バクトゥンの道 2 

バクトゥンの道、「マヤの巨大都市群」編。
ペテン及びイサバル県にある巨大建築物跡がメインです。


この地域はマヤの都市が多数存在し、
戦闘、支配、同盟といった関係が築かれていたことが
残された石碑などから伺われるわけですが、
一体いくつの都市があったのかすらまだ確定できないという、
そんな密林の中の都市群でもあります。


ティカル (Tikal)
場所:ペテン県のジャングル
時間:月~日 6:00~18:00
入場料:グアテマラ人 Q25、外国人 Q150(高いっ!)
施設:駐車場、ガイド、トイレ、博物館、近くにホテル、キャンプ場、食堂あり


言わずとしれた世界遺産。
日本語でも情報は多々あると思われるので、ここでは軽くスルー。


セイバル (Ceibal)
場所:ペテン県ラ・パシオン川のほとりのジャングル、ティカルからだと南西に90kmくらい
時間:月~日 8:00~16:00
入場料:無料(寄付歓迎)
施設:駐車場、ガイド、トイレ、博物館
最寄の町:サヤスチェ


アルタ・ベラパス県に源のあるラ・パシオン川は
北へ向かって流れてきた後、サヤスチェ付近で西へと曲がり、
メキシコとの国境の川であるウスマシンタ川に流れ込む川ですが、
この川沿いにはセイバルの他、
カンクエン、ドス・ピラス、アグアテカその他多数の都市が存在していました。


セイバルはパシオン川付近では最大の都市で、
紀元前400年から西暦900年頃まで、
マヤの前古典期から古典後期にかけて存在し、
最盛期には1万人の人口を擁したと考えられています。


西暦735年にドス・ピラスとの戦いに敗れて支配下に入ったということが
ドス・ピラスの石碑に記されており、
その時にセイバルにあった石碑もかなり破壊されたそうですが、
8世紀末には再び独立都市となっています。


行くとしたら、グアテマラシティからフローレスまで空路、
そこから陸路サヤスチェですかねぇ。
もちろんグアテマラシティからずっと陸路でもいいんですけれど。
一度は行ってみたい地域ではあります。


ウアシャクトゥン (Uaxactún)
場所:ティカルから北に23kmばかり行ったところにあるジャングル
時間:月~日 6:00~18:00
入場料:グアテマラ人 Q5、外国人 Q50
施設:駐車場、ガイド、トイレ、博物館、近くにホテル、キャンプ場、食堂あり


紀元前900年頃から900年頃まで栄えた都市で、
つい最近まではマヤ最古の都市跡とされていたのですが、
最近もっと古い都市が見つかったので既に最古とは言えないか。


西暦378年にティカルに破れ、
その後はティカルの支配下となったとされています。


ヤシャ-ナクン-ナランホ (Yaxhá - Nakúm - Naranjo)
場所:ティカルからちょっと南東、フローレスからベリーズ方面に行く途中のジャングル
時間:月~日 8:00~17:00
入場料:グアテマラ人 Q40、外国人 Q80
施設:駐車場、ガイド、トイレ、博物館、近くにホテル、キャンプ場、食堂あり


ヤシャ、ナクン、ナランホはそれぞれ別の遺跡ですが、
国立公園は3つまとめて「ヤシャ-ナクン-ナランホ国立公園」となっています。
それくらいご近所さん・・・と言っても徒歩2~3時間はかかりそうな距離ですが。


ベリーズ方面に向う道路から少し入ったところにあるヤシャ遺跡が一番アクセスしやすく、
遺跡からヤシャ湖も見えて絶景なんだそうで、
ティカル方面で少し時間に余裕があれば足を伸ばすのには絶好の場所かも。
紀元前600年から西暦900年頃の都市です。


