CEJUSA創立50周年 

Cejusa創立50周年我が家の小僧は某国立大学の
サッカークラブのユースでプレーしているのですが、
そのチームが毎週末に試合をする、
CEJUSAというところが50周年を迎えたんだそうです。


CEJUSA(セフーサ)って、Centro Juvenil Salesianoの略。
サレジオ会青少年センター、って感じですかね。


サレジオ会はカトリック教会の修道会の一つで、
19世紀にイタリアでヨハネ・ボスコが創立しています。
青少年の育成に力を入れている修道会。


なので私的にはサレジオ会というと
スータンを着た神父様やら神学生が
子供達なんかと一緒にサッカーをしているところが浮かぶんですが、
日本だと、大阪星光学院といった進学校が有名でしょうか。


CEJUSAもそういう活動の一環として創立されていて、
サッカーやらバスケやらスカウト活動なんかが行われています。


えーっと、スカウト、って将来うまくなりそうな選手を発掘するスカウトじゃなくって、
ボーイスカウトとかガールスカウトとかの方のスカウトです、念のため。


カトリックの施設ですから、記念行事と言えばもちろんミサです。
とは言え、サッカーやってる子からスカウトの子達、
加えてその親まで入る教会なんてなかなかないですよ。
というわけで、ミサは野外で行われました。
司式はニカラグアからはるばるやってきた
ミゲル・オバンド・イ・ブラボ前マナグア司教(Miguel Obando y Bravo)。


この名前にピンと来た方は、ニカラグアの歴史に詳しい方です。
アタナシオ・ソモサ時代には「ミゲル司令官」と
ゲリラの一員でもあるかのように揶揄され、
でもってサンディニスタ政権が成立すると
今度はアメリカ寄りになってみたりと、
立ち位置にはいろいろと批判のあった方でした。


まあでも、難しい時代でしたからね・・・、
それにニカラグアはグアテマラよりはずっとマシに見える。
気のせいかもしれないけれど・・・。
それにしても、御年82歳のミゲル・イ・オバンド司教、
サレジオ会員だったとは知らなかったよ!
神学生時代をグアテマラで過ごし、
CEJUSA創立メンバーの1人だったというからびっくりです。


CEJUSAという施設、グアテマラだけじゃなくて、
サレジオ会のあるところ、ほとんど世界中にあるんじゃないかな?
日本はどうだかわかりませんが、
スペイン語圏の国にはかなり広範にあるようです。
外で気軽に遊んだりできない、グアテマラシティーのようなところでは
こういう場所はとっても貴重。
芝生の上を思いっきり走り回れる、ってだけでも、
サッカーをやってる甲斐があるというものです(え?)。


この50周年式典、もちろんサッカーもついてます。
土・日と2日間で行われるトーナメント。
10分ハーフの試合だったんですが、
小僧チームは土曜日の初戦で惜敗。
日曜日には準決勝と決勝が行われたようですが、
自分のところが負けてしまったら、後はどうでもよくなるっての、世の中の常ですよね?
ミサの後は、とっとと帰宅。


会場には食べ物の屋台の他、
なぜか車のディーラーが車を並べて販売会までしてたりで、
そのミスマッチがなかなかユニーク。
毎年あってもいいですけどね、この50周年記念式典・・・・・・。


[ 2008/04/27 23:31 ] できごととか | TB(0) | CM(0)

ビクトル・リベラのこと - インタビュー(1) 

もうしばらくリベラの話にお付き合いください。
2007年3月、例の中米議会議員殺人事件があった後、
リベラの存在が明るみに出ます。


そしてエルサルバドルで起こったように
「警察とは別の陰の警察組織がある」との非難が出たのもこの時期です。


実際問題としては、以前から内務省顧問として活動しており、
2006年にアウロラ国際空港で大金が盗まれた事件では、
警察の取材にも応じていたりするんですが。
http://www.prensalibre.com/pl/2006/octubre/05/153199.html


2007年3月にPrensa Libre紙がリベラにインタビューをしています。
今日はその記事を。
http://www.prensalibre.com/pl/2007/marzo/18/166088.html





現在の警察は10年前と比べて、
以前よりも犯罪組織の関係者が内部に入り込んでいると思われますか?


現在の警察は間違いなく以前よりもいい人材を抱えている。
もちろん、中にはものすごく良い人材もあれば、あまりよくない人材もいるものだ。
最近のケース(エルサルバドル中米議会議員殺人事件)では、
この犯罪に加担したとされる4人は、
警察の中では非常に優れた人材だったとされている。
憂慮すべきことだ。


犯罪組織は警察官を取り込むことで自分達の目標を遂げているが、
これは一方通行ではなく、両方のサイドから行われるものだ。
インテリジェンス組織も、
自分のところの人物を犯罪組織に送り込んでダブルエージェントとするからね。
世界中のいたるところで、
日々、犯罪組織いついての新たな情報が得られる、というわけだ。


世界的にとおっしゃいましたが、グアテマラでもそれが行われているということですか?

