国際空港を持つグアテマラとしても、
他人事とは言い切れないものがあります。


グアテマラシティーはテグシガルパよりももっと大きく開けた盆地で
トンコンティンのように山が迫っているわけではありませんし
(と言っても、旋回してパカヤ火山の手前からアプローチするわけですが)
滑走路は2800mあるんですが、
やはり滑走路を飛び出したという事故が何年か前にありました。


太平洋側のエスクイントラへの移転話、
あるんですけれど、お金がね・・・・・・。
同じような事故が繰り返されないことを祈ります。



[ 2008/05/31 08:09 ] ニュース | TB(0) | CM(0)

ジェノサイドか否か (8) リオ・ネグロ虐殺事件の裁判 

しばらく内戦の話から遠ざかっていますが、
プラン・デ・サンチェスの話はちょっと置いておいて、
先日、リオ・ネグロの虐殺事件の判決が出ましたので、
かいつまんで書いておこうと思います。


リオ・ネグロの虐殺事件については以前にも書いたことがありまして、
その時既に、元PACの3人が死刑判決(後に減刑)を受けているとお伝えしております。
今度の裁判はそれ以外の6人に対するものですが、
裁かれている事件は同じ、1982年の177人の虐殺に対するものです。


この裁判、提訴されたのは2003年頃のことでした。
ところがその後被告や軍関係者がいろんな手段を講じて裁判を妨害、
公判が始まったのは5年ほど過ぎた今年の4月のことでした。
というのは、この裁判の証言が、スペインで行われている
ジェノサイド裁判の証拠ともなるというのも理由のようです。
リオス・モント及びアンヘル・アニーバルが出していた
保護請求が却下されたのを受けて公判の日程が決まったのが4月4日。


この事件の担当は刑事部第十一法廷のエドゥアルド・コフルン判事。
グアテマラシティーにある裁判所です。


最初の証人は、前回も登場したヘスス・テクー・オソリオ。
その証言の模様を伝える新聞記事はこちらです。
http://www.prensalibre.com/pl/2008/abril/18/232831.html


コフルン判事、20人の証人を召喚していますが、
中には出頭しなかった人も。
首都へ行くお金がないとか、報復を恐れていたりとか理由は様々。
故に、コフルン判事、バハ・ベラパス県の県都サラマまで出張裁判。
サラマで行われた公判の様子はこちら。
http://www.prensalibre.com/pl/2008/mayo/09/236791.html


5月の中頃には結審していたと記憶していますが、
法廷に立った証人は16人。
しかしその後判事に対する殺人予告の電話がかかるなどして、
判事の身の安全も心配されたのですが、無事に判決の日を迎えました。


5月28日。
被告6人の内、1人については証拠不十分として無罪、
残る5人については、それぞれ26人の殺害に関与したとして、
1人の殺害につき懲役30年、
26人の殺害で合計なんと懲役780年という判決が下されます。


ただし、実際に服役するのは30年だけ。
というのは1969年に制定された事件当時の刑法では、
殺人罪での最大の刑は懲役30年だからなんだとか。


また、遺族にはQ10万の賠償金を支払うようにという命令も。
・・・・・・PACのメンバーが、基本的に農民であることを考えると、
これはとてもじゃないけれど払えない金額であるような気が・・・・・・。


今回有罪判決を受けたのはいずれも当時のPACのメンバー、
マカリオ・アルバラード・ドフ、パブロ・ルイス・アルバラード、
フランシスコ・アルバラード・ラフー、トマス・ディノ・アルバラード、
ルカス・ラフー・アルバラードの5名。


無罪とされたのはボニファシオ・クシュン・ラフーで、
別途ホセ・アントニオ・ソラレス・ゴンサレス大尉(指名手配中)及び
元PACのアンブロシオ・ペレス・ラフーとドミンゴ・チェンについて
逮捕命令が出ています。


判決の報道はこちら。
http://www.prensalibre.com/pl/2008/mayo/29/241200.html


26年という歳月を経て下された判決。
この事件に係わったと見られる5人が有罪になったわけですが、
いずれも当時の状況の中で命令に従っただけでしょう。


この虐殺を命令した人物が裁かれることのないまま、
実行犯だけが裁かれる現実はあまりにも寒々しい。


それでも、こういう人たちに対する裁判でさえ、
多数の妨害が入り、
判事や検事や証人は身の安全を心配しなければならなかったのです。
それだけの覚悟をしないと進められないからこそ、
未だに内戦の罪が裁かれることがほとんどないわけです。


リゴベルタ・メンチュが国内での告発を諦めたのも、
やはり同じような理由でしたしね・・・・・・。


もうしばらくプラン・デ・サンチェスの話は脇に置いておいて、
もう一つ現在裁判が進んでいる(というか止まっているというか)、
別のケースを、近いうちに取り上げてみたいと思います。



[ 2008/05/29 21:17 ] 内戦 | TB(0) | CM(0)

不注意か犯罪か 

先日目にしたブログの記事が、ちょっと頭に引っかかっています。
サルバドレーニョス・エン・エル・ムンド-世界の中のエルサルバドル人


いきなり余談ですが、このブログ、グーグルの翻訳ガジェットがついています。
上の方にあるGoogle Traductorで日本語を選択すると、
一応日本語になる・・・、いや、これは日本語かぁ???
タイトルが「7ヶ月の懲役刑に罰金$68払ってない」って、
いや、そうじゃないでしょ、罰金$68を払わなかったから懲役7ヶ月。
これは本文のミスだと思うけれど、大体罰金じゃなくて税金なんじゃないのかい。
コメント欄が「読者考える」ってのも、妙に文語的だしね。
アトムを「原子」って訳してるのも、まあ、そりゃそうかもだけれど、
アトムってアトムフィードの話だべ。


まあそういう突っ込みはともかく、
Google翻訳の日本語で話が理解できる方はあまりないかも?なので、
内容をかいつまんで説明しておきます。


デシデリア・ラミレスという42歳のグアテマラ人女性の話です。
この方、トトニカパン出身のインディヘナのようですが、
2007年5月27日、サン・クリストバル国境からエルサルバドルに入った時のこと。
デシデリア、民芸品をエルサルバドル側で売ろうと思っていたので、
グアテマラ側の国境を通過するときに、税関の係官に税金について尋ねたところ、
「民芸品だから税金はかからないよ」
と言われたのだとか。