ナクンやナランホへはヤシャからジャングルの中を徒歩または馬や驢馬で移動します。
ま、ご近所さんですからね。


エル・ミラドール (El Mirador)
場所:ティカルから北西へ約105km、メキシコ国境近くのジャングル
時間:最寄の共同体から8時と9時に遺跡に向うツアーが出発
入場料:無料だけれど最寄の共同体のお世話になるので現地でパックツアーを購入すること
施設:ガイド、近くにキャンプ場


アクセスは滅茶苦茶悪いので割と最近まで調査が行われていなかったのですが、
開けてびっくりだったのがこの遺跡。
都市が形成されたのはどうやら紀元前600年頃、放棄されたのは西暦150年頃。
ラ・ダンタというピラミッドはどうやら高さが70mあるんじゃないかという話で、
そうだとすると、スペイン人到来以前のメゾアメリカでは一番高い建造物だったことになり、
ついでにその体積ではエジプトのギザのピラミッドをも上回るんじゃないかという。


ちなみに現在確認されている一番高い建物はティカルの第4号神殿の64m。
クレーンもない時代にどうやってそんなものを造るんだか・・・。


そんなに大きなピラミッドらしいですが、
Google Earthで一生懸命拡大してみても影も形もありません(涙)。


なのでYouTubeからビデオを拝借(スペイン語)。




キリグア (Quirigua)
場所:イサバル県ロス・アマテス市キリグア村のバナナ畑の中
時間:月~日 8:00~16:30
入場料:グアテマラ人 Q20、外国人 Q80
施設:ガイド(有料)、駐車場、トイレ、博物館、近くにキャンプ場、食堂あり


ここも世界遺産に指定されている、石碑の美しい遺跡。
やはり日本語の情報が多々あると思われるので、スルー。


以上が「バクトゥンの道」に指定されている遺跡ですが、
マヤの遺跡はまだまだ存在していますし、
ペテン辺りは掘ればもれなく何か出てくるんじゃないかという気が。


ま、私もこんなの書きながら地元カミナルフユの遺跡公園は行ったことないので、
(ミラフローレス博物館とその庭?にあるマウンドには登ったことありますが)
その内、出かけてみようかなーとか思っています。


[ 2012/07/23 23:51 ] マヤ | TB(0) | CM(0)

バクトゥンの道 1 

なぜか人間て終末論が好きなようで、
20世紀末には地球が滅びるという話がありましたが、
無事に21世紀になってみれば、あっけないもので。


今まことしやかに噂されているマヤ暦の終わり=世界の終わり説もまたしかり。
今年の12月21日にマヤのカレンダーが13バクトゥンを満了するわけですが、
「マヤにとって13は特別な意味のある数字だからきっと何かある」って言われても・・・。


ま、それはともかく。
13バクトゥンと言えば1872000日に相当するわけで、
ひゃくはちじゅうななまんにせんにち、というのは5125年間。
起点となるのは紀元前3114年頃になります。


そんな昔に一体誰がマヤ暦(と呼ばれるもの)を始めたのかは謎のまま。
マヤと呼ばれる民族は紀元前1000年頃から文明を築いていったとされていますから、
ひょっとしてまだまだマヤと呼ばれる以前だったマヤ人が作ったものかもしれないし、
あるいはその地に住む他の住民が作ったものかも知れない。


何はともあれ、マヤ人がそのカレンダーを長年の間カウントしてきたのは事実で、
その暦が節目を迎える今年はマヤ民族にとっても意義があるに違いない・・・と私も思います。


そう思うのは何も私一人ではないようで、
グアテマラ政府もここぞとばかりに観光キャンペーン実施中。
その名もLa Ruta de los Bak'tunes(ラ・ルータ・デ・ロス・バクトゥーネス/バクトゥンの道)。