その通り、グアテマラでも行われている。
犯罪組織がある人物を抱えているからと言って、
警官皆が彼らの配下にあるというわけではないさ。


一般に影響を与えると知りながら、
警察官4人を司法に引渡したのはどうしてですか?


私達のスローガンは「悪魔とは手を組まない」ってことだ。
4人は自首する前に、取引をしようとした。


悪魔とは手を組まない、という哲学を貫く上で、
私は2度ばかり厳しい立場に追い込まれたことがある。
1986年、エルサルバドルで誘拐犯グループに軍人が数人おり、
今回と似たような状況になった時のことだ。
私は当時の国防相に証拠を提示し、
犯人を逮捕して司法の手にゆだねるべきだと言った。
しばらくの間、これは国防省を激しく脅かすこととなるかもしれないが、
中長期的に見れば、同省を強化することとなる。
警察組織の人物だったということにしておこう、という話もあったが、
結局、真実を隠すことはできなかった。


逮捕された警察官は何を要求したのでしょう?

彼らは殺人を指示した人物についての情報を提供すると言ってきたが、
証人保護プログラムを採用できるかどうかは
検察庁が決めることだ、と答えるしかなかった。
私個人として、何を提供することができるというんだい?


でも今では、あなた方が彼らを刑務所で殺害するよう命令したと言われていますが?

警察官として、私は常に目的を最大限果たせるよう訓練を受けてきた。
最初の内はセンセーショナルな感情が沸き起こるものだけれど、
あまりいいとは言えないね。
警官4人が死んだということは、
もちろん、真実を追究するためにもっと仕事をしなければならないということだ。
そのためにもっと集中して仕事をしているよ。


この4人が、警察内部の誰かに影響を及ぼすような情報を持っていて、
そのために殺されたのだと思われますか?


私には何も言わなかったよ。
現在のところ機密情報はないし、そういう情報を彼らが提供したという話も聞かない。
この事件の主犯や他の実行犯についての
情報を提供する用意があったということを知っているだけだ。


あなたは、内務省に属する陰の組織に属していらっしゃるのでしょうか。

歴史を遡ってみよう。
ベネズエラの諜報機関から退いた後、
1982年の終わりから83年の初めにかけて、
私は公安機関に協力するプログラムに携わった。
その後エルサルバドルに行き、顧問として仕事をした。


その当時、エルサルバドルの警察機関は全て国防省に属しており、
一方、同国は困難な局面にあった。


正にエルサルバドルが困難な局面にあったからこそ、
超法規的処刑を行うグループが誕生したわけだ。


エルサルバドルにいた間、
逮捕された人物が良い側にいるかそうでないかに係わらず、
私のチームは不適切な取引をとしたことはないよ。


状況をよりよく把握できるよう、分析班を強化するために努力した。
私達のタスクフォースは警察組織に並行して存在するものではなかったし、
ここと同じように、仕事は大統領によるものだった。
そのチームのことはあちらでもこちらでも、何百もの家族に知られているよ。
覆面して、武装して仕事しているわけじゃあないんだから。


問題は逮捕された4人が殺害されたってことだ。


エルサルバドルにいた頃は、
私達のタスクフォースが誰かの失踪を引き起こしたことは決してない。
現在のFMLNの議員の中にも、以前私達が話を聞いた人物がいる。
まだ生きているよ。
私達が誰に従っているのかは明らかじゃないかい?
長官と大統領さ。ここでは、秘密にしているものは何もないよ。


アメリカのCIAに協力されたことがありますか?

1983年から89年まで、タスクフォースはアメリカ大使館と連絡を取っていたよ。
つまり、その通り、だ。
情報局のエージェントなら、そんなことは決して口にしないだろう。
そこら辺の誰かが、あいつはCIAだと言ったからって、
必ずしもそうだってわけじゃないだろう。
外国からの協力があったってことは、秘密でもなんでもないよ。


サカリアスと名乗られたのはなぜですか?

コードネームだからね。
聖書の中からちょっと変わった名前を選んだんだが、
選ぶべきじゃなかったね。あまりない名前だからな。


だからこちらではもう少し一般的なフランクと名乗られたんでしょうか?

