映画「イノセント・ボイス」 

Voces Inosentes(ボセス・イノセンテス)という映画、
日本でも上映されたことがあるそうなので、ご覧になった方もいらっしゃるかもしれません。
邦題は「イノセント・ボイス~十二歳の戦場~」。


エルサルバドルでは1980年から12年間内戦が続きましたが、
1972年生まれのオスカル・オルランド・トーレスがその頃の実体験を元に脚本を書き、
ルイス・マンドーキが映画化。
1984年頃のエルサルバドルの内戦を子供の視点で見たものとなっています。


エルサルバドルは四国を二回り大きくしたような小さな国で、
主要都市であるサン・サルバドル、サンタ・アナ、サン・ミゲルは
いずれも海岸から少し山側に上ったところにあります。
ゲリラはその主要都市から北、ホンジュラスとの国境側を拠点としていましたが、
映画の舞台はサンサルバドルの北にあるクスカタンシンゴという町。
サンサルバドルは四方を山に囲まれた盆地ですが、
クスカタンシンゴはその同じ盆地の中、首都を窺える位置にあります。


さらに山を越えて北方にはゲリラの勢力の強いチャラテナンゴという町もあり、
ゲリラにとってクスカタンシンゴは通路であり潜伏地でもあったため、
激しい市街戦の舞台となった場所なのではないか・・・と思われます。


特に83年から84年にかけてというのは、FMLNが結成されて一番勢いのあった時代でもあり
故に国軍にはゲリラ掃討を目的とするエリート部隊も結成され、
ゲリラに協力していると見なされた町や村は容赦なく焼き払われ、
84年後半にはゲリラの勢力も大きく後退するのですが、
映画に出てくるのはその直前の、
ゲリラに対して国軍が勢力を盛り返そうと激しい戦闘を繰り返していた、
そういう時代背景の頃の物語です。


前置きが長くなりましたが、以下はネタバレ有のストーリー。
主人公のチャバはもうすぐ12歳になる11歳。
父親はアメリカへ出稼ぎに行ったきり不在。
母親と妹・弟と共に、雨が降れば雨漏りするような粗末な家ながら
友人達と楽しく過ごし、母親を助けるためにバスで働いたりする
そこら辺にいる普通の男の子です。


しかし時代はチャバを普通の子供のままにおいてはくれない。
12歳になる男の子は徴兵されるから。
子供たちが勉強する学校へ兵士の一団がやって来ると、
12歳になった(中には12歳にも満たない)男の子を呼び出し
トラックに乗せてそのまま連れ去ります。
少年兵というのは決してゲリラ側だけの話ではなく、国が強制するケースもある。
それが現在の治安の悪化に繋がっている可能性も大きいと思うのですが、それはまた別の話。
そうしてチャバの友人も連れ去られて行きました。


ゲリラのメンバーでもある叔父のベトがある日一家を訪ねて来て
このままではチャバ徴兵されるから、俺に任せないかと母親に言いますが、彼女は拒否。
ベトはチャバに小型ラジオを渡し、
ゲリラが運営しているラジオ局、ベンセレーモスを聞くようにと教えます。


街中の至るところで軍の監視の目がある中、
「禁止されている歌」をラジオで聞いていたチャバを救ったのは教区の神父。
大音量で教会のスピーカーから同じ歌を流し、
チャバを救ったものの、神父は軍から目をつけられることになります。


チャバが思いを寄せるクリスティーナ・マリアとは
一緒に紙風船の蛍を飛ばしたりと楽しいこともあったのですが、
日中に小学校の付近で激しい戦闘があり、小学校はその後休校、
チャバたち一家は少し遠くの祖母の家へと避難してゆきます。


しかし、安全だと思われた村にも内戦の影は忍び寄り・・・、
12歳になったチャバはいつ徴兵されても不思議ではない。
チャバがクリスティーナ・マリアの家を訪れると、彼女の家は戦闘で破壊されており
焼け跡の中から彼女が着ていた服の切れ端を見つけます。


チャバは友人らとゲリラに加わることを決心、
ある夜、ゲリラのキャンプ地に辿り着きますが、
後をつけられていたために国軍に急襲され、チャバら4人は捕らえられます。


このシーン・・・、激しい雨が降る中、子供たち4人が手を頭の後ろに組んで歩き、
両脇を武装した兵士らが囲んで行く重い映像は印象的。
銃撃戦の中、ベトがカサ・デ・カルトン(段ボールの家)という歌を爪弾くシーンと
このシーンは本当に印象的です。


