ちょっと 

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[ 2015/08/14 00:05 ] できごととか | TB(0) | CM(0)

レイ・ローサの新刊を読み始めました 

今週辺りから復帰するつもりだったのですが、
この前買ってきた本を読み始めると止まらなくなってしまいました。


本というのはグアテマラの作家、ロドリゴ・レイ・ローサの新刊で、
タイトルはLos Sordos(ロス・ソルドス)
sordoは聾者のこと。
ただし聾者について書いているのか
それとも聞こえない人達について書いているのかまだ不明です。



こんなプロローグから物語は始まります。



サン・ミゲル・ナグアラパンに貧しい3人のキチェー族が住んでいた。
老女と孫が2人で、子供らの父親はアメリカへ出稼ぎに行き、
母親はコスタスールのコーヒー農場で働きに出かけているためほとんど家におらず
老女が2人の世話をしていた。


上の男の子は聾で、その地域に古くからある手話で祖母と話をした。
その村では聾は恥でもなんでもなかった。
「聾者は別の世界を知っている。特別な力があるんだ」と言う者もいた。


下の女の子は3歳で、いつも祖母に背負われていた。


木曜日と日曜日は市の日で、火山に囲まれた湖まで
メタテと挽き石を持って出かけるのであった。
キチェーの人々は朝早くに街道まで出かけ、
6時のバスに乗り、ロス・エンクエントロスで降りると
ピックアップに乗り換え、湖の町まで行く。
そこにはキチェーの人々がカシュラネスと呼ぶ白い肌の観光客がいる。
祖母は手話で孫に別の国から来た人達だと説明した。
彼らは幽霊のようなもので、力があり、気まぐれで、中には悪い者もいる、
祖先の土地を横取りした人達のように、
でも友人になれる人もいる、つまり市場まで持っていたメタテを買ってくれる人たちだ。


12月半ばのある日曜日、荷台に人や物が満載されたピックアップトラックが
カーブで横転した車を避けようとして急ブレーキをかけ、急ハンドルを切った。
ピックアップは道路脇に引っ繰り返り、女の子は亡くなった。
祖母はソロラの保健所で手当てをうけたが、男の子の姿はどこにも見えなかった。



こういう印象的なプロローグの後、
物語は現代のグアテマラシティに飛ぶのですが、
今のところ本当にありそうな物語がずっと展開されています。


この先どうなるのか楽しみ。


ちなみにこのプロローグと1章の最初の方はエディターのサイトで見ることが可能。
eBookもあるようなので、ひょっとして国外でも買えたりするのかしら・・・。


230ページほどなので、日本語なら数日で読みきれるのですが
スペイン語だと何日かかるだろう・・・。
で、読み終わるまでは多分あまりブログも更新しないと思います、ごめんなさい。


読み終えたらまたご報告いたします。


[ 2012/11/27 21:55 ] できごととか | TB(0) | CM(0)

そろそろ復帰です 

しばらくブログを休んでしまいました。。。
仕事が忙しかった頃から
肩から首にかけて張って
肩関節がピリピリ痛むという症状まであって
家でのパソコンはちょっと控え目にしていたのですが
やっと少し楽になってきたところです。


その間、グアテマラでは地震があり
オベリスコ広場にはクリスマスツリーが組み立てられ
急激に寒くなり
あちらもこちらもクリスマスっぽくなり
最重警備刑務所では暴動があり、と
相変わらずもりだくさんだったりします。


いやしかし寒い~。
今朝はグアテマラシティでも10度ほどまで気温が下がったそうで
それでも暖房はないし、半袖がデフォルトだし。


半袖は何枚重ねて着たってやっぱり寒いのであります。


暑いところに行きたいなー。
とりあえずは写真でも貼り付けて雰囲気だけ。


Pacific Ocean


エスクイントラ県プエルト・サン・ホセ市のチュラマール海岸。
あの辺りはいつも太陽がギラギラ輝いていて
太平洋の荒波が海岸を洗っているイメージ。


グアテマラシティの人達が太陽を求めて行くのはこの付近なんですよね。
あー久しぶりに行きたくなってきたよ、海。


[ 2012/11/20 23:03 ] できごととか | TB(0) | CM(0)

アブラヤシ 

ペテン県はグアテマラの北部、ユカタン半島の根っこに位置し、
ティカルを始めとしたジャングルの中のマヤ遺跡が多数点在する場所です。


グアテマラの国土の内さっくり1/3がペテン県。
とは言え、ペテン県のあちこちに行ったことのある人は少なくて、
フローレスやティカル遺跡に行ったことがあればいい方。
ペテン県未踏というグアテマラ人は珍しくないです。