あまり目立たない名前だしね、年とともにいろいろと覚えていくものさ。
ここグアテマラで、私が武装しているのを見たことがあるのはほんのわずかの人だけだよ。


私が協力した家族達に聞いてごらん。
私が着いた途端に言うのは何か、ってね。
私の最大の武器は鉛筆だし、危機的な状況で使わないといけないのは頭さ。
私は人生で一度も防弾車を使ったことはないし、
運転手を雇ったことも、護衛をつけたこともないよ。警官になって42年さ。


でも、あなたは警察の前捜査局長ハビエル・フィゲロアと仕事をされましたが、
彼のスタイルは違っていましたね?


各人がそれぞれのキャラクターとスタイルを持っているのさ。
私は彼のスタイルについてどうこう言うつもりはないよ、
でも彼のスタイルは私のそれじゃあないさ。


でも、フィゲロアはあなたの配下にあった。

全然。


あなたはアルスーと仕事をされた・・・

ポルティーヨとベルシェともね。


でも、ポルティーヨの政権にはいらっしゃりませんでしたよね?

もちろんいたさ、内務省長官の配下にいたんだから。
だけれど、内務省に事務所を持っていたわけではないよ。


アルスー政権下では、いくつもの誘拐グループを逮捕されました。
現在では、犯人の多くはその場で死んで発見されます。どうしてでしょうか?


1996年以降、誘拐の件数は減っている。
現在は1990年代のクラシカルな誘拐グループはもう誘拐をしなくなっている。
近年の犯罪組織は、麻薬取引の影響を受けている。
誰か他の人物に誘拐の責任をなすりつけたり、
他の種類の犯罪グループに転身するのを見かけるよ。
ここ数年、犯人らの行動はより暴力的になっている。


それはつまり、公安部隊もより暴力的に振舞わざるを得ない、ということですか?

注意してみれば、この数年間、
警察のオペレーションで被害者が救出されるケースが
以前よりも増えていることに気がつくだろう。
このオペレーションは、検察と国防省の支援を得て誘拐対策班が行っているものだ。
この類のオペレーションは、相手に致命的なダメージを与えることができると
危機管理部門が判断した時に行われるものだ。


パンディーヤについては、超法規的処刑が行われていることは明らかです。
様々な社会組織が警察を直接非難していますが、どうなのでしょうか?


警察官として、超法規的処刑にはいかなる状況下にあっても賛成しない。
私は超法規的処刑に従事しているという人物を知らない。
ここに来て12年経つが、ここでもエルサルバドルでも、私の生まれた国でも、
大統領や長官や上司から、法に触れる行動をしろと命令されたことはない。
そんなタイプの仕事は受けられない。
私の哲学は逮捕することだ。


この2つの事件の背後には別の、陰の組織が存在し、
それが明らかになることを恐れる人物によるものであると思われますか?


そう見えるのは議員らの殺人を実行した犯人が警察内部にいたということを
捜査チームが明らかにしたからだろう。
でも実際のところ、危機を解決するにはこの方法しかないよ。
もしこの事件にそれ以上の背後関係があるのなら、やがて公に現れるだろう。



[ 2008/04/25 22:27 ] ニュース | TB(0) | CM(0)

メンデス・ビデス 「らい病者」 

実は、職場で業務用に使っているAccessで作ったデータベース、
使い始めてもう3年目になるのかな?9000件くらいのデータがあるのですが、
今年、そのDBの基本となっているコードが大幅に改変され、
お陰で私もDBに手を加えねばならず、
いろいろやっている内にいろいろと不具合が発生するようになって、
昨日・今日と、別のPCまで借り出して
あーでもない、こーでもないとやっていたのですが、
結論として、やっぱり最初から組み直すしかない!ということが判明しました。


それまでにもRDBを触ったことはあったのですが、
アクセスで作ったのはこのRDBが初めてで、
まだ右と左くらいしかわらかないうちにやり始めたこともあって、
かなり妙な造りになっているのですよね。


「そのうち、根本的にやり直さないといけないよな~」
とはずーーーーーっと以前から思っていたのですが、
「そのうち」ってのは「遠い未来」だとばかり思ってたんだけれどな・・・。


そんなこんなで、今日はかなり目がしょぼしょぼしている上、
神経も疲れているので、細かい話が書けません。


という、ここまでが前振り(言い訳とも言う・・・)、って長すぎですが。


今日はこの前読んだ本の話など、とりとめもなく書いてみたいと思います。





メンデス・ビデス(Méndez Vides)、本名はAdolfo Méndez Videsかな。
グアテマラ人の現代作家で、
エル・ペリオディコ紙にはコラムも執筆しています。


そのメンデス・ビデスのEl Leproso(エル・レプローソ)という小説を読みました。
日本語にすれば「らい病者」。らい病って差別語でしたっけか?
でも「ハンセン氏病持ち」では小説のタイトルにはならんだろう・・・。
本当のらい病患者が出てくるわけではありませんが、意味深なタイトルです。