そして、エルサルバドル側国境でも、何も言われることなく通過。
ところがデシデリア、エルサルバドルの警察の検問で逮捕されてしまいます。
容疑はなんと「密輸」。
国境を通過する際に$68の税金(関税?)を支払うべきだったのに
支払わずに行ってしまったからだとか。


裁判では懲役4年の判決が下されたようですが、
逮捕されて7ヶ月後に元の税金+罰金$7,105を支払って釈放されたとか。
これには在エルサルバドルのグアテマラ領事の尽力があった模様で、
原判決を破棄することができたのだそうです。


もっとも、罰金を支払うために一家は多額の借金を背負うことになってしまったようですが。


また、昨年1年間だけで、25人のグアテマラ人が同じような目にあい、
その内6人はまだ拘置所あるいは刑務所の中だという話です。


実にひどい話です。
エルサルバドル人って、そんなえげつない人たちだったっけ?
てか、グアテマラ人に恨みあるんか?(えー、たくさんあるでしょうけれど、実際)


まず責められるべきは税関職員でしょう。
デシデリアはこっそり商品を持ち込もうとしたわけではなく、
堂々と商品を抱えて国境を通過したという話。
そんなのもチェックできないで税関職員と言えるんだろうか。


加えて、密輸というにはあまりにもささやかすぎですよね。
一方で本当に脱税してるヤツは涼しい顔して通過しちゃうんだよなぁ~。
確かに違法行為だったとしても、刑事罰を課すケースではないでしょう。
罰金刑で十分ですよね、デシデリアのケースは。


気になるのは、どうもグアテマラ人を狙い撃ちにしてるっぽいこと。
グアテマラ国内でこの話はまだ報道されていないと思いますが、
(注:これ、間違いでした。Prensa Libreで報道されたのがこのブログの元ネタのようです)
こんなことされたら、仕返ししたくなるじゃあないですか。
大体、個人的にはグアテマラの税関職員の話が正しいような気がするなぁ~、
民芸品、単価の低い物が多いですしね。
そんなこんなで両国間、両国の人たちの関係が
妙なことにならなければいいなぁ~と、余計な心配をしている今日この頃だったりします。



[ 2008/05/27 23:30 ] ニュース | TB(0) | CM(0)

Googleのマルチ言語翻訳機能 

先日からGoogleの翻訳機能が
23言語のマルチ翻訳にバージョンアップしていますが、
そのマルチ翻訳機能を使ってサイトをまるごと翻訳しちゃう、
というブログパーツがありました。


右側のサイドバー、「さぼにゃんの日替わりスペイン語」の下に貼ってみました。
で、私のいい加減な日本語も訳してくれるんだろうか?
ととりあえずスペイン語に変換してみると・・・・・・。


普通の文章はなんとか訳してますね。
右側のサイドバーがなぜか翻訳されてませんが、
笑ったのはカレンダー。
数字をわざわざスペイン語の文字表記に変換してるのも愛嬌ですが、
なんだよ~、この曜日。
Día, Luna, Fuego, Agua, Árbol, Kim, Sábadoってさぁ・・・。


土曜日だけ正解。
それ以外は、Day, Moon, Fire, Water, Tree, で
金曜日がなぜかKim。ってキムさんですよね?
いや、なかなかユニーク。


このブログパーツは表示されているページしか翻訳してくれませんが、
もう少しマジメに翻訳機能が必要な方は、Googleの翻訳サイトへ。
http://translate.google.co.jp/translate_t?hl=ja


辞書が手元にないけれどさっと調べたい場合は結構重宝します。
以前は日本語とスペイン語間で翻訳しようとしたら
間に英語をかませないといけなかったのですが、
ストレートで翻訳できる、ってのはものすごいです。


まあ、まだ相変わらずすっとぼけた翻訳を返してくれることもあって、
ちょっと複雑な単語とかになってくると厳しいですけどね。
個人的には、一つの単語に対して複数の候補を返してくれるといいのにな、
と思ったりするんですが。


それにしても、つくづく、便利な世の中になったものです。



[ 2008/05/26 21:57 ] 雑談 | TB(0) | CM(0)

雨季の始まり 

月曜日は朝は晴天。
でも午後から雨が降り始め、風向きが変わると共に一転真っ暗。
空気が全て雨に変わったような横殴りの大雨で、
視界はせいぜい200m程度。


今までにも降雨はありましたが、これほど激しい雨は今年初。
道路の排水溝もまだゴミだらけなので水が全然流れず道路は水浸し。
もっとも、排水溝がちゃんと機能していても
これだけ大量の雨が降ると、流れていく雨よりも
降り積もる雨の方が多いので、やっぱり道路は水浸しになるんですが。


雨季と言ってもこれほどすさまじい雨が降ることは
年に数回程度で、実はそれほどありません。
まあでもこういうのが降ると、
いよいよ雨季も本番かぁ~、と
こちらも覚悟を決めざるを得ないのであります。
はあ、これが半年続くのか・・・・・・。


さて、その月曜日。
出勤したら、週末の私と同じような症状の同僚が!
彼女の場合も喉が痛くてほとんど眠れなかったとか。
ただし、私は月曜日にはほぼ回復していたのですが
彼女の方はまだ辛そうでした。


という訳で、感染源がどこだったか判明。
仕事に行ったが故に病気になってちゃ、
文字通り仕事になりませんよね、てなお話でした。



[ 2008/05/21 23:54 ] できごととか | TB(0) | CM(0)

急病 

乾季と雨季の境目のこの時期、何だかんだと体調を崩す人が多いものですが。
金曜日の午後、少し喉が痛かったので風邪かな?と思って
風邪薬を飲んでおきました。


ところがその日の夜、喉の激痛で目が覚めるという事態に発展。
どうやらものすご~く腫れているようで、
唾を飲み込むと無茶苦茶痛い。こんなこと初めてだよ。
その後もちょっと寝ては唾を飲み込んで痛さで目が覚める。
の繰り返しで、まんじりともしないまま夜を明かし・・・。