バクトゥーネスはバクトゥンの複数形で、
マヤの長期暦をカウントする単位で1バクトゥンは約394年のことですが、
そのバクトゥンにあやかろうという次第。


マヤの人にとってもスポットライトを浴びることになるわけで
喜んでいる人もいるそうです。まあ皆が皆かどうかは知りませんけれどね。


そのバクトゥンの道のサイトはこちら(英語、スペイン語もあり)。
13バクトゥンのカウントダウンもついています。


このサイトで取り上げられている11の遺跡がグアテマラの中では整備され、
比較的アクセスしやすいと思われるものらしい(かなりお金次第のような・・・)。


2つのルートが設定されていて、一つは「生の文化」コース。
タカリク・アバフ、
エル・バウル、
クマルカーフ、
カミナルフユ、
イシムチェ
の5つが上がっていますが、
クマルカーフとイシムチェは後古典期、
残る3つは前古典期の都市なので、
一緒にまとめるのはちょっと乱暴なような気がするんだけれど・・・。


もう一つはマヤの花、古典期の都市跡で、
セイバル、
ティカル、
ウアシャクトゥン、
ヤシャ-ナクン-ナランホ、
キリグア、
エル・ミラドール
の6ヶ所。
セイバルは遠いし、エル・ミラドールは陸路だとジャングルの中を徒歩かロバで数日、
ヘリなら数時間だそうですが、料金お高め。


そんなわけで、このルートを全制覇できる人なんて
ほとんどいないんじゃないかって気がいたしますが、
まあ気は心です。


新聞にこのバクトゥンの道のガイドが挟まっていたので、
簡単に抜粋しておきます。


タカリク・アバフ (Tak'alik Ab'aj)
場所:レタルレウ県エル・アシンタル市(屋外)
時間:月~金 7:00~16:00、土 8:00~12:00
入場料:無料
施設:駐車場、ガイド、トイレ、博物館。ホテル、レストラン、キャンプ場も近くにあり。


オルメカ文明及びマヤ文明の遺跡。
オルメカはマヤ以前に栄え、マヤの基礎となった文明と言われています。
マヤ同様に石の文明だったのですが、オルメカはなぜか巨大な石頭をゴロゴロ残しています。


エル・バウル (El Baúl)
場所:エスクイントラ県サンタ・ルシア・コツマルグアパ市(博物館)
時間:月~日 8:00~17:00
入場料:グアテマラ人 Q5、外国人 Q50
施設:駐車場、トイレ


遺跡そのものは都市開発で破壊され、その大部分は現在サトウキビ畑になっているのだとか。
7バクトゥンの日付のある石碑が出てきた遺跡で、
ものすごく価値がある場所のはずなんですけれどもね・・・。
紀元前に人が住み着き、西暦100年頃には放棄された都市だと言われています。


クマルカーフ (Q'umarka'aj)
場所:キチェー県サンタ・クルス・デル・キチェー市
時間:月~日 8:00~16:30
入場料:グアテマラ人 Q5、外国人 Q30
施設:駐車場、トイレ、博物館


キチェー族の都市跡。
都市はスペイン人に焼かれてしまっていますが、現在は遺跡公園になっています。


カミナルフユ (Kaminal Juyú)
場所:グアテマラ県グアテマラ市7区
時間:月~日 8:00~16:30
入場料:グアテマラ人 Q5、外国人 Q30
施設:駐車場、トイレ、博物館


現在のグアテマラシティに昔あった大きな都市跡。
グアテマラシティの都市開発のため、大部分が失われていますが、
一区画だけ遺跡公園になっています。


カミナルフユは紀元前1500年頃から西暦900年頃まで栄えた都市と言われています(諸説あり)。
オルメカ的な出土品もマヤ的な出土品もあり、
やがてティオティワカン(メキシコ)的な物も見られるようになっていきますが、
これが商業的交流によるものなのか、ティオティワカンに征服されたのか、その辺りもまだ不明。
カミナルフユの住民が後のキチェー族やカクチケル族になったと言われ、
ここもまた歴史的価値の高い都市跡ではあるのですが。