この小説、グアテマラでの生活に耐え切れず、
アメリカはロサンゼルスへと渡っていったカンチェ・チャベスが
10年振りに故郷のグアテマラシティーに戻ってくるところから始まります。
(え~と、思いっきりネタばれします。読もう!と思う方は注意)


カンチェ・チャベス、ぱりっとした身なりに格好いい車で
自分の町、ベタニアへ凱旋。
まるでヒーローのように祭り上げられるのですが、
実はアメリカでの生活に疲れ果て、
家族や友人たちのいる故郷での生活に戻りたいと思って来たのでした。


ここで注目して頂きたいのは、ベタニアという設定。
ここ、実は市内でも超危険地域として有名なところです。
ファーストフードのデリバリーはおろか、
宅配便すら配達を拒否するような町なのですが、
カンチェ・チャベスが家を後にした頃はまだそうではなかったらしい。


この小説を読めば、ベタニアの人たちさえ
他愛のない、どこにでもいるグアテマラ人のようにも思えますが・・・、
私自身、近づこうとも思わないので、真実のところはわかりません。


それはともかく。
そんなベタニアの人たちのところへ戻ってきたカンチェ・チャベス、
憩いの場所を求めていたのでしょうが、
友人の元にはおろか、家族の元にすらそれを求めることができず、
まるでらい病者ででもあるかのように
ベタニアから吐き出されたところで小説は終わります。


なんとも救いようのない、足元が沈んでいくような感覚に襲われる結末。
カンチェ・チャベスのように、現実に満足できず、
より良いものを目指してリスクを犯すものが直面する現実の厳しさと、
現実の流れの中を泳げるもののしたたかさ。不条理さが切ないな・・・・・・。


評点は星5つのうち3.5。
メンデス・ビデスの別の作品もちょっと読んでみたくなりました。


メンデス・ビデスについてはWikipedia(スペイン語)をご参照ください。
http://es.wikipedia.org/wiki/Adolfo_M%C3%A9ndez_Vides



[ 2008/04/24 23:05 ] | TB(0) | CM(0)

ビクトル・リベラのこと - グアテマラ時代 

私の悪い癖で、書き始めておきながら、
中途半端で放ったらかしになっておりましたが。
今日はちょっと余力があるので書き進めてみます。


リベラのグアテマラでの仕事ぶり、
実はあまり公には知られておりません。
大体、その存在が一般に知られるようになったのは、
例のエルサルバドルの中米議会議員殺人事件の後。


1996年にグアテマラ入りし、
アルスー政権下の内務省長官のコンサルタントに。
当時のグアテマラでは、疫病のように誘拐が流行し、
1995年には何と1000件以上が発生したとか。


リベラがかかわったとされる事件には次のようなものがあります。


ベベリー・サンドバル誘拐殺人事件

リベラが最初に手がけたとされる事件。
当時大学生であったベベリーが1996年5月30日に誘拐され、
家族は何ヶ月にも渡ってベベリーを返してくれるよう求めていたのですが、
1996年11月4日、アマティトランの市営墓地に
身元不明遺体として埋葬されていたのがベベリーだったと判明。


この事件ではアゴスト・ネグロ(黒い八月)という
誘拐グループが摘発・逮捕されておりますが、
ベベリーが拉致されていた間に、犯人グループの1人とベベリーとの間で
友情あるいは愛情をわかち合うに至ります(ストックホルム症候群)。
この人物の証言により、96年~98年頃に少なくとも15件の誘拐を実行したとされる
誘拐団の全員が逮捕され、
犯人らには死刑あるいは懲役刑が下されています。
この人物は証人保護法を適用された最初の人物だったかな?
証言の後、身元を変えてアメリカだったかカナダだったかに移住しております。


誘拐団AR-15の逮捕

フリオ・アロンソ・デ・ラ・クルスや
ロベルト・サエンス・ヤキ(96年5月10日)らの誘拐を実行したとされるグループ。
97年だったかに一味9人が逮捕され、98年に全員に懲役刑が下されております。


イサベル・ボニファシ・デ・ボトラン誘拐殺人事件

96 年11月16日に誘拐され、後に遺体で発見された
ボニファシ・デ・ボトラン(当時88歳)誘拐殺人事件では、
誘拐団ロス・パサコの一味が逮捕されています。


エルサルバドルとの国境に近い
フティアパ県のパサコ出身者で構成されているこのグループは
グアテマラ及びエルサルバドルで、
少なくとも30件の誘拐事件に関わったとされています。