土曜日。実はこの日、小僧の学校へ行かないといけなかったのです。
朝8 :30から17 :00までの予定で、参加が義務、だったんですよね・・・。
よっぽど電話して事情を説明してお休みしようかと思ったのですが
まあ、とりあえず行って、あまりに辛ければ途中で帰ればいいか、と・・・。


唾も飲み込めないのに食事なんてとんでもないところ、
なんとか頑張ってヨーグルトを流し込み、風邪薬を飲んでいざ出発。


案の定、辛かった・・・。
話すことさえままならないし、
特に、風邪薬の効果が切れてきたお昼頃からは
「死にそー(でもこれくらいじゃ死ねない~)」
と思いながらもなんとか持ちこたえ。


その代わり、帰宅後はもう爆睡。
11時くらいに目を覚まして、
さすがにおなかが空いていたので
おかゆをつくって痛いのを我慢して食べたところ、
今度は下痢の始まり始まり~。


そんなサイテーな土曜日が終わり、
日曜日にはもう良くなってました。
朝はまだ喉が痛かったけれど、
昼頃にはもう普通に食事を取っても問題ないほどに回復。
いや、おなかの方が回復してないんで、普通食とはいかないんですが。
どちらにしても、小僧とサッカーの試合見に行こうか、って言ってたのは
当然の如くキャンセルでございます。


にしても、何だったんでしょ、あの激痛は?


症状から、恐らく急性咽頭炎というものだったと思われるのですが
そー言えばはるか昔に咽頭炎だったか喉頭炎だったかで耳鼻科を受診して
処方された抗生物質の副作用でひどい目にあったよな。
なんてこともうっすらと思い出したりしてみたり。
のどに癌なんかできるととっても辛いんだってこともよくわかりました。


私、体調が悪くなるのって、いつもきまって週末なんですよね。
週末に寝込んで、月曜日にはすっきり仕事に出かける!ってパターン。
まあ、我が家のようなシングル世帯では、
病気になっている余裕はないので、
体調が悪くなっても、とっとと元気になる!てのは大切なんですが。


皆様もご自愛くださいませ。



[ 2008/05/18 22:17 ] できごととか | TB(0) | CM(0)

ブログの紹介 - 日本の日本人が日本の文化をスペイン語で書くブログ 

今日は一つブログを紹介。


先日のエントリーにコメントを頂いたnoraさん、
Una japonesa en Japón - ある帰国子女のブログ
というブログの作者さんです。


「日本にいる日本人」という変わったタイトルですが
その通り、日本にいる日本人のnoraさんが
日本の文化やその他のことについていろいろ書いているブログです。


記事はスペイン語と日本語の二本立て。
というわけで、読者はものすご~くインターナショナル。
コメントの数も半端じゃありませんが、
それがほとんどスペイン語で、
世界中からの書き込みがあるってのもすごいです。


スペイン語で書かれていることが日本語でも併記されていますが
直訳ではなく、それぞれの言語にあった表現になっていて、
そういう面でもものすご~く参考になるのですが、
何よりもnoraさんの人柄がいいんですよねぇ~。
日本とスペイン語圏の未来への懸け橋をテーマとするnoraさんのブログ、
是非遊びに行ってみてくださいね。



[ 2008/05/15 23:15 ] 雑談 | TB(0) | CM(3)

HomoTeCien 

小僧の学校では毎年この時期、テーマを決めての総合学習が行われます。
この総合学習、スーペルアクシォンと呼ばれているのですが、
幼稚園から高校までの全学年で同じテーマを追いかけるもので
去年は確か「現在と未来のグアテマラ」だったような記憶が。


さて、今年のテーマはHomoTeCien(オモテシエン)
おもてしえん~!?そんなスペイン語あったかいな、と思ったんですが
どうやら造語らしいです(人騒がせな)。
Hombre(人間)、Tecnología(科学技術)、Ciencia(科学)の頭を取ってつなげた言葉。



人類の進歩と共に科学技術は大きな発展を遂げ、
今ではこれらの科学技術のない世界を創造する方が難しいくらいだ。
テレビ、コンピュータ、ATM、携帯電話などのない生活は考えられないと言ってもいい。
しかしながらこれらの科学技術を製造、製薬、調査の分野に応用することについては
まだ余り行われていない。
一方、これらの科学技術のお陰で、ふさわしくないと思われる行動
(携帯電話がかかってきたために会話が打ち切られる、
 実際に会って話すよりもチャットを好む、
 音楽をかけながら食べたり会話をしたるするなど)も見られるようになってきた。
こういうことを踏まえて、今年のスーパーアクションのテーマは
「オモテシエン2008」とすることにした。


このテーマでは:
科学技術とは何で、どのようなもので、何のために活用するのか。
科学技術がもたらす変化、及び近い将来に実現しそうな科学技術は何か。
益々グローバル化し、より科学技術が発展してゆく世界にどう直面してゆくか。
また科学技術の発展の中で自然をどう保護してゆくことができるか。
を様々な側面から検討する。



例年に比べると抽象的で難し気な感じだよなぁ・・・。

で、小僧達、特に通信手段の今昔、
科学技術が人類に与える利点と欠点、
更には科学技術が環境に与える利点と欠点
などについて学んでいく模様です。


この総合学習、個人で調べてグループでまとめる、という形式。
最終的にはパワーポイントで発表し、
加えて何やら模型なんかも作るみたいです。
毎年、大変だけれど楽しそうなんですよね、この総合学習。
私も子供の頃にこういうのやってみたかったなぁ~、と
ちょっとばかりうらやましいです。
それにしても、手伝ってやらないといけない親は大変・・・・・・。



[ 2008/05/13 23:44 ] 小学校 | TB(0) | CM(2)

グアテマラの住人たち - 夾竹桃 

いつの頃からか、我が家の近くのラス・アメリカス通りに
夾竹桃が植えられるようになりました。
ちょうどこの時期、赤、桃、白といった花が綺麗に咲いています。


これが地味系の白で、
夾竹桃(白)