子供たちは川原に跪き、1人ずつ処刑されてゆきます。
しかし、チャバが処刑されようとした瞬間、ゲリラの攻撃があり
チャバは命からがら逃げのびます。
死んだゲリラの武器を奪って兵士を狙おうとした瞬間もあったのですが
彼には引き金は引けず。


家に戻ると、村が焼き払われて家々は大きな炎に包まれており、
チャバは絶望にくれます。
しかし村人たちは既に村から逃れた後で、
翌日?村に戻ってきた母親と再会を果たします。


無事難を逃れることが出来たチャバでしたが、
そのままでは彼の明日はあまりにも危険・・・。
そう判断した母親は父親のいるアメリカへとチャバを旅立たせます。


映画はここでおしまい。
映画が扱っているのは、何のための内戦だとか、
誰が正義で誰が悪かだとか、そういう小難しい理屈ではなく
戦火に逃げ惑いながらも、生き延びようとする人たちの日常であり、
理不尽に追い回され、殺される側となるのみならず、
否応無く徴兵され、あるいはゲリラとなり、殺す側に回った人たちの姿でした。


我が家の小僧はちょうど今12歳、チャバと同じ年です。
大人びたところも出てきたとは言え、まだまだ子供のこの年頃の子が
軍服を着て、重い攻撃銃を担ぎ、人間に向けて発砲する。
私には想像もしたくない世界の物語ですが、
過去の歴史の中だけではなく、現在も存在していることは忘れてはいけないでしょう。


チャバや友人たちの物語が、エルサルバドルに限定されるのではなく
世界中の紛争地全てで繰り返されているのは想像に難くなく
(それでも逃れることのできたチャバは運が良いのでしょうが)
いつまでたっても争いを止めることのできない人間の性に絶望しそうになるわけですが。


余談ながら、この話を小僧にしたら
「そうそう、スパルタでは12歳で戦士になったんだよ」
と社会で勉強した古代ギリシアの話を持ち出されてしまいましたが(笑)、
「グアテマラはとりあえず内戦終わってくれて良かったじゃん」と言ったら
「現代のグアテマラでは、軍の代わりにマラスが勝手に徴兵すんだよ」
ってもっと希望のない話になってしまったのでありました。


あれ、こんなハズじゃ・・・。




この映画、YouTubeに10分ずつ11編に分けてアップされているので、
画質はあまり良くありませんが見ることは可能。
スペイン語音声です。


エルサルバドルをご存知の方なら、
登場人物のしゃべりに「え?」となるかも。
サルバドル人の発音はもうちょっと平たい感じだし、
Vosを全然使わないのね、とか、
まあ言い出せばストーリーに不自然なところもあるよね、とか
突っ込みどころはあるわけですが、それを越えて見る価値のある映画だと思います。


貼り付けたのはPart 3、チャバがバスのアルバイトをゲットし、
普段の学校生活の様子が描かれているのですが、
一転して学校へ兵士達がやって来て友人が連れて行かれるシーンなどもあったり。
最後には紙風船を飛ばす美しい場面もあります。



[ 2011/05/08 22:18 ] エルサルバドル | TB(0) | CM(2)

クリスティアン・ポベダ 「La Vida Loca(ラ・ビーダ・ロカ)」 

ちょっとしばらく放ったらかしになってしまいました。
その間、相変わらずいろいろあったことはあったのですが、
今日はこんな話を。


マラス(maras)とかパンディーヤ(pandilla)と言えば
中米から北米にかけて活動する青少年を中心とした犯罪集団のこと。
構成メンバーは若いですが、人を殺すことを何とも思わない冷酷さや残酷さは
ギャングやマフィアにも引けを取らず、
特に中米では市民の平穏を脅かす大きな要因となっています。


そのマラス、エルサルバドルが発生の国という話ですが、
そのエルサルバドルでマラスを追いかけ、写真を撮り、映画を製作した
スペイン系フランス人のクリスティアン・ポベダ(Christian Poveda)が
9月2日にサンサルバドル郊外で殺されたとか。


エルサルバドルの二大マラスと言えば
マラ・サルバトルチャとマラ18(ディエシオーチョ)で
(ちなみにグアテマラで活動するマラスもこれと同じ)
この両者には激しい抗争が存在しています。


2日、ポベダはマラ18を取材した後を襲われたとされたようなのですが、
警察は容疑者を既に逮捕したとか。
ただし、容疑者や事実関係に関する情報は現在のところ公表されておらず、
唯一「ポベダは信頼していたマラスのメンバーに殺された」という話が伝わってきているくらいです。