ラ・アウロラ空港の現金強奪事件

2006年9月7日、ラ・アウロラ空港で、
現金輸送車からアメリカン航空に積み込まれるはずだった
現金800万ドルが強奪された事件。


犯人グループの何人かは逮捕されていますが、
主犯と見られるフランシスコ・エストゥアルド・アラナ大尉は逃亡中。





まだまだ他にもあるのですが、
あ、そう言えばこんなのもあったよな、と調べながら思い出したりしてます。
いやでも本当に、あの頃はひどかったです。


97年と言えば、私は今の職場に就職したばかりだったのですが、
それまでは一般のニュースに触れる機会もなかったのが
急に新聞を読み出すようになって、
とにかく毎日のように誘拐関連のニュースが載っていたのを記憶しています。


身代金の支払いにより被害者が返されるようなケースでは、
復讐を恐れる被害者一家は事件を告発することもなく、
従ってまた身代金目当ての事件が発生するという悪循環で、
そうした中で起こったベベリーの事件は、私にも印象の強いものでした。


家族・友人らは必死でベベリーを返してくれと活動を続けたものの、
数ヶ月前に墓地に埋葬されていた判別もつかないような遺体が発掘され、
彼女のものだったと明らかになった時のこととか、
改心した犯人の証言とか、
ドラマチックな展開をした事件であったのも事実なのですが。


リベラにとっては、グアテマラで初めて手がけた事件で
被害者が遺体で発見されるという結果となり、
あまり思い出したくない出来事だったのかもしれませんが。


さて、90年代半ばに流行した誘拐事件は、
99年頃から激減するのですが、
最近ではまた増加傾向にあるようです。


特に、アゴスト・ネグロの主犯格と目されるリゴリーコという人物は、
現在懲役50年の刑に服役中ですが、
刑務所(実際には拘置所の特別房に収容されているのですが)から
外の世界の組織を率いて、再び誘拐に手を染めているとされます。


リベラはこのグループの摘発のため、
逮捕令状と家宅捜索を請求していたとのことですが、
その逮捕令状も家宅捜索も、現在に至るまで実行されていないようです。
請求を行うはずの検察庁の検事総長は
リベラが逮捕令状などを請求していたということすら知らなかったようで、
さて、何がどこで一体どうなっているのやら・・・・・・。



[ 2008/04/21 22:37 ] ニュース | TB(0) | CM(0)

ビクトル・リベラのこと - エルサルバドル時代 

リベラの殺害を実行したのが誰なのか、今のところは不明です。
多くの危険な人物・組織を敵にしていたのは事実ですが、
なぜこのタイミングで殺害が実行されたのかも不明です。


リベラは更迭が決まった後、大統領への最終報告書を作成していたと言われ、
今後は事件の捜査に直接係わることはありませんでしたから、
素直に考えれば、復讐ではありますが・・・・・・。


もっとも、今日は事件そのものについてではなく、
ビクトル・リベラ(Víctor Rivera)という人の方に焦点をあててみたいと思います。
リベラについては、あまり公で語られることもなければ、
違法行為に係わっているのではないか、という指摘もある一方、
グアテマラやエルサルバドルの一番暗い闇を知る人物でもありましたから。


ベネズエラ人のリベラ、亡くなられた時は62歳でした。
ベネズエラで警察官としてこの分野に足を踏み入れ、
やがて組織犯罪捜査班ができた時には、班長?課長?隊長?まあなんでもいいですけれど
その部門のトップになっております。
CIAの情報提供者でもあったとか。


1983年にエルサルバドルへ。
1980年に内戦が勃発したエルサルバドル、
この時期は政治的理由による誘拐や暗殺の多かった時代でした。
当時の大統領はナポレオン・ドゥアルテで、
ベネズエラとの捜査協力協定の成立を受けて派遣されてきたのがリベラ。
この時期、リベラは「サカリアス」といコードネームを名乗り、
警官の教育・訓練に携わりながら
オスカル・アルヌルフォ・ロメロ大司教が暗殺された事件
財界人らが誘拐された事件等の捜査に係わっておりました。


そしてこれらの事件が左翼ゲリラ(FMLN)によるものではない、
ということを明らかにしたのもリベラでした。
ロベルト・ダビッソン少佐(Roberto d'Abuisson)と言えば、
当時のエルサルバドルでは泣く子も黙る絶大な権力を誇った人物。
84年の大統領選挙ではドゥアルテに負けて大統領にはなれなかったものの、
軍隊はもちろん、様々な得体の知れないグループを率いており、
誘拐、暗殺、何でもやり放題。
リベラの捜査のすべてはダビッソンにつながって行き、
身の危険を感じたリベラはエルサルバドルを去ってベネズエラに戻ります。