ちょっと離れた場所にあるミラフローレス博物館も
カミナルフユ遺跡に関係したものを展示しています。


イシムチェ (Iximché)
場所:チマルテナンゴ県テクパン・グアテマラ市
時間:月~日 8:00~16:30
入場料:グアテマラ人 Q5、外国人 Q50
施設:駐車場、トイレ、博物館、キャンプ場


カクチケル族の都市跡。
カクチケル族はスペイン人侵略者と手を結んだため
イシムチェのあったテクパンはグアテマラ最初の首都でもありました。


途中ですが、深夜になってしまったので、残りはまた後日。


[ 2012/07/22 23:54 ] マヤ | TB(0) | CM(0)

ワカ遺跡のこと 

セマナ・サンタ期間、13区にある3つの国立博物館が無料!と聞いて
喜びいさんで出かけてきました。


国立考古学民族学博物館、私好きなんですけれど
しばらく前から外国人は別料金になってしまって以来、行ってないです。
現在の外国人の入場料金はQ60で、
これって何気に3Dの映画見るより高いんですよ!!!
まあそれ位払っても見る価値はあるとは思うのですが、
やっぱりちょっと足が遠のきますよねぇ・・・。


そんなわけで久しぶりに行った博物館。
張り切りすぎて、どうやら一番乗りだったようでした(笑)。
常設展だけでも十分見ごたえがあるのですが、
ちょうどエル・ペルー・ワカ展をやっていて、これがなかなか素敵だったんですよね。


01 El Perú - Waka'

まずは地図から。
(念のために書いておくと、この博物館写真OKです。フラッシュ禁止)
ペテン県のサン・アンドレス市、ラグーナス・デル・ティグレ国立公園の中に
エル・ペルーと呼ばれる場所がありまして、
ここで発掘された遺跡も当初はエル・ペルー遺跡と呼ばれていたらしいのですが、
その町が昔はワカと呼ばれていたことが近年明らかとなり、
現在ではエル・ペルー・ワカ(El Perú Waka')遺跡と呼ばれるようになっているそうです。


02 Glifo Emblema de Waka'

これがその町の名前を現す文字なんだとか。
私には説明が書かれていてもチンプンカンプンなのですが、
マヤ文字は日本語と同様表音文字と表意文字からなっていて
そのお陰で当時何と呼ばれていたか、またその意味は何か、というのが理解できるんだとか。
で、詳しい説明は省きますがワカはムカデの町、という意味だったと考えられています。


げっ!!!
ムカデは超苦手なんですけれど、あちらの方にはひょっとして多かったんだろうか・・・。
まあそれはともかく以降この町のことはムカデ町、じゃなくてワカと呼ぶことに致します。


ワカではマヤの前古典期後期から古典期末期にかけての建造物が確認されています。
紀元前400年から西暦1000年にかけての、1400年間ほど。
現在確認されている建造物は767個あるそうですが、
70年代に発掘が始まり、詳しい調査が行われたのは2003年以降なのだそうで、
この遺跡の全貌はまだわかっていないようです。


というよりも、マヤの遺跡が多すぎて、全部調査しきれないという方が正しいのか・・・。


そんなわけで、展示されていたのは全体像がわかるものというよりは
発掘品がメインでした。
で、そんな展示品のひとつがこれ。


04 El Rey Muerto y Venado Espíritu Acompañante

05 El Rey Muerto y Venado Espíritu Acompañante

あまりに可愛かったんで、バシバシ写真撮ってしまいました。
土製の小さな人形がたくさん並んでいたんですよね。
元々は着色されていたと思われ、うっすらと色の残っているものも。
でもこのセットのメインはなんと言っても手前の「死せる王と鹿の魂」。