こっちがかわいい桃ちゃん。
夾竹桃(桃)


実は、最初に見た時は「あれ?これ何の花だっけ・・・?」って
しばらく思い出せないでいたんですが。
やがて記憶を取り戻しました。
まだボケてはいないようだぞ、私。


それにしてもこれ、温帯の植物でしょう。
グアテマラはちょっと場違いでないの?と言いたいところですが、
高山気候のこの辺りでは、
日本で見られる植物も結構多かったりするのでありました。
もっとも夾竹桃って原産地はインドらしいです。


スペイン語ではAdelfa(アデルファ)。
他にもLaurel de Flor、Rosa Laurel, Baladre, Trinitariaとかいろんな名前あり。
いや、グアテマラ人に聞いても知らないのでWikipediaで調べたんですが。
アメリカ大陸にはいつの頃からか持ち込まれた植物です。


可憐な花を咲かせてくれるし、余り大きくなりすぎないし、
おまけに乾燥にも大気汚染にも強い!
というわけで、ラス・アメリカスみたいな通りに植えられています。
でもこの可憐な夾竹桃が毒草てか毒木だとは知らなかったよ。
薬用にも使われるけれど、枝を箸代わりに使っただけで死んだ人がいるとか。
燃やした時の煙すらも有毒。えええ~。


そっか。綺麗な花には毒があるのよね。
迂闊には近づくまい。くわばら、くわばら。




[ 2008/05/12 23:19 ] グアテマラの住人たち | TB(0) | CM(0)

運転手のストとかガソリンとか物価とか 

8日も9日も眠くて夜起きていられなかったのでした。
どうやら貧血を起こしていたようで、
鉄分が不足すると、酸素の供給が減るので疲労を感じる上、
ひどくなると起きていられなくなるのであります。
鉄剤を取って、何とか起きていられるようになりました。
気をつけましょうね、皆さん。


さて、この前のトラックのストライキで運転手さんたちが逮捕された件では
人権擁護局(PDH=Procuraduria de los Derechos Humanos)の長官セルヒオ・モラレスが
「彼らにはストライキをする権利がある!
 大統領のとった措置は反民主主義的だ!!!」
とのたまわっておりましたが・・・。


この人、何かわかってないよなぁ。
民主主義ってのは対話を優先するものでしょう。
いきなり実力行使をする方が反民主主義的ですよ?


マスコミは世論を操作しがちなので
ニュースのインタビューなんかはそのまま信じられないけれど、
それでも、このストライキには批判的な意見が多いようです。
グアテマラシティー内の交通渋滞のすごさと
大型車の運転手のマナーの悪さを考えれば、
まあ、これは妥当なところかと。


加えて最近ガソリンの値上がりがものすごいので
その上ガソリンがなくなるなんて言ったら、
一般市民にしたらこのストライキ、犯罪行為以外のなにものでもないしね。


ガソリンの価格と言えば、
最近ディーゼルの価格がガソリンを急追しておりまして、
時にはレギュラーガソリンよりも高くなってたりします。
ガソリンやディーゼルにはグアテマラでも税金がかかるわけですが、
この石油供給税(IDP=Impuesto a la Distribución de Petróleo)、
ディーゼルが1ガロンにつきQ2.10で
ガソリンがQ4.60~4.70だったかな。
こんなに違うのにディーゼルの方が高い。
てか、ディーゼルの値上がりの仕方がものすごいです。
そんな事情もあるからこそ、
運転手さんたちも日中通らせてくれよぉ~、と言うのだろうけれど。


お陰で国内はいろいろと物価も急上昇。
ここのところドル安もものすごい勢いで進んでいるので
本当なら輸入品の価格は下がるはず?な気がするけれど、
値段が下がるものを見たことがありません。
消費者物価指数で言えば、前年比では10%以上の値上がりしてるしな。
「ガソリンとかの値段が上がってるからね・・・」
って言われれば、そんなもんかぁ~と思っちゃうけれど。


ちなみにガソリン価格、IDPだけじゃなくて
12%のIVA(イバ、付加価値税)もあるので
ガソリン代の20%以上が税金だったりしています。
えーーっと、ちょっと計算してみましょうか。
今なら1ガロンがQ32くらいかな。
このうち、IDPがQ4.60でIVAがQ2.94、
税を含まない価格はQ24.46。
24%くらいが税金ということになりますね。
高いよ、大統領!


ついでに日本のガソリン価格とも比較してみたりして。
1ガロンは3.785リットルに相当。
というわけで、1リットル当たりの値段はQ8.45、
Q7.42=$1=\102.81ってレートで換算してみると
1リットルあたり117円てことになりますか。
ははぁ、日本より安いか。


ま、ここ、一応産油国ですし(ってガソリン精製してるわけじゃないですが)。
グアテマラが輸入してる元は、多分メキシコ、アメリカ付近。
比較的近いところから輸入できる分だけ、安く上がるのかも?
でも日本とは経済力もお給料も比較にならないわけだから、
そういう要素も加えれば、グアテマラの方が割高になるだろうなぁ。


なわけで世知辛い世の中、稼ぎが良くならないんだったら
ストライキでもして、待遇改善を叫びたいよなぁ~。
憂さ晴らしにもなりそうだし。
私もやってみようかしらん?



[ 2008/05/10 23:14 ] できごととか | TB(0) | CM(0)

ガソリンがなくなる? 