ダビッソンは1992年2月20日に癌で亡くなり、
「サカリアス」もその年にエルサルバドルへと帰ってきます。
この時は政府ではなく、財界の有力者からの熱心な招聘によるものだったとか。
誘拐被害にあった財界人らの相談役となり、
ウーゴ・バレーラ(Hugo Barrera)が内務省長官に就任した後は、
バレーラの顧問にも就任しています。


1995年。
アドリアーノ・ビラノバ(Adriano Vilanova)という医学部生が殺害されるという事件が起こります。
バレーラはこの事件の捜査をリベラに依頼。
その一方で、バレーラはアドリアーノ青年の両親に
「息子さんは麻薬とアルコールの影響で自殺されました」と告げるのですが、
納得できない両親は
「当局は事件の解明を妨げようとしている」と人権擁護局に訴えます。


人権擁護局は捜査を開始。
そしてサンサルバドル市内のとあるビルに
「内務省長官の名誉顧問で警察に属するサカリアス」という人物がいるのを突き止めます。
でも、このビルは警察とは何の関係もなく、サカリアスも警官ではなく。
確かに警察の犯罪捜査局と同じような役目を担っていたものの、
警察ではない、別の組織であったことが確認されます。


ビラノバ事件そのものは「同僚ら5人がアドリアーノ青年に暴行を加えて殺害した」という
とある警官の目撃証言により、解決します。
この警官は「自分の見たことをサカリアスにも伝えたが、黙っているように言われた」とも証言。


人権擁護局はこのサカリアスなる人物がビクトル・リベラであることを突き止め、
非合法な犯罪捜査局の存在を明らにした上、
リベラが「犯罪の糾明を妨げようとした」として告訴、
リベラには逮捕命令が出されます。


でも当のリベラは、一足早くグアテマラへと逃げ出していたのでした。


ここからはいささか余談です。
ダビッソンという名前を覚えていらっしゃる方はいらっしゃるでしょうか。
2007年2月19日にエルサルバドルの中米議会議員3人と運転手が
グアテマラで殺されるという事件
が起こっておりますが、
この時亡くなった中米議会議員の1人が
ロベルト・ダビッソンの息子、エドゥアルド・ダビッソンでした。


この日がロベルト・ダビッソンの死後ちょうど15周年を迎えようとしていた日であったのは、
単なる偶然だったのでしょうか。


この項、まだ続きます。


参考にさせて頂いたサイト




[ 2008/04/11 23:29 ] ニュース | TB(0) | CM(0)

ビクトル・リベラのこと - 暗殺 

7日の深夜に起こったこの事件のことを書いた方がいいものか、
書くとしてどう書いたらいいのか、いろいろ逡巡してみたのですが、
あまりいい考えの浮かばないまま、書き始めてみます。


国内の治安・公安を担当する内務省に、
ビクトル・リベラという人物がおりました。
肩書きは内務省顧問。
ベネズエラ人です。
犯罪事件のスペシャリストで、主に大事件の捜査に係わっておりましたが、
数日前に大統領から解雇されたばかり。


7日は第15区にあるレストランで21時にとある人物と会合を持ち、
その後23時過ぎにそのレストランを出、車で自宅に向っていたところ、
2台の車からの追跡を受け、
両側から挟みこまれる形で撃たれて亡くなりました。
同乗していたアシスタントは怪我を負ったものの、
命に別状がなかったのは不幸中の幸いではありました。
Siglo XXIの記事


このリベラという人物。
謎につつまれた部分の多い人ではあります。


グアテマラには現グアテマラ市長のアルバロ・アルスーが大統領だった
1996年にやって来たと言われています。
当時のグアテマラでは、身代金目的の誘拐事件が多発しており、
隣国エルサルバドルで誘拐事件のスペシャリストとして活躍していたリベラを
スカウトした模様。


実際、誘拐被害者の家族たちにとっては救世主のような存在だったといいます。
その何よりもの証拠は、リベラが亡くなった後、
新聞に多数掲載されたお悔やみの広告。
当時毎日のように起こっていた誘拐事件が
潮が引くように減少していったのにはリベラの活躍もあったのかもしれません。


またオスカル・ベルシェ大統領時には内務省長官のカルロス・ビエルマンの側近として
大事件の解明に当たっていたそうです。
2007年の2月にエルサルバドルの中米議会議員3人と
その運転手が殺された事件の捜査もリベラが行っていたとか。


そんな人物でしたから、リベラが殺された後、
「やばい事件を多数扱っていた人物を解雇して、
何の警備も提供しなかったのか」
と大統領や政府に非難轟々。


コロンがリベラを更迭した理由は定かではありません。
表向きには、多分、以前から指摘されていた
「秘密組織を指揮して(犯罪者を抹殺して)いる」
とかなんとか、違法行為があった(と言っても証明されていない)という辺り。