腕を胸の前で組み、跪いているのが死せる王。
短く切った髪の毛はトウモロコシの神に関連しているのだとか。
隣に立ついささか擬人化された鹿は、祈りを唱えているかのように口を開けていますが、
鹿もマヤ的にはトウモロコシの神に関連しており、
特に命やトウモロコシの種や再生をもたらす雨を起こすために必要な犠牲のシンボルなのだそうです。
(雨乞いの儀式で鹿が捧げられたりしたということかしらん・・・)
そういう動物だからこそ亡くなった王が死後の世界へ旅立つ際に導き手として使われている、
ざっとそういう説明が書かれていました。


そう言われてみれば確かに神聖なものなのでしょうが、
それにしては可愛すぎる!
後ろの王やその妻やその周りの人たちや、全部で20体くらいあったでしょうか、
それぞれに可愛らしかったです。
全部まとめてセットにして家に持ち帰って飾りたかったくらい!


中には闘士の人形もあったのですが、
被っている兜がちゃんと取れるようになっているんですよねぇ。
(闘士は雨乞いの儀式に関連して拳闘を披露する人たちみたいです)
本当に素敵でした。


06 Cuenco Policromo con Tapadera

それ以外ではいかにもマヤらしい陶器ですとか。
副葬品として発掘されたものですが、
蓋に描かれている「聖なる鳥(Ave Celestial)」は特別な行事の時にしか使われなかったことから
副葬品として作られたものではなく、別の用途があったのではないかと見られているとか。


07 Cuenco de Ónix

逆にマヤっぽくないのがこれ。
解説に書かれていたónixを信じるなら縞瑪瑙(シマメノウ)なのですが
縞がないよね・・・。
むしろアラバスターの方が近いように思いますが、その辺りはよくわかりません。


どちらにしても、こういう無地の白い器はちょっと目を引きます。
これも副葬品として発掘されたものですが
この墓は王の墓ではないかと見られているそうです。
マヤと言えばヒスイが一番尊まれたわけですが
トルコ石、アラバスター、シマメノウなどもまた大事にされたのだとか。
シンプルだけれど素敵です。


そんな素敵な物が出てきたワカですが、
実はこの町はティカルとの戦いに敗ぶれており、
そのため文字が描かれていた重要な石碑などは破壊されてしまっているのだとか。
まだまだ発掘調査は続いていて、今年は西側の住居跡を調査するそうです。


そんなワカを訪れた方のビデオがありますので、こちらもどうぞ。






[ 2012/04/08 23:59 ] マヤ | TB(1) | CM(0)

エル・ミラドール遺跡 

ユカタン半島にあるペテン県は熱帯雨林に覆われた地であると共に、
マヤの遺跡がたくさんあることで知られている地域です。
もう発掘され、観光客が多々訪れるティカルのような大規模な遺跡から
もっと小規模でほとんど手付かずの遺跡まで各種多々。


まだ発見すらされていないものすらあると思われるわけですが、
今回取り上げるエル・ミラドール遺跡はマヤの遺跡の中でも最大規模。
場所はグアテマラの最北端、メキシコとの国境近くにありまして
最寄の町から徒歩2日、馬で9時間、飛行機で数時間、
それでも年間3000人くらい観光客が来る、って本当なんでしょうか。
数年前からアメリカの援助を得て、発掘調査が進められています。


紀元前600年頃に建設され、西暦150年頃に放棄されたと見られるこの都市、
マヤの歴史の中では前古典期後期の頃になるんだそうです。
マヤの文化が最も華やかだったのは古典期とされていますが
それ以前にもティカルの4倍はあろうかという
こんなどでかい都市を築き上げ、
例によって、ある日突然その都市をまるごと放棄する。
相変わらず謎なことをしてくれるマヤ人たちですが
ひょっとするとティカルなんかも
エル・ミラドールの住人が築いた都市なのかもしれないですねぇ。


この遺跡だけでピラミッド数は4000を越えるとかいう話ですが
ここにあるラ・ダンタ・ピラミッドは高さ72m、
メソアメリカ一の背高ピラミッドになるんだそうです。


さて、本題。
そのエル・ミラドールの発掘調査で大きな石碑というか
石版というか、そんな雰囲気のものが発掘され、披露されました。
Prensa Libre / Desvelan friso de Hunapú e Ixbalanqué, en Petén
Siglo XXI / Belleza y mito se mezclan en friso