今週の月曜日から、長距離運送業組合の運転手さんたち
(って多分オーナー兼運転手かな)のストライキってのがありました。
彼らの要求は、グアテマラ市が制定している
大型車両の通行時間制限(5 :30~9 :00と16 :30~20 :30は通行禁止)を
廃止しろ!というもの。


見たらおわかりになると思いますが、通行禁止になっているのは
通勤時間帯。
そ、グアテマラの通勤時間って5 :30に始まるのですよ?
って、この時間、市内の一般道路はまだ空いてますけれどもね、
6時くらいになると、地域によってはかなり動きが出てきます。


さて。
彼らはトラックやトレーラーを市に入る幹線道路に並べ、
他の通行をストップ。
特に、彼らの組合に属しないトラックやトレーラーの運行を妨げる、
という行動に出たものだから、
グアテマラシティーはおろか、グアテマラ中の物流がストップ。

だって、グアテマラの道路って、港からの荷物は
グアテマラシティーを通過しないといけないように設計されているのです。
シティーを迂回して他のところへ行ける環状道路を造ろう!という話はずーーーっとありますが、
未だに机上のプランで終わっています。


というわけで、一昨日の夜くらいから
「ガソリンがもうなくなる!」という噂が流れ、
昨日は朝から皆でガソリンスタンド詣で。
で、市内のガソリンスタンドはすべて完売となってしまったそうです。
私が帰る時には、ガソリンスタンドも閉店してましたね。


昨日、政府が遂に重い腰を上げて、組合との話し合い。
でも「ストライキをやめろ~」という、かなり一方的なものだったらしい?
22時になってテレビで大統領が
「道路を車両で塞いで通行を妨げるのは違法行為、
 あたしゃ、内務省に違法行為は取り締まれと命令したわよ」
とやったらしいです。
昨日は眠かったので見逃しました・・・・・・。


で早速軍隊やら警察やら派遣して、逮捕されちゃった人もいるみたいですよ・・・。


まだまだ書きたいこともあるのですが、
今日はあまり時間がないので、今晩もし眠気が襲わなかったらまた書きます。



[ 2008/05/08 06:39 ] できごととか | TB(0) | CM(0)

ビクトル・リベラのこと - インタビュー(2) 

ちょっとご無沙汰気味ですが。


もう一つ、リベラの最後のインタビューを。
本文はここから取っています。
Prensa Libre


このリンク先、スピーカーのマークをクリックすると
インタビュー時の音声が聞こえます。
(スピーカーたくさんありますが、全部別の録音です)
リベラ、本当にスペイン語ネイティブか!?
と思うくらい、ゆっくりとしたテンポで話す人です。
いろいろと考えながら話すとこういうテンポになるんでしょうかね?





あなたが更迭された理由の一つは、ご自分のタスクチームを率いて
陰の組織を形成しているのではないか、ということのようですが。

このチームが陰の組織だという噂がどこから出てきたのか、私も知りたいよ。
私は政府と契約しており、チームのメンバーは警察官だ。
私達のチームは被害者の救済と事件の追及を行うためのもので、
その中で犯罪者の組織を解明するために手口の分析をするわけだ。
このタスクフォースが実際に何なのかというコンセプトが存在していることは重要だよ、
だけど、他のことを考える人たちもいるんだな。
私達がペンタゴンだとかさ。皆現実を見なきゃ。
私達が特別に持っているものと言えば、
捜査している事件の犯人を究明するための並外れた意志と苦労だけだ。
最終的には調べたものはすべて検察庁へ行くんだし。


あなたはお金を払ってくれる人の事件だけを調査して、
手数料を受け取っていたと言われていますが。


それはまったくのデタラメだよ。
大金持ちの人から資力のない人たちの事件までいろいろ手がけたさ。
この前はチマルテナンゴの事件を手がけたばかりだ。
貧しい家庭の少女が誘拐された事件で、
被害者はもう家にいるし、逮捕命令はもう請求してある。
この事件を知ったのは真夜中のことだった。
他の人なら多分、
「チマルテナンゴか。明日行けばいいさ」と言ったんじゃないかな。
でもね、そんなわけにはいかないよ。
深夜12時に知らせを受けて、その時間に出かけたよ、
1時にはOn The Runってコンビニエンス・ストアにいたね。全員集合さ。
翌朝早く、被害者の父親は検察に被害届を出したんだ。


あなたは公に出ることを好まれませんよね。
多分、それで人付き合いをしない人だと思われているのではないでしょうか。


それは事実だよ。
だけれど、機会さえあれば私達が何で、
何のために苦労し、何をしてきたかってのは説明してきたよ。
エルサルバドルでは、かつてはいろんな人に感謝されたけれど、
今では犯罪者扱いだ。
ビラノバ青年を殺し、逮捕命令がありながら逃げたと言われている。


あなたに対する直接攻撃はどこから来るのだと思われますか。

エルサルバドルでは私は嫌われているから・・・。
いや、待ってくれ、ここにメモを持ってきてるから。
1984年から85年、エルサルバドルで興味深い誘拐事件が多発したんだ。
1985年、エリ・バハラが誘拐された。
ハバラは現在トニィ・サカ(注:アントニオ・サカ)大統領の側近として活躍している。
それからホセ・ルイス・タブラス、
誘拐事件の後、こっちに住んでいるベノトゥロ、
エルサルバドルに住んでいたグアテマラ人で、
ビフリオやオルティス・マンシーヤの代理人であったビクトル・レネ・コルドン。
オルティス・マンシーヤは外相にもなったな。
いずれも皆、エルサルバドルの右の勢力だ。
いずれも6ヶ月から9ヶ月の間人質となっていた。数日間じゃないんだよ。
オルティス・マンシーヤの解放の最後の段階で、
犯人らは被害者に誘拐を実行したのがFMLNだと信じ込ませようとしたが、
それは事実ではなく、エルサルバドルの右の勢力だったことが明らかになった。
右が右の人物を誘拐していたというわけだ。
ゲリラが誘拐犯だと信じ込ませようとするなんて、汚いやり方だね。


それを明らかにしたツケを払わされているのだと思われますか。

まあ、ちょっと見てみようか。
ARENA(エルサルバドル共和連合)に所属していた
大佐や少佐といった将校や軍人らに逮捕命令が出たわけだ。
おまけにArenaの事務局長アントニオ・コルネッホの自宅まで家宅捜索されたしね。
当時は、エルサルバドルの左翼にとっては、サカリアスは何だったと思う?
王様さ!私達が左翼ではなく、
右翼が左翼に見せかけてやろうとしたんだということを証明したわけだからね。


エルサルバドルの国会議員たちが殺された事件でも、
犯人は左だといわれていましたが。


その通り。私にもそういう情報を流してきたよ。
興味深いことに、これらの将校たちの何人かは
エルサルバドルからグアテマラに逃げてきた。
とある著名な人物の所有する店でコーヒーを飲んでるわけさ。
彼らは知っているし、彼らは私達が知っているということも知っている。
おまけに、ある時はその店で逮捕して、国境で引き渡されたこともあったよ。


防諜の世界に足を踏み入れられたのはどうしてですか?