でもコロンの人事って、自分の側近で周囲を固めようとしているのがありありですから、
実際にはそちらの方なんじゃないの~?という見方が多数です。
特に、後任を決めないまま更迭を発表したことも
「まず更迭ありき」という印象を植え付けることとなりました。


そんなこんなで、リベラを惜しむ声はいろいろとあるのですが・・・・・・。
この項、続きます。



[ 2008/04/10 23:04 ] ニュース | TB(0) | CM(0)

グアテマラシティーの政策広報ビデオ - Tu eres la ciudad 

第3期目の任期となるグアテマラ市長のアルバロ・アルスー。
この方、頑固爺(おっと失礼)ではありますが、
やり手でもあり、市が音頭を取って導入した新交通システムのトランスメトロ
(って、バス専用レーンを走る連結器付バスのことですが)は
当初は大反対の声もありましたが、
現在は「安全で速い」交通機関として、市民に親しまれております。
まあ、大赤字なんだそうですが、
その辺りは交通違反の罰金で充当しているんだろうからいいとして。


で、そのアルスーさんが3期目を迎え、
スローガンに選んだのがTú eres la ciudad
日本語にすると「あなたが市」、
え~と、あまりに妙ちきりんなので英語のYou are the cityって方がおさまりが良いかな。


このスローガン、アルスーさんがニューヨークだったかな?を訪問した時に
どこかで目にして、「これ、使える!」とネコババしてきたらしいです。
著作権とかには引っかからないんでしょうね、どうでもいいですけれど。


ちなみに、これの前のスローガンはMunicipalidad Cumple!だったかな。
「市は仕事を果たします!」ってな感じでしょうか。
わかりやすいスローガンではありましたが、
それが取って変わって「あなたが市」、
そのココロは「あなたがこの町の主役」ってところなんでしょう。
いささか抽象的なスローガンで、はてさて?


というわけで、市の広報CMの登場です。
まずは見てくださいまし、このビデオ。30秒です。




え~とですね、歌詞は多分こんなです。



Seguimos con orgullo la tarea,
Y trabajos para ti es con amor,
Porque tú eres la riqueza de esta tierra,
Junto a ti nuestra ciudad se ve mejor,
Me importas tú, y tú,
Porque tú eres la ciudad,
Y tú, y tú me importas
Tú, y tú, porque tú eres la ciudad.



2行目がはっきり聞き取れないのですが、雰囲気的にはこんな感じかと。
意味はといいますと:

誇りを持って仕事を続け、
あなたのために心を込めて働くのよ、
だってこの土地の豊かさはあなたにあるんだから、
あなたがいるからこそ美しく見えるのよ、この町は。
私にはあなた、あなたが大事なの、
だってあなたがこの町なんだもの、
私にはあなた、あなたが大事なの、
だって、あなたがこの町なんだもの。



え~と、演歌ではありません。念のため。
ビデオに登場する黄緑軍団は市の職員。
はい、黄緑はグアテマラシティーのカラーです。
さすがに市役所は黄緑してはいないんですが、
市営の市場とか市営バスとか、消防車や救急車も黄緑です。


結局スローガンの抽象さはそのままなんですが、
このビデオは結構好きかも。
特に最後のシーンで一番前にノリノリのおじさんがいるのがいいなぁ。


まあどちらかというと、これはグアテマラ市職員覚書みたいな歌かな。
毎朝仕事が始まる前にこの歌を皆で合唱し(もちろん振り付き)、
市民の皆様のために今日も一日頑張るぞ~!と気合いを入れる。


朝から元気がでそうでいいかも~。



[ 2008/04/07 22:44 ] 街角 | TB(0) | CM(0)

ベラーダ 

Velada昨日、5日の18時から、小僧の学校恒例の
Velada(ベラーダ)が行われました。


一口で言うなら、学芸会。
毎年テーマを決めて、
そのテーマに合わせたダンスが行われます。


小僧の学校では初等科は0年生から2年生までが初等科I、
3年生から6年生までが初等科IIと分けられますので、
初等科IIになって、ひょっとしてもうちょっと高度なことをやるんか?
と期待したんですが、結局は今までと同じような、
音楽に合わせて踊る!というものでございました。


まあ、今年のテーマは「一緒に踊ろう!」でしたから
踊る以外に何するのよ?って感じもしますけれどね。
ちなみに昨年のテーマは「くるみ割り人形」でした。


このダンス、クラスを2つのグループに分けて、
それぞれのグループが1つの出し物をします。
小僧はツイストに当たりまして、
3月からずーっとステップなどを練習しておりました。