石灰岩のこの石、大きさは横4m、縦3mという巨大なもの。
製作は紀元前300~200年頃と見られます。
こんなに幅があるのは、新聞によって300と書いてあるのと
200と書いてあるのがあって、どっちが本当なんだかわからないから。
ドシエントスとトレシエントスを、
どうやったら聞き間違えるのか良くわからないんだけれど・・・。


さて、このブツ、貴族用のプールというか池というか風呂というか
とにかく貴族が水浴した場所の上部にあったのだそうです。


この保存状態もなかなか良さ気なレリーフ、
遺跡の調査に当たっているアメリカ人のリチャード・ハンセンによりますと、
「兄弟が川の中に泳いでいるところが描かれており、
 一人は父親の頭を背中に担いでいる」のだそうです。


ハンセン説によりますと、ここに描かれているのは
キチェー族の伝承であるポポル・ブーに出てくる双子の神、
ウナプ(Hunahpú)とイシュバランケ(Ixbalanqué)なんだとか。


ポポル・ブーに出てくるこの双子の父は殺されるのですが
その首、木だったか何かにひょいっと引っ掛けておかれるのですね。
双子はシバルバ(黄泉の国)の主と戦って父の首を取り戻し
父の名誉を守った、てのがその伝承に伝わる内容で、
このレリーフはそれを表したものであろう、と。


いや、ちょっと待って。
ポポル・ブーは、スペイン人の侵略後、
1701年にローマ字を使ってキチェー語で書き記されたもの、
ではありませんでしたか。


エル・ミラドールのこのレリーフ、
それより1700年くらい前に造られているはずで、
そんな時期に既にこの伝承が存在して、
そのままきちんと継承されてきたってことかい。


マヤ人の伝統継承能力は確かに凄いと思うのですが、
1000年とかっていう時を平気でぶっとんで来るのには
それこそぶっ飛ぶ。
それにキチェー族って、同じグアテマラでも
もっと西の山地に住んでいて、
この密林のマヤの人たちと
同族であったとは思えなかったりするんですが。


いやでも、こういうものの解釈は
本物のマヤの人たちにやってもらった方がいいのじゃないか、
てな気も致します。
まだまだいろいろな発見があると思われるこの都市、
できることならいつかその内訪れてみたいものですが・・・、
最寄の町から徒歩2日。
うーむむ、体力をつけておかなくては、ってことか。


場所はmonjablanca作の地図にマッピングしてあります。
探すときはその地図で「エル・ミラドール」と入れて検索すれば出てきます。
一緒に行きたい人、募集中。



[ 2009/03/08 23:21 ] マヤ | TB(0) | CM(2)

マヤ暦5125年 

昨日2月22日はマヤの新年だったそうで、
イシムチェ遺跡では新年を迎える行事が行われました。
El viento regirá nuevo año de calendario maya


イシムチェって、かつてはカクチケル族の首都だったところですが
現在ではピラミッド等が少し残されている程度。
それでも遺跡として保存されているので、
今まではこういうセレモニーは認められていなかったのだそうですが
今年は政府からの許可を得て新年のお祝いができたのだとか。
こういう話はいいんですけどねぇ、大統領。


さてマヤ暦といえば260日で一周するツォルキン暦と
365日で一周するハアブ暦とがありますが、
そのハアブ暦の新年が2月21日。
マヤの人たちにとっては5125年の新年なんだそうです。


そしてツォルキン暦でこの日に当たるのがイク(Iq’)。
というわけで5125年担当のナウアル(精霊というか神というか)はイク。
このイクって風、息、生命といかいう意味なんだそうです。