1992年から93年にかけて、
エルサルバドルで起きたいくつかの誘拐事件の捜査を頼まれたんだ。
Arenaの財務担当だったビリ・ソル、
経営者のグアヨ・サルメ、
内戦時にいくつもの軍事施設の建設を手がけた技師のネルソン・マチュカの息子、
プレンサ・グラフィカ紙の社主の甥、アルベルト・ヒル・ドゥトリスとかね。
9ヶ月間、アルベルトのために働いていたのは誰かって、
彼の父親に聞いてみるといいよ。あわれなサカリアスだって答えるだろう。
それらの誘拐事件の話を聞いた時、私は別の国で仕事をしていたけれど、
エルサルバドル駐在の軍事アタッシェが
私のことをクリスティアニ大統領に話して、
大統領が会いたいと言っていると連絡してきたんだ。
そこで私はビリ・ソル氏と会った。
その時にはすでに事件が軍の仕業だとわかっている、
軍は和平条約にサインをしたつけを
フレディ(アルフレド・クリスティアニ、当時大統領)に払わせようとしているだけで、
やることが一杯あるんじゃないかと心配する必要はないと言われた。


だけでそうじゃなかったんだな。


仕事を始めて9ヶ月か10ヶ月くらいたったころ、
誘拐犯が誰かを報告するために大統領に会見を申し込んだ。
今度は右ではなくてFMLNが軍の振りをしていたんだよ。
陰で糸を引いていたのはエルサルバドルの共産党(注:FMLN)の指導者、
シャフィック・ハンダルだった。
以前は私は右の敵で左の友だったけれど、今度は反対になってしまった。
差し引きゼロで、どちらからも嫌われるハメとなったんだ。


グアテマラではフランクに何が起こったのでしょうか?
誰かにとって嫌な存在であったと思われますか?

ちょっと分析してみようか。
2度目にエルサルバドルを後にする前、ビラノバ事件が起こった。
当時既にグアテマラの政財界の人たちを知っていたし、
アルバロ・アルスーが大統領になったら来ないかとも言われていた。
ビラノバ事件が起こったのが1995年の9月で、
私達のささやかなタスクフォースは完全に仕事をこなし、
検察には遺体と証拠のある場所の情報を提供した。
私達は捜査員であって、捜査される側ではなかったんだ。
だからこそ不思議なんだな。
彼の死の責任をどうして私になすりつけるのか、と。


グアテマラには1996年にやってこられた。

アルスー政権の時にやって来た。
政府の中で仕事をして欲しいということだったのでと契約をした。
裁判所に事件を持ち込めるように、ってね。
でもアルフォンソ・ポルティーヨ政権でも、
オスカル・ベルシェ政権でも続けて仕事をした。
常に政府の一員として仕事をしてきたのであって、
私立探偵として仕事をしたことは一度もないよ。


ですが、エンプレサリアル・ビル(注:オフィスビル)で仕事されていましたよね?

内務省の中にはスペースがなかったんでね。
だけれど、いろんな人と会合を持ったのは相手の家とか、公の場所とか、
いつも相手にあわせていたよ。


前内務省長官のカルロス・ビエルマンは、
どうしてあなたを内務省内に移動させることにしたのでしょうか?

それは彼の決定であって、私は内務省のために仕事をしただけだよ。
物理的に内務省にいてくれと頼まれたことはなかったが、
ビエルマン長官は私が側にいることを望んだわけだ。


ですが、そのために誘拐事件以外のものにも首を突っ込むこととなったわけですね?

いつだってそうだったよ。
私のチームは組織犯罪に対するもので、
恐喝、誘拐、銀行強盗、それ以外の特別なケースなどに係わってきた。
その中には、殺人事件もあったけれど、
私たちの仕事はテクニカルなもので、情報を交換し、分析するのが役目だった。
だだっ広いオフィスの中に100のスクリーンがあって、
ボタンを押したら殺人犯の名前が出てくるかって。とんでもないよ。
誰かの免許証のデータが必要なら、誰かを6区(注:警察庁本部)に行かせるわけさ。
銀行口座のデータが必要なら友だちに頼めばもらえるが、
どれもこれもテクニカルなデータだよ、
こういったものは皆、必ず検察庁に行くわけさ。


特別な大事件の中にはエルサルバドルの議員らの殺人事件もありましたね。
あなたの存在が明るみに出た上で
このような複雑な事件に手をだすというのはどういう意味があるのでしょか。

この事件は最初は誘拐事件と見られていたんだよ、
亡くなった議員たちの共通の友人から誘拐された、と聞いたんだ。
家族らも私達も、これが別のタイプの犯罪だとは想像もしていなかった。
私達は18:30にエルサルバドル街道にいたんだが、
その時電話で、車が燃えているという情報を受けたんだ。
その場所を探して、その友人と一緒に現場にたどりついたんだ。
その車とナンバーを見て気がついたよ・・・・・・。
あの2月19日は霧雨の激しい日だった。
現場には至るところに灰が飛んでいた。


そこに皆がやってきたわけですね。

長官、検察庁長官が来た。私はトニィ・サカと連絡を取っていた。
ロドリゴ・アビラがやって来るというので待っていた。
グアテマラ政府は決定を取って私に言った。
「リベラ警視、おたくのチームにこの件をお願いしたいんだが」。
それまではどんな容疑者もいなかったが、
あの時は現場でエルサルバドル当局の人物がほとんど直感的に
「役に立つかどうかはわからないが、
私はいつもピチンテのことを疑っていたんだ」って言ってたな。
4時に検察庁で集まることになった。
検察庁にはもうグアテマラ入りしていた議員らの家族もやって来て、
その会合に立ち会った。
遺族のある人が、「彼にはいつも気をつけるようにと言ってたんだ。
ピチンテとの会合のことは信用していなかった」。
別のエルサルバドル人もこれを確認した。
こうして仕事に取り掛かったんだ。
その後のストーリーは知っているだろう、
現場や、関係者や、電話、車、武器を分析し、逮捕命令を請求した。
電話の分析から、事件の容疑者が浮かび上がった。
こういった仕事は皆、私のささやかなタスクフォースが行ったんだよ。


(マヌエル・)カスティーヨの逮捕はそんなに難しいものだったのですか?