ツイストの他にはこんなリズム&音楽&踊りがあります。
  • パソ・ドブレ
  • ワルツ
  • クンビア
  • タップ
  • カンカン
  • ポルカ
  • メレンゲ
  • タンゴ
  • サンバ
  • ジャズ
  • フォックストロット
  • チャールストン
  • カントリー
  • バチャータ
  • スウィング
  • マンボ
  • チャチャチャ
  • ロック
  • ディスコ
  • サルサ
  • レゲエ
  • プンタ

時に区別がつかないものもありますが・・・・・・。


写真はワルツ。
私のカメラの性能では暗いところはどうも上手く撮れないので
(私の腕前のせいじゃあありませんよ、念のため)
ピントがぼけているのはご勘弁。
それでも雰囲気はわかるかなぁ・・・と。


ワルツですから、男性は正装、女性もイブニングドレス。
衣装はもちろん、自前です。
なのでこの時期、実は親も結構大変。
女の子達のイブニングドレス、結構気合い入れて作ってますよねぇ、皆さん。
幸い小僧のツイストはあまり奇抜な衣装ではなくて、
普通の服で良かったのですが、やっぱり新調しました


全体として、やっぱりアップテンポのリズムは踊りやすそうですが、
スローなものは苦手ですよね。
一番良かったのはメレンゲかなぁ。
ラテンでもあり、やっぱり踊りやすいし、アレンジしやすいリズムですよね。


自分のダンスがうまく行って大満足な小僧の隣で、
初めての夜道を運転して帰る私は、実は相当に緊張していたのですが・・・。


無事帰り着きました。ほっ。




[ 2008/04/06 23:20 ] 小学校 | TB(0) | CM(0)

ホルナーダ・メディカ 

我が家に週一回やって来て掃除をしてくれ、
かつ週二回の小僧のサッカーの練習の送り迎えをしてくれる
ドニャ・フアナという我が家的にはお世話になりっぱなしの方がいるのですが、
月曜日の朝早くにやって来ると、
「実はちょっと・・・」と話し出したのでした。


彼女、喉に腫瘍ができていて、
水曜日(って今日ですが)に手術をするんだとか。
外から見てもはっきりわかる腫瘍の他に、
もう一つ目に見えない、小さな腫瘍があるんだけれど、
これが良性なのか悪性のものなのかは、手術して切ってみないとわからない・・・とか。
「だから、今週はサッカーの練習には連れて行ってあげられないわ。
 来週なら大丈夫だと思うけれど」。
いいですってば、そんなこと。
それよりゆっくり静養してちょうだいな。


彼女が行ったのは病院ではなくて、
年に何回か行われているJornada Médica(ホルナーダ・メディカ)って、
え~と、まあ、集団検診みたいなものですが、
それに行ってきたんだとか。
集団検診みたいなもの、と書きましたが、
健康診断ではなくて、医療相談や診断が行われています。
診断は無料。
なので、どこの会場でも多くの人がやってきます。


それにしても、グアテマラシティー近辺に住む彼女、
わざわざ1時間以上かけてアンティグアまで行ったそうな。
4月の頭にはグアテマラシティーでもあるんですけれどね、
まあこのアンティグアには外国人のドクターがいる、という話でしたから
「グアテマラ人の医者は信用できん!」てことだったのかも。


それはともかく。
そこでいきなり「手術!」と言われて、
いささか気落ちしているようではありましたが、
まあ、切ってすっきりするものなら、その方がいいよ!
お金もかからないしね・・・。
その代わり、ゆっくり入院静養とはいかないようだけれど。


グアテマラの場合、日本のような健康保険がありませんから、
お金がある人→私立病院
公務員とか企業の従業員→社会保障病院
その他→国立病院
という棲み分けができておりまして、
私立病院はいつ行ってもガラガラ~、
社会保障病院とか国立病院はいつ行っても超満員~、
となっております。


国立病院はお金はかからないけれど、とにかく満員。
本当に救急でない限り、なかなか診断してもらえません。
まあ多分、銃で撃たれたとか、刃物で刺された、って人の手当は
得意なんじゃないかと思うんですが、
そんなに緊急ではないけれど
やっぱり何だか具合が悪いとか、ちょっと心配だ、って人は
行っても診てもらえないので、
こういうJornada Médicaを利用することになります。


1月の終わりでしたか、小僧が手首を痛めた時は
私立の病院に連れて行きましたが、
国立病院では数時間待ちしないといけなかったでしょうね・・・。
そんなこともあるので、私立学校では生徒に傷害保険をかけるのが普通です。


なかなかね。
医者に診てもらうのも一苦労。
ドニャ・フアナの手術が無事に過ぎ、経過も良好で、
来週とは言わないから
再来週くらいには元気な顔が見られるといいんだけれどな・・・。



[ 2008/04/02 22:42 ] できごととか | TB(0) | CM(0)