実はグアテマラにはインディヘナ大使っていう役職の方がいらっしゃるのですが、
そのシリロ・ペレスさんによりますと
イクの年は大雨になるけれども大きな自然災害はない、んだとか。
でも嵐と大雨と竜巻がある、って言われるとちとびびりますけれど。


マヤ暦と言えば、
2012年12月に時間が終わるとか世界が滅びるとか、
なんだかそういう話を聞かれた方もあるのでは。
これは「第五の太陽」の終わりの時なんだとか。


マヤの数字の大周期である13バクトゥン(1バクトゥンは144,000日)、
これって1,872,000日になるんですが、
この13バクトゥン毎に太陽が死に、新しい太陽が生まれる。
これ、一年を365日で計算すると5128年になるのでありまして、
マヤが閏年とかも計算することを勘定に入れると
段々ワケわかんなくなるだけなのですが、
今年が5125年だからもうそろそろ現在の太陽も死ぬんだな、
ってことだけは、おぼろげながらにもわかるわけです。


さてこの5つの太陽の時代、こんなことがあったそうです。
第一の太陽(ナウイーアトル、4つの水)の時代には
できあがったばかりの大地に大洪水が起こり、
52年が3回経った頃には男が1人と女が1人がいるばかり。
しかし神は命令に従わなかった2人を犬に替え、
頭を切ってお尻においた。
これが4つの方角の始まり、始まり。
しかしここでまた大洪水が起こり、人間は皆魚に変わる。


第二の太陽(ナウイーオセロトル、4つのオセロテ)の時代には
巨人が住んでおりました。
この時代の太陽は夜の神であり、
1日の半分が昼、半分が夜となったのはこの時代でした。
最後にはジャガーが巨人を殺してしまったのでありました。


第三の太陽(ナウイ-エエカトル、4つの風)の時代には
52年が6回と更に2年が経った頃、人は神を尊敬しなくなり
神はハリケーンを起こし、生き残った人間をサルに変えたのでした。


第四の太陽(ナウイ-キアウイトル、4つの火の雨)の時代には
トウモロコシの神が雨の神の妻を奪い取ったため、
雨の神は雨を降らせなくなったのでした。
雨乞いをする人たちに、雨の神は火の雨を降らせ、
地上は燃え尽きて灰となり、
生き延びることができたのは子供達ばかり、
彼らは鳥になったのでした。


第五の太陽(ナウイーオリン、4つの動き)は
西から骸骨のような姿をした怪物が現れ人々を皆殺しにした時に
地震で滅びる運命となっているのでした。
で、一説によるとこの第五の太陽ってのは
メキシコにあるティオティワカンでつくられたのだとか。
あそこにある太陽の神殿、そこで誕生したんでしょうかねぇ~。


さて、ご覧になった通り、いずれの太陽の時代も
最後には人間は滅び、生き残った人間は他の動物に変わるのであります。
天変地異が起こるかも?
てかそれより、今度は生き延びた人たち、何に変身させられるんでしょ。
そちらの方に興味あってみたり。


さて、先ほどのインディヘナ大使によりますと、
正確な日時は不明ながら、2012年には太陽が数時間にわたって隠れ、
その後新しい太陽が誕生するんだそうです。
そして暦もリセットされ、元年が始まる。
この時代が終わりの世であるということは
いろんな意味での汚染からも見てとれるとか。
紛争による死者があり、核実験があり、金の亡者があり、
様々な要因でもってこの大地が汚されている。
でも第六の太陽の誕生と共にそれらもすべて清められる。


ただし、それに気づく人はあまりいないだろう、とも。


西洋暦が100年毎に世紀末だ、1000年毎にミレニアムだと
大騒ぎするのに比べ、
マヤの人はなんとまあ気が長いんでしょうね。
5128年に1回のこの日に一体何が起こるのか。
心を静めて体験してみたいです。



[ 2009/02/23 22:38 ] マヤ | TB(0) | CM(0)