彼をずっと探していたからね、家宅捜索をしたらどうかと言ったんだが。
ある人から、当時の警察庁長官エルウィン・スペリセンと
犯罪捜査局の局長ハビエル・フィゲロアも関係していたのかと尋ねられた。
検察が捜査をしていたんだが、
私達の捜査の段階で他の人間が関係しているのが明らかになり、
私達が逮捕命令を請求することもできたんだ。


以前、フィゲロアがあなたと一緒に仕事をしていたと言われていましたが。

警官たちに聞いてごらんよ。どんな指示を受けていたか聞いてごらん。
実際には、そんな関係を持つことは禁じられていたんだ。


フィゲロアを信用していなかった、ということですか?

道にいる警官(un policia en carrera)と
キャリア警官(un policia de carrera)には大きな違いがあるだろう。
それに、こういうことはプロフェッショナルかつ目的を定めてやらないといけない。
スタイルの問題があると感じていた。
私達はより保守的なスタイルを取っていた。
今なら一般的に3つのことを気にしないといけないかな。
1つ目は捜査状況については秘密を厳守すること、
2つ目は仕事に集中し、仕事に没頭すること、
3つ目は自立していること。
だけど、私達の情報はどれもすべて、検察と内務省がもっているよ。


ですが、長官の声明ではあなたはいろんな事件を担当しているのではなく、
恐喝事件だけを捜査しているのだとのことでしたが。

そうかい、報告書を見てみるがいいさ。
私は警官として43年間活動してきた。
43年間警官として命を捧げてきたのだよ。


評価されないような仕事に、
どうしてそこまで入れ込むことができるのだろうと問う人もいますが?

仕事に熱中できるのには5つの理由がある。
1つ目は倫理、
2つ目がモチベーション、
3つ目が情熱、
4つ目が組織、
最後が従事することだ。
そりゃあ簡単じゃないよ、金曜日の午後になって家族に
ある誘拐事件を担当することになったから
「どんな週末だったか月曜日に教えてくれ」って言うのはね。
それが12月23日とか12月30日でも一緒だよ、
「じゃ、1月になってからね」って言えるかい。


あなたが誘拐事件を担当する一方で
内務省との契約がもう延長されないとわかった時、
ご家族には何とおっしゃいましたか?

なんにも。ハッピーエンドだったよ。


他の国から仕事のオファーを受けていますか?

いや。誰からもオファーを受けていないよ。
まったくのデタラメだ。
チームはまだここにあって、情報の部分で活動している。


ですが、もし明日誘拐事件が起こったとして、どうしたらいいのでしょう?
誰に相談したらよいのでしょう?

警察の誘拐対策班とか、検察とか。


ですが、誘拐対策班はオペレーション用のグループですよね?

あれはチームプレーだったからね。
私たちは仕事を完結させるための役割を担っていた。
大切なのは組織として機能する、ということだよ。


今後は何をなさりたいですか?

政府は契約を解除することができるからな。
まず最初に神と政府に感謝だな。
13年間も被害者救済のために働く機会を与えてもらったんだから。
もう政府の一員として働くことができないのなら、
告訴できるものはすべて告訴するために時間と戦わなければ。
経験と知識が私個人の財産だよ。
そして誰にも迷惑をかけることなく、
誰かまた被害者のために働く機会があればそうするだろう。


グアテマラを離れられるのですか?

いや。


グアテマラでの組織犯罪との戦いでは、
短期ではどんなことが起こると思われますか?

政府にとって重要なことは、常に犯罪哲学を描き、推進すること、
そして優先順位の高いものに資金を投入していくことだ。
政府の優先順位が治安対策にあるのなら、
政府は資金をこの分野に投入するのがアタリマエだと思うが。


グアテマラの麻薬カルテルについては何かご意見がありますか?

調査の結果を踏まえて言うなら、ここにあるのは組織だ。
カルテルが存在するのはコロンビアとメキシコだな。
元々あるグループは70年代から活動しているし、
ここ数年の間に新しくやってきたものもある。
でここで、古くからあるグループと新しいグループの中で勢力争いが起きるわけだ。
状況っていうのは重要なんだよ。


内務省は組織犯罪との戦いを続ける必要があると思いますか?

Digci(注:犯罪捜査局)があるし、国内にも諜報システムがある。
諜報システムと言っても、見聞きした限りでは組織犯罪を対象にしているようだが。
警察は警察活動を法的に行うための機関であって、検察と協力することで
組織犯罪の取締りを強化することができる。
そうすることでよりよい結果を得ることができるだろう。


誘拐団が復活してきたことは憂慮されませんか?

彼らはリスクだが、大切なのは、仕事のリズムを守り、
どこにいようと犯罪行為の現場に顔を隠すことなく立ち会うことだ。


ご自分の身の安全は気になさらないのですか?

この13年間、私達はいつも市民の身の安全を心配してきたし、
もちろん、自分自身の身の安全にも気をつけなければならない。
経験が教えてくれるのは・・・・・・(沈黙)、
積極的・受動的に、安全には別の要素があるということだ、
目に見えるようなものじゃないし、
個々人が安全であるために必要だと思われるものだ。


たとえば?

状況に応じて常に準備しておくこと。


脅迫を受けたり、襲われたことはありますか?

襲われたことはあるが、脅迫はないね、
私たちに何かしようと思う奴らは教えてくれなんかくれないよ、
だけれどお金の係わった犯罪ってのは驚くべき要素を持っている。
襲ってきた相手の一つは、ベネズエラの殺し屋グループだった。
奴らは150人を殺したんだ。


どうやって生き延びたのですか?

まだ死ぬ日じゃなかったんだな。撃たれてヘリで病院に運ばれた。
手術を受けて、ここにいるってわけさ。
他にもいろいろあったけれど、乗り越えてきたよ。


政府の一員ではなくなるので、何か対策を取られるつもりですか?