私的にはペテン=ジャングルというイメージだったのですが、
なんでも近年、ペテン県南部(サヤスチェ、ラ・リベルタなど)は
広大なアブラヤシ畑が続く大規模プランテーションへと変貌してしまったのだとか。


それはかなりびっくり!
と言うわけでアブラヤシやそれに関わる話をちょいと調べてみました。


まずはアブラヤシそのものについて。


アブラヤシは熱帯地域原産の植物です。
西アフリカ原産のギニアアブラヤシ(Elaeis guineensis)と
熱帯アメリカ原産のアメリカアブラヤシ(Elaeis Oleifera)の2種類がありますが、
現在油を採取するために一般に栽培されているのはギニアアブラヤシ。
グアテマラでは一般的にPalma africana(アフリカ椰子)と呼ばれている植物です。


このギニアアブラヤシを中米に導入したのは
かの有名なユナイテッド・フルーツ・カンパニー(UFC)なのだそうです。


20世紀初頭、中米各国ではUFCなどがバナナのプランテーションを経営していましたが
パナマ病と呼ばれる病気により大きな被害を受けたことから、
バナナに代わる作物として、
当時マレーシアやインドネシアで栽培されていたアブラヤシを導入したのが起源。
UFCがこのアブラヤシをパナマに導入したのが1926年、
スタンダード・フルーツ・カンパニーは1944年にコスタリカで栽培を開始しています。


その後ラテンアメリカ各地で栽培されるようになったそうですが、
アブラヤシから取れる油脂の生産量では
現在もインドネシアとマレーシアの二カ国が全体の80%程を占めているのだとか。
アブラヤシは果肉からパーム油、種子からパーム核油が取れるので
栽培面積当たりの生産高は植物油の中でも最も高く、
植物油の中で一番生産量が大きいのもパーム油なのだそうです。


パーム油は食用油、加工食品用、洗剤、石鹸、バイオディーゼルなどとして利用が可能なので
需要もどんどん伸びており、それにつれて国際価格も上昇。


パーム油価格の推移(2007年1月~2012年8月) - 世界経済のネタ帳

既に安価な油ではなくなってきているのかもですが・・・。


加えて、今年は大豆の国際価格が上昇しているので、
大豆油の代わりにパーム油という話もあるらしい。
「日本のパーム油輸入、過去最高の水準も-大豆相場の高騰で代替需要」(Bloomberg、2012年5月23日)


そんないいことずくめのようなパーム油ですが、もちろん問題もあり。
以前ポロチクのサトウキビ農場の話を書いた時に
エル・エストールのアブラヤシ農場がどんどん土地を入手しているという話にも触れたと思うのですが、
アブラヤシは果実の中に油を分解するリパーゼという酵素を含んでいるため、
収穫後24時間以内に加熱して、この酵素を不活性化する必要があり、
そのため採油工場は農場の近くに建設する必要があるのだそうです。
そうなってくると、小さな農場では効率が悪い。
というわけで、大規模農場でのアブラヤシのプランテーションが展開されることになり、
つまりは森林伐採、地元の農民からの土地の買い上げに係るトラブルが出てきます。


これはこのアブラヤシ農場に限ったわけではなく、
サトウキビ農場でもそうでしたし、
もっと言えば、グアテマラに限った話でもないのでしょうが。


パーム油については、NPO法人 アジア太平洋資料センターさんの
「PARCビデオ・DVD『パームオイル 近くて遠い油のはなし』資料集」

に丁寧にまとめられていますので、ご関心のある方はご一読ください。


<参考資料>



[ 2012/10/14 06:40 ] できごととか | TB(0) | CM(0)

トトニカパンの事件と民族の日 

10月4日にトトニカパン県の交通の要衝である
クアトロ・カミーノス付近で抗議の道路封鎖が行われると言うニュースが流れたのは
前日の10月3日のことでした。


何でもトトニカパンの48共同体の住民らが
憲法改正反対、
教員養成課程の改正反対、
電気代が高すぎる、
という3点について抗議するという趣旨の道路封鎖なんだそうで、
あれ、今度は土地要求じゃないのか、
それにしてもいやに政治的な要求・・・と思ったのを覚えています。


当日の4日は通告通り朝の5時頃から道路封鎖が行われました。
クアトロ・カミーノスには約500人、
そこからさほど遠くないアラスカ峠には3000人以上の住民が集まり、
車一台通さなかったものですから、
ついには15kmばかり車の列ができたと報道されています。