ポベダの両親はスペイン人で、スペイン内戦時代にアルジェリアに亡命、
当時はフランス領であったアルジェリアで1955年に生まれたのがクリスティアンだとか。
西サハラ紛争、グレナダ紛争などの取材で注目を浴び、
やがて内戦時代のエルサルバドルへとやって来たのがこの国との縁の始まり。
近年はエルサルバドルでマラ18をずっと取材していたようで、
危険には慣れていた方ではあったのでしょうが、
一方でマラスからの脅迫を受けていたという話もあり、
個人的には「やっぱりマラスは怖い」という印象を更に強めただけなのでありました。


そのポベダが製作したマラスのドキュメンタリー映画が
La Vida Loca(ラ・ビーダ・ロカ/クレイジーな日々)。
サンサルバドルに隣接するソヤパンゴのマラスの日常が綴られています。


映画のトレーラーはYouTubeで見られます。
英語字幕付。ちとドギツイです。18歳未満の方は見ないように。





全編、89分はこちらで見られます。ただし、スペイン語オンリー。
全部は一度に見られないような仕組みみたいですけれど。


マラスと言えば仕事もせずに恐喝とかドンパチとかして
遊んで暮らしている、なんてイメージを持っていたのですが
案外普通に人間臭い顔をしているのにはちょっとびっくり。


また、足を洗いたいと思う人もいるはずですが、
足を洗うと報復もあり、迂闊にはそんなこともできないのです。
途中、「どうしてグループと縁を切れないの」と
判事に迫られてたじたじしてる男性が出てきますが
そんなに簡単に縁を切れるようなら、
ここいらの国のマラスの問題はとっくに解決しているわけで。
縁を切りたい人が安全に生活できるような仕組みを作ってあげないことには
どうにもならんわけです。
とは言え、私も元マラがいる、とか言われたら避けて通ると思いますが。


彼らの生活が一見滅茶苦茶明るくテンションが高いのは、
明日は自分が殺されるかも、という危険と背中合わせだからなのかもしれないなぁ。
絶望したりはしないんだろうか。


ポベダさんの冥福を祈りつつ。



[ 2009/09/07 00:10 ] エルサルバドル | TB(0) | CM(0)

エルサルバドルの大統領選挙 

今日は小僧の宿題でPCを長時間使われてしまっていたのですが、
何をしていたかというと
「中米の一般的な情報を載せた雑誌をつくる」んだとか。


掲載しないといけない情報はある程度決まってはいるのですが、
何をどう載せるかは生徒の裁量。
なわけで、小僧の雑誌にはアタリマエのごとくに
各国の空港の情報が載っていたりします。


いくらインターネットが発達して、写真やデータを探すのが容易になったとは言え、
中米7カ国についてこれらの情報を全部調べてまとめるのは
なかなかの力技で、
小僧も途中でいささかギブアップ気味でしたが・・・、
提出までまだ日があるので、も少し頑張らないといけないかな。
ちなみにレイアウトは小僧の母が担当。ホント、大変なんですよ(ブツブツブツブツ・・・)





話は全く変わりますが、
今日はエルサルバドルの大統領選がありまして、
近年にない、かなりの接戦ではあったのですが、
どうやら野党FMLNのマウリシオ・フネスが大統領をゲットしたようです。


エルサルバドルは内戦後、二大政党の様相を呈していましたが
伝統的オリガルキー代表かつ軍部を背景とするARENAがずっと政権を維持。
内戦終結が92年、
ゲリラから政党に転身したFMLNが初めて選挙に参加したのが93年でしたから
16年でやっと念願を達成した、ということになりますか。


それにしても、ラテンアメリカでまた左翼政権が誕生。
ラテンアメリカはどこへ向って行くんでしょうねえ、一体・・・。




[ 2009/03/15 23:57 ] エルサルバドル | TB(0) | CM(4)

サンサルバドルでバスが川に流された事故 

今週に入ってまた雨が激しくなってきていますが、
エルサルバドルではサンサルバドル市内の川が増水、
バスが流されて多数の死者を出しています。


サンサルバドルは標高658mのところに開けた小さな盆地です。
サンサルバドル市そのものは小さくて72.5km2、ここに526千人の人が住んでいるから
人口密度は7,255人/km2と無茶苦茶高いところでもあります。
サンサルバドル近郊の市を含めた首都圏になると面積は570km2、人口はさくっと210万人。
人口密度は半分くらいの3,684人/km2となりますが。