目立たないからね、いつだって目立たないようにしてきたんだ。
私たちの仕事については、あまりに多くのフィクションがあると感じているよ。


あなたがこの仕事を続けることを望まないのは誰だと思われますか?

隣人に仕えるというこの仕事、被害者を救済し、
犯罪者を明らかにするために捜査を行うという仕事に携わってきた中で、
誰かを不愉快にさせたこともあるだろう、
だけれど私達は自分達がやってきたことは誰にも迷惑を及ぼす類のものではなく、
反対にこの国、この政府に貢献することになると確信している。
ここにやって来てから、誰とも競争するようなことはなかったしね、
到着した瞬間から経験を分かち合ってきた。
だからこそ1年中来る日も来る日も同じリズムで
仕事を続けているチームがいるわけさ、
国を良くするためにやっていると確信しているからさ。


長官がもう契約を延長しないと行って来た時、
どう感じられましたか?がっかりされましたか?

それが政府の決定だということを理解した。
警察官として、従うしかないだろう。


しばらくお休みになられるのですか、
それともそんな習慣は持っていらっしゃらないのでしょうか?

逆説的なんだけれど、たくさん休みすぎると人間は能力と気力を失うと思うよ。


将来はどうされるつもりですか?

私達の素晴らしい活動は私達の名前で行ってきた、
つまり、墓場まで持っていけるってわけさ。
そして息子達や孫たちに残すことのできる大きな遺産はそれだよ、私達の名前さ。
彼らを育てるためにやらなきゃいけないことは重要だよ。
私達が良心と法に従って仕事をし、すべてを秩序正しく、倫理に基づいてやるなら、
それは自分の名誉のためにやってるってことさ。
私の娘はジャーナリズムを専攻しているが、
父親が犯罪者だと言われることは、私にとっては辛いことだ。
私の娘は、どの娘でも同じだけれど、父親を愛しているんだよ。



[ 2008/05/05 23:09 ] ニュース | TB(0) | CM(0)

休日は空港で 

以前からたびたび書いておりますが、我が家の小僧は大の飛行機好き。
空港へ行って飛行機を見るのは、小さい頃から大好きな暇つぶし趣味。


この1日は労働者の日の祝日で休みだったのですが、
「どこ行きたい?」
「空港!」


またかよ~、と思いながらも、
あまり金のかからない行き先だからいいっかぁ~、と
今日も出かけたのでした。


Terminal



ラ・アウロラ国際空港、まだ改装中ですが、北側のターミナルはほぼ完成。
右奥に見える19番と20番ゲートのあたりをまだもさもさやってますが・・・。
左手奥、空港の向こう側、ビルの並んでいる辺りが第14区になります。


この写真を撮ったところ、空港から市街地に入る道路沿いなのですが、
空港の周囲に金網が張られていて、
飛行機がものすご~く良く見えるポイントになってます。
なので、休日なんかは、この道路沿いにずら~っと車が並んで
飛行機見物をする人たちで賑やか。


ただし、この日は、私達が着いた3時半ころはまだ暑かったのですが、
その頃から風が強く吹き始め、
4時半頃には空港を吹き抜ける風は台風並み、
おまけに空も曇ってきていて、無茶苦茶寒かったです。
いつも、上着いるかなぁ、とか思いながら、
出かける時点で暑いと置きっぱなしにしちゃうんですよね・・・。
帰る頃には小僧も私も鳥肌立ってました。


さて。今日のお目当てはイベリア航空。
マドリードから週3本やってくるこの便は
グアテマラにやって来る路線の中では最長。
当然、グアテマラにやって来る定期便の中では一番大きな飛行機です。


Iberia


機体はエアバスのA340-600。
最近、A380が最大の飛行機として話題を呼んでいますが、
A340-600はそのA380よりも「長い」飛行機。
その長さ、75m。A380は70m弱だったかな。


という訳で、着陸のアプローチが市街地側からだったりすると、
今にもそこら辺のビルか何かにひっかりそうで、見ていてハラハラ。
そこら辺にあるものの上に圧し掛かるように高度を落としてくる様は迫力満点。


普段は中央ターミナルにあるゲートを使うんだけれど、
今日はなぜか北ターミナルの一番端っこのゲートを使用。
お陰で駐機する様子とかが良く見られて小僧は大喜び。


Ibera y Taca Regional


私達がカンクンに行った時に乗った50人乗りのATR-42が
A340-600をよっこいしょっと迂回してターミナルへ入ってきたところ。
いやいやこの大きさの違いはものすごい。


その奥に3つくらい尾翼が見えているのは地元のタカ航空。
こちらはエアバスのA-310と320だったかな?


もうこの頃は風がものすごくって、雨も降りそうな雲だったし、
早く帰りたかったんだけれど、
小僧は
「イベリアが離陸するまで~!」
と鳥肌立てながら頑張ってるしね・・・。


このイベリア定刻から遅れてやって来ることが多いのですが、
この日も40分遅れでやって来て、1時間後に離陸致しました。
一番大変そうだったのは貨物の積み下ろし。
図体が大きい分、貨物もたくさん詰め込めるわけですが、
何とか貨物を下ろして積み込み始めたまでは良かったけれど、
最後の4個くらい、どうもスペースがなくて?なかなか積み込めない。
すったもんだと奥の方からきちんと整理したのかなぁ?
それとも他の荷物と入れ替えてたのかも?ですが、
15分ほど経ってからやっと積み込んでました。
それと同時にゲートを離れてもう離陸。


アウロラの滑走路は3800m。
A320なんかは滑走路の真ん中辺りでもう離陸しちゃうんですが、
A340-600ともなると、だだだーーーーーっと向こうの方まで行って、
やっとよっこいしょっ!と機首を持ち上げる感じ。
まあ、その辺りは今日はターミナルに隠れて見れなかったんですが、
やっぱり迫力あります。


それにしても男の子って、どうして乗り物好きなんでしょうね?



[ 2008/05/01 23:55 ] できごととか | TB(0) | CM(0)