現場はパンアメリカンハイウェイの真っ只中。
グアテマラシティから西へ向って3時間ちょい、
ケツァルテナンゴへ向う途中にある峠道で、
もちろん普段から交通の多い場所です。


今年は大規模な道路封鎖はまだ行われていなかったと思うのですが、
就任以前から「道路封鎖には断固とした措置を取る」と言っていたオットー・ペレス大統領、
警官隊(日本の機動隊みたいな部隊)を派遣して集団を解散させようと試みます。
未だに事実関係をきちんと把握できていない私ですが、
軍隊は警官隊の後から派遣された・・・と理解しています。


催涙弾やトウガラシスプレーなどで群集を解散させようとした警官隊でしたが
住民らは一歩もひかず、逆に過激になっていった模様。
何がきっかけだったのかは未だに明らかになっていませんが、
軍人数名が持っていた小銃を発砲、死者8名と負傷者30数名を出す結果となりました。
更には兵士らを乗せてきたトラック等が破壊されるなどの物的被害もあり。


派遣された警官・兵士が何人だったのかは知りませんが
その場にいて発砲したらしい兵士は
「人々がやって来るのが見えた。
 上官の指示を待っていたが、既に上官はいなくなっていた。
 隊長がいなくなったので、自分達の身を守るために発砲した」
と言っています。


住民側は
「兵士を乗せたトラックがやって来るのを見た。
 兵士らはカービン銃や催涙弾で武装していた。
 私達は棒と石を持っているだけだった。
 私達は自分達の権利を守るために対話しようとしていただけだ」。
(10 月11日 Prensa Libre)


どっちもどっちだよな・・・。


石や棒はれっきとした武器。
大体、「話がしたいだけ」なら主要街道をふさぐのは理屈に合わないし、
道路封鎖をすると救急車すら通してもらえない。
それでいて「平和的抗議」とか言うのか・・・。


他方、一般市民相手に発砲しちゃう兵隊を擁する軍隊ってのも情けなさすぎる。
内戦時代の恐るべきグアテマラ軍のイメージがガラガラと崩壊してしてまったよ・・・。


もっとも、グアテマラは一群衆がある日突然犯罪者と目される人物を捕らえて
処刑してしまうというリンチ事件が多々ありますから、
その場にいた人の恐怖は想像できないわけではないです。


痛ましい事件の後、軍や政府への非難が集中したのにも私は若干違和感を感じます。
無論発砲は非難されるべきだし、裁かれるべきなのは事実で
10日、当時の司令官であった大佐を始めとして9人が逮捕されており、
刑事裁判が行われることになる見通しです。


違和感というのは、
例えばノーベル平和賞のリゴベルタ・メンチュさんとか、
事件の後「事実解明を」と乗り出してきた人たちのこと。
メンチュさんほどの人なら、普段から政府と先住民との間を繋ぐ役とかしてほしい・・・
と私は思うのですが、
そういう方面にはあまり興味ないらしく
(まあなんと言っても内戦に係ったと見なされる軍人が大統領ですからね)
こういうシチュエーションになると途端にしゃしゃり出てくる感が。


もちろんおっしゃることはごもっとも、100%正しいのですが
大統領選挙に候補として出るくらいの人なのだから、
敵失を利用して出てくるだけじゃだめでしょ・・・。


加えて、道路封鎖で憲法で保障されている「通行の自由」を侵害する側は無罪放免なのかとか、
救急車の通行を認めないのは人道に反するんじゃないのかとか、
リンチ事件なんかで加害側が裁かれることがないのはそれでいいのかとか、
「軍」を非難するのには止まるところのないリゴベルタさんが
同胞の過ちに目を塞ぐのは、「差別」なのではないかしら。


それとも、同胞のやることはすべて正義だと考えているのかもしれないし、
同胞の状況があまりに悲惨なので、あえて目を瞑らざるをえないのかもしれない。


まあリゴベルタさんが何をしようと実際のところはどうでもいいのですが、
先住民と非先住民の間の溝が段々深くなっているように感じるのは気になります。
先住民が自ら「弱者」であることを利用して世論、
特に国際世論に訴えるのは効果的と思うのですが、
一方で「悪役」にされてしまう非先住民は心理的に反発するわけで、
こういう出来事がある度にその溝は更に深くなっていくことに
軽く絶望・・・。


そんなことを考えるともなく考えてしまう10月12日は民族の日。
コロンブスが新大陸に到達した日です。
あの日から520年。
先住民にも非先住民にも、時だけは公平に流れたのですよね。


[ 2012/10/12 21:00 ] できごととか | TB(0) | CM(0)