・・・・・・もっとも、東京23区の人口密度は14,027人/km2だそうで、
サンサルバドルの2倍。さすが東京。


さて、そのサンサルバドル市の南側をアセルウアテ川という川が横切っております。
近年の市の発展に伴って、どんどん汚染が進んでいることでも有名な川で、
この川の流域にはスラムがあったりします。


その川が昨夜決壊し、サンサルバドル市内も一部浸水した模様。
この川に沿って走っているモンセラート通りは150cmほども浸水したといいます。
この通りを東から西へ向っていたこのバス、動けなくなってしまい、
少年2人が窓からバスの上に抜け出すのですが、飛び降りてなんとか助かったのは1人だけ。
この少年が飛び降りてから15秒後にはもうバスが流され始めたそうで、
バスが電柱にぶつかった衝撃でもう1人の少年は水に落ちて見えなくなってしまったそうです。


川の流れは西から東へと向っており、
バスもこの方向に流され、やがて川に落ち水に飲み込まれてしまった模様。
32人のうち生存者1名、死者31名。
救助作業も大変だったようで、60kmくらい流されていた遺体もあったようです。


このバス、橋脚にぶつかって大破し、本日引き上げられました。
その写真がすごい・・・。言葉を失うような写真です。
Prensa Grafica


ホンジュラスの空港での飛行機事故、
グアテマラの内務省長官を乗せたヘリの墜落、
そしてこの事故。
雨や荒天による事故がこの近辺で続いており、いやな感じです。


エルサルバドルでも太平洋岸は浸水の被害が発生しているようですが、
こちらでも太平洋・カリブ海両岸とも同じような被害が起きています。
今週末は雨が強くなるという予報もあり、何だか心配です。


早く雨季終わらないかなぁ~。


サンサルバドルの地図を見ていて、ついマッピングしてしまいました。
事故現場の他、遠い記憶を辿りながら、昔住んでいた家の付近とか、
とにかく思いつくままに目印を入れてます。なつかしー。



[ 2008/07/04 23:44 ] エルサルバドル | TB(0) | CM(0)

声なき者の声-ロメロ大司教のこと 

声なき者の声(La voz de los sin voz)、と呼ばれた人がかつてエルサルバドルにいました。
サン・サルバドル大司教だったオスカル・アルヌルフォ・ロメロ (Oscar Arnulfo Romero)


70年代、冷戦を背景にアメリカは中米地域に過激な軍事援助を行っていました。
各国で軍部が権力を握り、一方でそれに対抗する勢力が生まれ、
グアテマラ、ニカラグア、エルサルバドルで壮絶な内戦が勃発してゆきます。


エルサルバドルで権力を握ったのがロベルト・ダビッソン少佐。(Roberto d'Aubuisson)。
殺人部隊を率いたとされるダビッソンは、敵対する人々を次々と暗殺していきます。


そんな時代に、軍の(ひいてはアメリカの)横暴に堂々と立ち向かったのがロメロ大司教でした。
アメリカに軍事援助を中止するよう要請し、
兵士らには兄弟姉妹である農民を殺害するようなまねはするなと、懇々と呼びかけた、
1980年3月23日のこの説教は「火の説教(Homilia de fuego)」と呼ばれる有名なものです。


おもしろくないのがダビッソン。
1980年3月24日、ミサを捧げていたロメロ大司教を(それもミサの一番大事な瞬間に)
スナイパーの銃弾が捕らえます。
ダビッソンが首謀者と見られるこの殺人事件を引き金に
エルサルバドルでは本格的な内戦が勃発。


この内戦は、大統領への野望を抱きながら、かなわないまま
1992年2月20日にダビッソンが舌癌で死亡してやっと終息を迎えるのです。


このロメロ大司教、エルサルバドル人からこよなく愛されている人です。
数年前から「殉教者」として福者の称号を与えるための列福調査が行われていました。
(注:生前及び「死後」の功績が認められて、カトリック教会で正式に崇敬の対象とすること。
 尊者、福者と聖人の3つのランクがある)

没後25周年に当たる今年、どうやら調査が終わり、福者ロメロが誕生しそうだという話です。


教皇ヨハネ・パウロ二世が亡くなられたニュースに隠れ、
復活祭後に行われた没後25周年の行事は余り大きくは取り扱われなかったものの、
殺されることを覚悟の上で言うべきことを言い続け、
政府(軍)でも左翼ゲリラでもなく民衆と共にあったロメロ大司教のことは、
ささやかでもここに書きとどめておきたいと思うのです。



[ 2005/04/06 18:01 ] エルサルバドル | TB(0) | CM(0)